第2話 アイ スルー

「俺の……体の中?」

「うん。キミの中にある魔王のカケラをボクたちは回収しにきたんだ」

うまく状況が呑み込めない。いや、普通こんな状況ないんだけど。

「その……カケラってのがそのままずっと体内にあったらどうなるんだ?」

「死にます」

ヴァニラは即座に答えた。

「マジか?!」

「死ぬって言ってもかーなり寿命が縮まるだけだからね~」

めっちゃ明るくショコラは言った。だけ じゃないよ だけじゃ……。

こんなに唐突に死が迫っているとは思ってもみなかった。今までなんとなく生きていたし、惰性で過ごしていたと言われればそれまでだけど死にたいとは思ったことはなかった。同じことを繰り返す日々。それでも俺は……。

「……生きたい」

うなだれた俺の手をミントが握った。冷たいけれど、それは温もりのようなものが感じられた。

「大丈夫! ボクが助けるから!」

頭を上げた俺の目には力強く、優しく微笑む彼女の姿があった。それは少しずつ距離を縮めていく。ミントの大きな瞳には俺が映っている。

「って……うわあああああ!!!!」

俺は思わず後ろにのけ反ってしまった。

「どうしたの?」

「いや、それはこっちのセリフだよ!」

「だってー、キミに食べてもらわなきゃ中に入れないもん」

食べる…あ、そうか、そうだよな。でもこの姿で? 食べる???

と、俺が苦悶していると、脇から冷たい視線(物理的にも)を感じた。

「ずるいぞミント! あたしが一番に食べてもらうんだから!」

「私も……できればお早目にお願いしたいです……」

「ベリーも早くしてほしいです!」

……なんか今の俺、ラブコメヒーローっぽくない?

四人がケンカする姿を見ながら、そう思った。見た目は可愛い(が、正体がアイスなかなんだか得体の知れないけど)女性たちが俺を取り合っている。もしかしてこれが最大のモテ期なのかもしれない……。

「ちょっと何を勘違いしてやがるですか! ベリーは貴様に興味などないですし、みんなカケラを回収したら消えるですよ。気持ち悪い」

あー、グサッときた、心に刺さったよ。知ってる知ってるよー。ちょっと夢見させてくれてもいいじゃないかよ、ちくしょー。

「回収は共同作業なんですけど……最初にカケラに触れたものがその魔力が得られるんです。ショコラさんは特に向上心があって熱心なんですよ」

「あ、そういえば回収したらお前たちはどうなるんだ?」

俺の質問にヴァニラが頬を赤らめた。答えようとするが、なかなか言葉が出てこない。

「えと……その……消化されて……」

「それってもしかして……」

「は……排泄されます」

俺は一体、何を訊いているのだろうか。俺はバカだ。こいつらは最初からアイスだってわかっていたのに。

「同意です」

「うるせー!」

「んーと、実際には媒介が排泄されるだけで、あたしらはあんたの体内で魔王のカケラを抱えてそのままこの世界から消失するだけだよ」

 消失……そのショコラの言葉はなんだか悲しい響きに聞こえた。

「まあ、細かいことは気にしなさんな! 最初はおねえさんに任せて……ね?」

ショコラの指先が俺の唇に触れて、その形をゆっくりとなぞった。冷やかな感触だが妖艶な動きに思わず鼓動が速くなる。

「ダメ! 最初に選ばれたのはボクなの!!」

ミントが強引に俺とショコラの間に割って入ってきた。

 そこにベリーがやってきて、俺のダウンの裾をぐいぐいと引っ張った。

「これじゃ回収が終わらないです。めんどくさくなってきたんで、さっさと貴様が順番決めるです」

ぐっ……悔しいがベリーの意見はもっともであった。

「じゃあ、いくぞ……!」

 俺は覚悟を決めた。いや、最初から決めていたのだ。そっとミントの肩に手を置いた。

「えへへ、ありがとう」

照れたような笑顔がとても可愛らしくて、愛おしくなった。

俺たち二人の顔がほんの数センチになった瞬間、再び辺りは急に白くなり、まるでホワイトアウトのようだった。

 気がつくと俺の手にはチョコミントのアイスが握られていた。それからチョコレート、ヴァニラ、ストロベリーのアイスも床に転がっている。俺は暑い部屋でダウン着てアイス持っているという謎の状態だった。わけもわからないまま、手にしていたチョコミントアイスをむさぼり食った。何故だかわからないけど涙が溢れてきた。俺はダウンを脱ぎ捨てて、その勢いのまま残りのアイス、チョコレートとヴァニラとストロベリーもすべて食べつくした。俺は魔王とかどうでもよかった。ただこの喪失感を甘い物で満たしたかった。


案の定、体は冷え切ってしまい、猛烈な腹部の痛みでフラフラになりながらその夜はトイレとベッドを往復していた。そのうち動くのもつらくなってきたので毛布に包まりながらトイレの前で朝を迎えた。爽やかな朝日が沁みた。


あいつらは俺の命を救ってくれたのだろうか。それは誰にもわからない。

今、俺に言えることは今後しばらくの間はアイスを買うことはないだろう。



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冷気の中心で愛すくりーむ。 柚木留夜 @stationarynight

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