冷気の中心で愛すくりーむ。

柚木留夜

第1話 外は27℃の夏日でした。

俺はアイスが好きだ。唯一の楽しみと言っていい。あ、寂しい人だ、とか思いましたね? そうですよ、一般的には。俺には彼女も趣味も友達もいない。他人に憧れられるような特技も楽しいと思えることもないけれど、それがどうした。

 俺にはアイスがある。仕事帰りに食べるアイス、それが俺の幸せだ。

 毎日惰性的に淡々と仕事をこなし、クソ上司の愚痴に付き合っている俺に誰が文句を言おうがかまわない。アイスがあればそれでいい。

 ああ、あの冷たい感触、舌に乗せるとじんわりと溶け、ふわりと甘さが口の中に漂い温かさと冷たさが一気に交じり合う絶妙なハーモニー!!!

 これだけで生きていける気がする。いや、普通の食事もしますけどね。

 まあ、そんなわけで、俺はその日もいつものようにいつものコンビニでアイスを買った。ゴールデンウィークが過ぎたばかりの初夏だというのに気温は夏と同じ。暑い……。連勤と暑さで思考能力が低下していたのか、あるいはカラダがアイスを欲してしたためなのか、ついいつも以上の種類のアイスを買ってしまった。

家に帰って、すかさず冷凍庫へしまう。しかし、いますぐに食べたい。悩んで取り出したのはチョコミント味の棒アイスだった。

 世の中には歯磨き粉の味だの言われ好き嫌いが分かれる味だが、俺は好きだ。

さて、頂こう、と袋を開けた瞬間、突然目の前が真っ白になった。

 そして、すんげー寒い。ちなみに俺のアパートにあるエアコンは古いので電気代が恐ろしいことになるためこれはヤバイ!と感じる猛暑日まで使うことはなく、量販店で買った扇風機で難をしのいでいる。

と、それはともかく今は部屋中が冷凍庫のような寒さだった。俺が驚いていると更によくわからない状況が起きた。

「うわーい! キミはやっぱりボクを選んでくれたんだね!」

 目の前に緑色の髪の女の子が現れた。その子はそのまま俺を抱きしめた。

つんめっっったあああああ!!!!(冷たい)

「うわあああ!?」

「ああ、ゴメンゴメン。ボク、人間には冷たすぎるんだっけ。危うく凍死させちゃうところだったよ」

「さらっと怖いこと言わないでくれない? つーか君はなんなんだ?」

「えーっとね、ボクはチョコミント! キミが買ってくれたアイスだよ♪」

「……は?」

 なんだか状況がうまく飲み込めない。とにかく寒すぎるので、俺は冬に使って放置したままだったダウンジャケットを着込み、彼女の話を聞こうとしたその時、台所の辺りでなんだか声のようなものが聞こえるような気がした。

「あ、みんなもいたんだっけ」

 と思いついたかのようにすたすたと歩き、冷凍庫を開けた。

 すると、またしても予期せぬことが起きた。

「ちょっとミント―――!!! ぬけがけはなしだからね――――!!!!!」

「やっと出れたです。貧乏人の冷凍庫は狭すぎです」

「えっと……ベリーちゃん、もう少しオブラートに包んでね……」

 なんか三人出てきた。もう、わけがわからない。俺はアイスを食べすぎて幻覚を見るようになってしまったのか???

「アホですね。そんな作用があるならとっくに禁止薬物指定です」

と、俺の心に呼応するように赤い髪のベリーちゃん、と呼ばれた少女が言った。

「ちょっ、なんで俺の思っていることがわかるの?!!」

「仕方ないです。貴様が持っている魔王のカケラがなんとなく伝えてくるです」

「え、何? 何それ? 魔法?」

「ううん、魔王だよ!」

ミントが爽やかな笑顔できっぱりと断言した。

 そして、なんかしらないけど六畳の居間で自称アイスクリームと名乗る少女たちと肩を並べて話し合うことになった。

 ミントにぬけがけはなし、と叫んでいた黒髪で褐色の肌の少女が仕切り始めた。

「とりあえず、自己紹介かな。あたしはチョコレート。チョコミントとかぶって紛らわしいからショコラって呼ばれてる。んで、そっちの黄色い髪の色白の子がヴァニラ」

「よろしくお願いいたします」

ヴァニラはぺこりと頭を下げた。俺もつられて会釈する。

「そんで、その赤い髪の仏頂面がストロベリー。長いからベリーって呼んでる」

「仏頂面じゃありません。可愛い子は無表情でも美少女だからです」

「……まあ、こんな感じのヤツだから」

 ショコラはアハハと笑った。いや、笑いごとじゃねえ。全員、俺が買った棒アイスの種類と一緒じゃねーか!!!

 なんで? 俺はただコンビニでアイスを買っただけなのに。ただアイスを食べたかっただけなのに、なんでこんな夏日にダウン着て震えながらわけのわからない自己紹介されなきゃなんねーんだ!!!

「ベリーも貴様のような家に着たくなかったです。でも、さっきも言ったように仕方ないんです」

ああ、また心 読まれていた……。

「まあねーあんたには悪いけど仕方ないんだよ」

「そう、ボクたちがここへ来たのには訳があるんだ。キミを助けるために」

「俺を……?」

「はい、あれは今から時を遡ること……」

口数少ないヴァニラが朗朗と回想説明に入った。


―――数百なのか、数千なのか、数を基準としたらキリがないくらい昔のことです。そこには魔王、すなわち膨大な力を統べる存在がありました。それが突如として現れた光に飲まれて消えてしまいました。しかしそれは無くなったわけではなく、小さな『カケラ』として残り、複数の世界を漂っていたのです。そう、貴方様がいるこの世界以外にもあるのですよ。世界とは見えないだけで、もっと多元的で多面的な不可思議な、無限に広がる混沌としたものです。私たちはそこからやってきました。私たちとは思念、この世界でいう魂のようなもの、と解釈してもらって良いでしょう。この世界でそのカケラの気配を感じた私たちは『アイスクリーム』という媒介を通じ、ここにやって来たというわけなのです―――


「しかし、なんでアイスなんだよ?」

「それは……悪魔の食い物だからさ!」

ショコラはキメ顔で言った。ポーズもバッチリだ。

「脂肪分! 糖分! 油分! この三つが揃って尚且つその誘惑を拒むことが出来ない、こんな罪深い食べ物が他にあるかい?」

「それ……マジで言っているの?」

「へ~そうなんだ! ボク知らなかったよ!」

半信半疑な俺をよそにミントはキラキラした目をして感心していた。

「あの……えっと……」

そんな俺たちを見てヴァニラはただおろおろとするばかりだった。呆れたようにベリーが大きなため息を吐いた。

「本来なら貴様に話すことなどないですが、一応教えてやるです。この世界の媒介としてテキトーに選んだだけです。魔王のいた世界は極寒でしたし、魂が定着しやすそうでしたからです」

ということは、もしかしたら冷凍食品少女が現れた可能性もあるのか……。俺はなんとなくホッとしていた。

ショコラはニヤリと笑み、

「まあ、あたしの話は半分冗談としてさておき」

「半分かよ」

「その魔王のカケラってヤツがさ、あんたの体内にあるんだよね~」

……はい???


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