第六話魔王ですか?
――少女に膝枕されている。
ここだけを切り取れば、非常に心安らぐ状態であろう。
逆もまたしかり。
何者かに召喚された。……それだけで俺を落胆させるのに十分な理由となり得る。
「おはよう?」
「ああ。少し聞いていいか」
召喚主は下、つまり俺の方へ顔を落とす。
長く伸びた耳に、くるっとした赤い瞳。顔立ちもよく、間違いなく美少女の部類に入るだろう。
枕にしている太腿も、心なしかムチムチ感が増した。
頭部から伸びた二つの角。そして背後に見える羽と尻尾が彼女の正体を如実に表している。
――サキュバス。
そうなると、魔王として呼ばれた可能性が高い。
【ステータス】
《和田修平 男
現在の職業:最強の魔王
候補・元枠:魔神、ダンジョンマスター、商人、etc.
魔法:やってやれないことはない!
特殊能力:考えるな、感じろ》
やっぱり魔王だったか。
となると、次は召喚されてしまった理由だな。
「いい?」
「……おう」
なぜ語尾を上げて、疑問形にするのか。
返事までそうだと、はっきりいって戸惑ってしまう。
……ぜひそのままの君でいてください。 無表情と合わさって、、もう最高です。
「名前は?」
「エルシア」
「何で俺は呼ばれたんだ?」
「困るから?」
「それは魔王が必要ということか」
「そう?」
「何で俺なんだ?」
「わからない?」
前言撤回。せめて今だけはちゃんとした文で会話してほしい。
俺の方が困る。全く分かりません。
それに、俺はまだ勇者の仕事をこなし終えていないはずだ。
これで新しい世界に召喚されるのを防げた。
そう思っていたけど、任務放棄でも同じだというのか。
「まぁ、可愛いから許す」
「困る」
「………………」
えっ、いま。俺、声に出したのか?
無表情が若干崩れ、恥ずかしがっているサキュバス。
「ま、まじ。めっちゃ尊い。尊い。尊い。ねぇ、ハスハスしていい?」
「いや……だめ」
ヤメロ――。
俺は何を言ってるんだ?
「本心ですけど何か?」
彼女は俺を起き上がらせる。
ああ、幸せが離れていく。
「待って。止めないで。幸せが――」
【デビルパンチ】
「ぶぉっ」
殴られた。
俺は1メートルほど飛ばされる。
【勝手に魔法発動するけど、許してちょ】【ペインキャンセル】
痛覚遮断魔法によって、痛みは感じなくなった。
回復魔法が提案されないということは、目立った怪我はないということか。
でも、何でいきなり。気に障るようなことは……しまくったな。
「本気だったのに」
「いや。本気で殴るなよ」
「ダメ」
「何が?」
「エッチなの」
――お前はサキュバスじゃないのかよ。
サキュバスならもっとこうさ……あるだろ。
まあ。もうこの話は忘れよう。
先にすすも――
「エチエチって例えばどんなこと?」
行かねぇ。
本当に俺が喋っているのか。
「ハスハスとか」
「全然エロく感じないなぁ。本当にエッチなことなら、もっとこう雰囲気を出して言ってくれないとぉ」
「困る」
俺にも訳がわかりません。
話が終わらねぇ。
「その態度。まさに魔王のぉ~心意気っ」
そして、新キャラが現れた。
変なポーズを決めて。
真っ黒なマントを身に着けて、不吉な蝙蝠を引き連れている。
魔王の心意気か。
喋り方は可笑しいが、言ってることは正しいかもしれないな。
心の中に押しとどめていた俺の外道な部分が魔王に抜擢されたことで、外に出てきたと考えれば、――なんというか辻褄が合ってしまう。
恥ずか死ぬ。
だけど原因が判ったのは大きい。
「エルシア様の手下二番っ。ヴァンパイアのぉ~アラネッ」
「そうか、アラネ。俺は和田修平だ」
「拘束された少女を放置ぃ。まさに最凶のぉ~外道っ」
「ぐはっ。人が気にしてたことを」
話の繋がりは全くないが、的確に痛い所を突いてくる。
というか、お前らが俺を強制的に連れてきたんだろっ。
「謝る」
「別にいい。必要だったんだろ。俺の方も後で謝っておけばいいからな」
「嬉しい」
「そんな風に笑っている方が可愛いよ」
これは確実に決まったな。
不器用な笑顔からの照れ隠し。――最強コンボ炸裂ですわい。
「えっち」
「ええっ?」
急に彼女の視線が冷たくなった。
俺の股間辺りを凝視……いやん。
――って。
「待って待って。なにこれ、なにこれ」
俺の股下はナニの形に膨らんでいた。
状況が少しも理解できない。
「今だと思ったので、膨らませておいた。では、さらばでござる」
「おいっ!」
意味不明な声がする。
下を見ると、一匹のトカゲがいた。
逃げ足はやっ。
仕方なく俺は、アラネを頼る。
「何だあれは?」
「男性の股間を膨らませぇ。去っていくぅ~トカゲッ」
「凶悪だなおいっ!
もうあれが魔王でいいんじゃないか?」
何にせよ、戻してもらわないと彼女が目も合わせてくれない。
【タイムプールバック】
「捕まえた」
魔法を使い、トカゲを捕獲する。
「離してくだせぇ」
「ならこれを直せ」
「無理でござる。十五分は戻らないでござる」
「ござるござる、煩い」
なんでまた絶妙な時間加減なんだよ。
馬鹿馬鹿しい能力だ。いや、膨らませるだと?
「なぁ、トカゲ」
「拙者はメタタビと申すでござる」
「わかった、メタタビ。少しお願いがあるんだが?」
俺は満面の笑みで、メタタビの鱗を撫でた。
つやつやしたいい体じゃないか。
「怖いでござる」
「殺すぞ」
「……何でも言って下され」
「いい子だ、メタタビ。じゃあ、……エルシアのおっぱいを大きくしてくれ」
刹那、空気が死んだ。
あれ?
アラネの姿が見えないし、メタタビもこの世の終わりを目の当たりにするが如く震えている。
「どうした?
――殺気っ」
「来て」
原因は間違いなくエルシアだ。
身に纏う気配ががらりと変わっている。
「いや。でも……」
「お願い」
――修平、行っきまーーす。
【ちょっとタンマ】【オンリーエキスパートタイム】
俺以外のものの時間が……停止した。
これは確か一日限定で使える魔法じゃなかったか?
【このままだとダメージくらうんだけど、どうする?
カウンター魔法発動しちゃう?】
凄いな。
今の俺に肉体的損害を与えるとか、尋常じゃないぞ。
骨折ていどで済めばいいんだが。
【打撲だし――】
おう。まあ、そんなもんだと思ったけども。
エルシアも所詮たった一つの人生しか経験していない。
幾千の世界を渡って、その度に力を手に入れた俺が、後れを取る筈がない。
うーん。全てのダメージを無効化する能力とかなかったっけ?
【回数制限あるし――】
これも一度使うと、二十四時間は使えない類か。
(大丈夫だろ。それでよろしく頼む)
【わかったし――】
再び時が動きだした。
【フルバーストナイトメアディスティニーナックル】
俺の後方に回り込んだエルシア。
呪詛を吐きながら、俺を殴打する。
前方に大きく吹き飛ばされた俺は、壁と強く衝突した。
【ダメージトラッシュ】
(――おお。痛みはないな)
直ぐにでも立ち上がれるが、ここは演技を続けよう。
「死んでしまったでござる」
「その力。まさに圧巻のぉ~一言っ」
「謝る」
「それで、魔王殿はどうするでござるか?」
「探す」
「どうやってでござるか?」
「任せて」
このまま行けば、魔王の職も降りれるのか。
死亡(気絶)続行だ。
確か魔王がいなければ、魔物は本領を発揮できないとか強くなれないとか色々あった気がするけど。
うん。どうせ新しい魔王がすぐに用意されるだけだ。
それに強いし。
ここで俺が退場しても、特に支障は出ないはずだよな?
【コールドスリープ】
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