第3話強敵ですか?

 目の前に広がるは、壮大な森林。

 魔物との戦闘も避けられないだろう。

 よしゃ。気をひきしめなければ。

 

 何故なら

【うわ、マジで。やばくなーい?

 消滅魔法とかめっちゃあるんですけど。どうするし――?】


 ――などと、物騒な声が聞こえるからだ。

 承認なんてする訳ないだろ。

それでも力を抜くと、右手に魔法陣が浮かびあがるんだが。

幻覚だよな。

 俺は勇者の職業を降りた身。目立つことは避けたい。


 やっぱり可笑しい。

 ちゃんと拒否したはずだが、落ち着く気配が一向にない。

 食い止めているという表現の方が正しい気がしてきた。

 

静まれ、俺の右手ッ。


 あれ?

 何か引っかかるんだよな。

 右手に力を入れながら、俺は自分の行動を振り返る。

 

 やばっ。すぐに原因をつきとめた。

俺、よしって意気込んでたわ。

 

 山が消し飛ぶとか、相当な災害だぞ。

 取り消しを要求する。


「壊すのは駄目だ」

「業とじゃないから。あんなに凄いなんて知らなくて」


 麗奈が俺の声を拾ったらしい。

 異様に慌てているが、大丈夫だろうか。

 何かを壊したらしいが、――くそ、意識を持ってかれる。


 実力がバレる→魔王なんて余裕だねと麗奈に褒められる→魔王城に向かう→討伐に成功→新しい世界がこんにちわ。

 QED。悪夢の方程式が出来上がってしまった。

 魔王城に直行はさすがに言い過ぎだが、同じことだ。

 俺は彼女の成り上がりを支えたいのであって、堕落させたい訳じゃない。

 

 色々考えている内に、素晴らしい解決策を思い付いた。

 右腕で分解したなら、左腕で治せばいいじゃない?


 どちらにせよ意識を反らさなければならないが、麗奈は召喚の塔を気にかけているご様子。ちょこちょこ後ろを振り向いている。

 存分に利用させてもらおう。


「塔に何かいる」【エクスティンクションレイン】

「ええっ?」


 まるで肉を焼くような音がする。腐敗臭が漂ってきた。

 土が、木が、魔物が溶けてるっ。溶けてるっ。


 この魔法は魔神の役目を押し付けられたとき、授かった魔法だな。

 よりにもよって雨か。――もっと一瞬で消滅させる魔法とかあったと思うけどな。


【こっちの方が、ヤッテル感触が強いっしょ】


 聞こえないふりをしよう。

 それよりも麗奈だ。確実に知られたな。

 顔色を窺おうと目を向けるが、……そこに麗奈の姿はなかった。


【タイムプールバック】


 姿の見えない彼女を探しにいくべきか、山を直すべきか、悩んだ末のこと。

俺はその場に止まり、魔法を発動させた。

 荒廃地の時間が遡行していく。

確か限度は1日だったと思うが、それで十分だ。

死んだ土地は、みごと息を吹き返した。


「何事もなくて、良かった」

「どこ行ってたんだ?」


 そろそろ本腰を入れて探そうかと歩き始めたところで、麗奈と邂逅した。

 彼女の息は荒れている。

今のタイミングで、さっきのセリフをお願いします。

『こんなに凄いなんて知らなくて』

 あれ、違ったかな?


 何にせよ、妄想に留めたので問題ない。

 気にかけてくれるのは嬉しいが、俺の方が心配だ。今の俺に勝てる奴なんて、そんないないだろうし。

 俺は岩場に腰かけて、口を動かした。


「一人で行動するのは危ない」

「その危険を排除しようとしたんだけど……何でもない」

「ごめん。最初の方が聞こえなかった」

「何でもないからっ」


 危険を排除しようとしたとか聞こえたんだが……。

 えっと、ゴブリンでも見つけて退治しようとしたのかな?

 なまじ高度な情報取得魔法と、正義感が裏目に出てしまったようだな。

 俺に報告しろ――なんて命令もできない。

 どっちにしろ戦闘は避けられないか。

 

「ありがと。無茶はするなよ」

「えっ、ええ?」


 思っていた反応と違う。

 すみません。こんな奴に心配されるのは嫌ですよね。

 死んでお詫びを……何とか気を取り直して、歩き始める。


「とりあえず行くか」


 倒した生物を蘇らせて、再び討伐するとか魔王の所業そのものだな。

 悪く思わないでくれ。



====== ====== ======


 

「ギャオーー」


 しばらくふら付いて出会った魔物。

 初戦闘の幕開けだ。

 巨体かつ声もどすの聞いたもので、強者感が漂っている。

 体は熊に似ているが、顔は別物だ。ワニに近い。


【よっしゃ。鑑定を発動っ】

《ワニ熊。

 備考欄:ただのカス》


 相変わらずの適当さ。

 そりゃそうだ。俺にとっては上級魔族でもなければ、みんなカスに分類される。

 該当範囲が広いんがだよっ。

 ステータスが漠然としていてどうする?


(せめて麗奈視点での評価にしてくれませんかね)

【わかったわかった。開け、ゴマっ】

《ワニ熊。

 備考欄:雑魚》


 まあ、何だ。熊とワニって可愛いよな。

マスコットにもなる位だし。


【魔法で一発っしょ】

(拒絶する)


 ギャビゲートに戦闘を任せてはいけない。

 絶対にだ。

  

 ただ魔力を当てるだけ。……それで、様子を見てみるか。

 魔力の籠った生暖かい風を送った。

すると、ワニ熊は一目散に後退する。

 

 心臓を掴むがごとき威圧はのせていない。

 怯えさせるのみの、殺傷力皆無の攻撃だ。こんなところだろう。

 麗奈にも十分対応ができそうだ。無理なら、同じように追い払えばいいしな。

 ここはいい狩場になりそう。


【案内してやんよ】

(何でヤンキー口調になった?)


 どちらにせよそこまではしなくていい。

 街へ行かずに、もっと奥へと入り込んでいきそうだ。


【なら、近くの街まで案内するし――】

(お願いします)

 

 これなら、大きな問題は起きないだろう。

 提案を了承する。すると、視界に赤色の矢印が追加された。

 ただの怪奇っ。

 麗奈の態度は変化なし。見えていないと忖度できる。


 それらの矢印は前進を促していた。

 地面や木に張り付いて、おそらく最短ルートを指示してくれているんだろう。


 それでも、ごめんなさい。

 俺、極力ナビゲートは使わないことを心に決めた。

 気色悪いわ。



====== ====== ======



 晴れ時々雨が降ったこの地。

 そして、その雨はなかったことになる。


 何が言いたいかというと、――おっさんを見つけた(うん、関係ないな)。

 怪我をしているらしく、地面に仰向けで転がっている。


「助けてくれ。回復魔法を」

「大変っ」「そうだな」


 心優しい麗奈は、一目散におっさんの快方に向かった。

 俺も一歩遅れて、後を追う。


「へへっ。かか……」

【ショック】【不可視剣】


 なんとんと愚かなことか。

 おっさんが麗奈にナイフを向けて……許せない。

 疑わしきはばっせよ。俺は魔法を発動させる。

 

 口を開けたまま再び地に伏す罪人。

 俺の詠唱の他にも何か聞こえた気がするが、気のせいだよな。

 詠唱が麗奈にバレないよう、気を使っていたからか?

 どうせ葉が揺れる音を勘違いしたんだろう。

 

「大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫だよ。傷は浅いから」


 浅いから。

 そうかそうか。はい、死刑っ。

 彼女の柔肌に鋭利な刃物を突き立てるとか、万死に値する。

 手加減は必要ない。

 俺は咎人に接近する。

 おう、まじか。本当に怪我はしていたようだ。

 丁度いい。突然気絶したのは失血多量だからとでも答えておこう。

 

 何よりも今は、麗奈の手当てが先決だ。

 彼女を観察するが――。


「特に怪我はしていないようだけど」


 無傷。将来に障る痕はおろか赤く滲んでいる箇所さえない。


「えっ私?

 私なら全然大丈夫だよ」

 

 まさか、そんな……有り得ない。

 この期に及んで、このおっさんの事を心配していたというのか?

 天使だ。天使がここにいる。

 盗賊だか何だか知らないが、命拾いしたな。

 せいぜい牢獄の中で、己の罪を悔い改めることだ。


「でも、心配してくれてありがと」

 

 守りたい、この笑顔。


「でも、何で気絶したのかな」

「失血多量とかじゃないのか」

「ごめんなさ――い」


 麗奈はおっさんの肩をブンブン振る。

 なぜ謝るかは知らないが、そういう人なんだろうな。

 

 

 



 


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