第七話 一人増えました?

【トランスティション】


 魔王城から帰ってきた俺こと和田修平。

 荷物を預かっているわけだが、……悲しいかな。男には我慢ならない時がある。


 探しに行くか。ウェルちゃんを。

 一緒に水浴び、ランランラ~ン。

 あの太陽みたいな微笑みと戯れるんだいっ。


「修平お兄ちゃんのお背中大きいねって……どちら様?」

「言葉を発しないでくださいまし。変態」 


 扉を抜けると、……そこは雪国でした。

 冷たく刺さる視線に、凍える態度。氷点下の言葉と、別次元の寒さ。

 ギャグが滑ったなんて非じゃないくらいに。


「修平君ってそんな人だったんだ?」

「マジか。……俺、声に出していたか」


 麗奈までもドン引きしていた。

 なぜ見知らぬ少女と一緒にいるのかわからないが、これだけははっきりしている。


 魔王適せ――いっ。覚えてろよ!!

 そう。

 幕間を挟んだので、説明しなおすとしよう。

 俺は魔王に選抜されてしまい、そのせいで、内に秘めた欲望が前面にプッシュされてしまったのだ。

 

 魔王の称号も上手く外せることができた――とたかをくくっていたが、間違いだったらしい。

 残り香を舐めていた。


「何か言ったらどうでしょうか?

 あんな子に手を出すなんて……人間の屑さん」


 良かった。まだ俺は人間に分類されているようだ。

 ……って、違うっ。


 本当に誰なんだ?

 紅く短めな髪を乱し――麗奈とイチャイチャしている。

 ってイチャイチャだと!?

 髪と同じ、赤色の瞳がすっかり蕩けていた。

 

「エヘヘッ。麗奈お姉さまの肌はすべすべです」

「もう。ちょっと止めて」


 俺の麗奈とで態度が違い過ぎないか。

 ……よくやった。麗奈の肌はすべすべなのか。

 いやいや。落ち着け、落ち着くんだ俺。欲望を抑えろ。


「素晴ら……」


 小声まで押し殺すことに、何とか成功した。

 二人に聞かれた様子はない。つまり、俺は完全に無視されている。

 それもそれで悲しいな。

 それにしても、どっかで見た覚えがある。

 

【仕方ないっしょ。可哀想だからヒント、上げてもいいし――】


 同情するなら答えをくれ。

 何で態々ヒントから入るんだよ。


【なら教えてやらないし――】

「あ、ちょっと」

「まだいたんですか。同じ空気を吸いたくありませんので、どうぞここから消えてください」

「ミラちゃんダメだよ。そこにいる修平君がさっき言ってたひとだから」

「本当ですか?」


 この百合少女はミラというのか。

 俺の顔をまじまじと見つめる。


「何でこのような家畜同然のごみと一緒のパーティーを組んでいるのですか。麗奈お姉さまはあんなにお強いで」

「わぁわぁああ」


 遂に俺は人間から降格しました。

 麗奈が慌てふためき、声を挙げる。

 ミラの口を閉ざして、俺から引き離しているが、何だったんだろうか?


「……あのことは……隠して……」

「……お姉さまだって……」

「……いいから……お願い」

「……お姉さまがそういうなら……」


 二人はこそこそ話し合っている。

 ――何か、隠しごとをしているらしいが。


「この世は終わりだ」

「待って待って。別に悪口を言ってたとかじゃないから。修平君といるの嫌いじゃないから」

「そうか。なら良かった」


 隠し事の一つや二つはあるだろう。

 現に俺だってあるわけだし、これ以上追及し続けるのは無粋だよな。

 

 まあ、気にならないといえば、嘘になるけど。

 いつかスリーサイズまで聞き出してやるぜっ。


 ――あっぶなっ。


 危う今度こそ見放される所だった。

 右よーし。左よーし。

 もう一度、……右よーし。

 うん、二人に聞かれていないようだ。


「それで、ミラとはどこで知り合ったんだ?」

「それはね、えっと……」

 

 しどろもどろになる麗奈。

 何か答えにくいものなのか。

 

「それは……きゃっ」

「ちっ邪魔だ。そんな所に突っ立てんじゃねぇよ」


 見ていられなくなったのだろう。

 ミラの口が開く。

 そんな彼女と別の部屋から飛び出だしてきた大男が衝突した。


 体格が違い過ぎる。

 ミラノだけが、尻餅をついた。

 

「この間抜けっ。貴方こそちゃんと周りを見なさいよ」

「ああん?

 この俺に立てつこう……よく見たらいい体してんじゃねぇか。俺の女にしてやるよ」

「ひっ!?」


 ああー。そういえばと、思い当たる節がある。

 怯えた表情で思い出すとか、最低だな。


 震えるミラへと麗奈が駆け寄る。


「おねえさま」

「大丈夫だから」

「へっ。そっちの趣味ってか。仕方ねぇから俺が男の良さを教えてやるよ」

「やめ」

「止めた方がいいですよ」


 ミラ、彼女は盗賊に捕まっていた三人の内の一人。

 何で麗奈と出会ったのかは分からない。

 でも、理由なんてどうでもいいことだ。

 ――今ここにミラがいて、誰かの助けを必要としている。

 大事なのはその事実のみ。


 俺は彼女へと這い寄る手を、跳ね除けた。 


「何だやろうってのか?」

「俺は!

 百合が大好きなんだ!!

 姦しい女子の戯れを側で見守ることが生きがいなんだっ。本当に好きだ。大好きだ。……語彙力が欠けちゃうくらいに愛している」

「そ、そうか。じゃあな」


 汗を垂らしながら、逃亡するおっさん。

 俺の威圧と熱意に戦意を喪失したんだな。

 漏れ出てしまった殺気も、百合愛がうまく誤魔化しているはず……。


 麗奈とミラの二人は、ポカ~ンと口を開けて固まっていた。

 俺は腰を落として、ミラと目線を合わせる。


「…………」

「俺はミラに罵倒されても、苦にならない。だけどさぁ、他の人は違うんだよ。だからな、他の男にそういう気持ちを持ってもぐっと堪えて、全部俺に向けてく吐き出してくれないか?」

「触らないでください、この変態。鬼畜、屑。

 百合好きだからって慣れ慣れしくしないで下さる」

「最後のだけはストレートに俺に来たな」

「頭もお悪いようで。全部貴方に向けたものですのに……これでいいですか?」


 おおっ全部俺でしたか。

 涙目の少女に罵られるとか、最高だぜっ。


「ああ。それとできれば、麗奈に」

「ふんっ。最初から貴方に慰めてもらう気はありませんので」


 そう言うと、ミラは麗奈の胸に顔を埋める。

 最初こそ驚いていた麗奈だが、優しくミラの頭を撫で始める。

 大丈夫そうだな。麗奈の包容力が強いのかも。

 堪能している感じがした。


「恥ずかしいし、ちょっと外を走ってくる」

「うん。かっこよかったよ」


 ――かっこよかったか。

 ちょっぴり嬉しいな。

 神から与えられた能力じゃなく、自分のものだけで褒められたのは初めてかもしれない。 


 さて、ここからはバリバリ魔法を使っていきますか。

 俺は奴の後を追う。


「み~つけた」

「うわっ。いまさら何の用だよ?」

【メモリーアルター】


 路地裏を走っている姿を発見する。

 俺が思想改竄魔法を唱えたら、ガクッとうなだれた。


「百合は素晴らしい。百合は素晴らしい。百合は素晴らしい。

 はいっ、復唱!!」

「百合は素晴らしい。百合は素晴らしい。百合は素晴らしい」

「ああ。百合はー」

「すばらし~い。百合はすばらし~い……」


 両腕を大きく広げて、そのまま走り去っていく。

 表情がやばかったが、特に問題ないな。


 ――やれやれ。

 どうやら新しい同士を作り出してしまったようだ。

   

 

 

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