03.

 side→


玲斗れいと、入るわよ」


 ノックをして、れん仁兎にとと共に中へ入る。黒を基調したシンプルな部屋は、書類などでごちゃごちゃしていた。


「おう、ようやく来たか。おっ!仁兎にとの隣にれんがいるってことは、もしや懐かれたのか、仁兎にと?美月みつき、仕事が減ったな」


 玲斗れいとの言葉に仁兎にとが食ってかかる。


「……冗談じゃない!…………おい、離れろ」

「……す、すみません…………」

れん~、気にしなくていいわよ。それ、仁兎にとの照れ隠しだから」

「…………誰が照れ隠しだ、くそっ」

「……で、玲ちゃん話って?」

「……それで呼ぶなだべ。お前がそれで呼ぶと、なんかこうぞわぞわっとするべ!」

「……じゃあ、雛」

「それは傷付くべ!」

「……じゃあ、鼻布」


 玲斗れいとが〝雛〟と呼ばれる理由は、ヘアスタイルから取られたもので、彼が鼻布を巻いているのは、本人曰く『鼻がコンプレックスだから』らしいのだが、よくも悪くも目立つのが難点である。


「それはもっと傷付く!……もういいべ…………。それで話っていうのは、れんの武器についてだべ」

「契約させればいいんでしょう?」

「……そうなんだけど、今ここにあるのが組紐しかないんだべ。今んとこ新しく作る予定もねーし……」

「……組紐?でもアレって…………」

「……契約は俺やらねぇぞ」


 先に部屋を出て行ってしまう、仁兎にと。仕方ないと、玲斗れいとから組紐を受け取って二人で美月みつきの私室へと向かう。


「……美月みつき先輩……こんなもので、一体どうやって戦うんです?」

「さぁ?私に聞かれても困るわ。……私たちが使ってる専用の武器には、全て付喪神が宿ってるの。だから、その武器を使うには武器との契約が必要になる。だけど、その組紐には何故か魂が宿ってな「それ……知ってる……」」


 美月みつきの言葉を遮って、れんがつぶやく。


「…………俺……使ってた……?…………違う……違う…………、それ……俺……だ……」

「「えっ!?」」

「だって……れんは……、ずっと俺の中にいたって……」


 困惑するれん


「……うん。俺はれんの中にいた。それは間違いないけど……、数千年前 俺はその組紐として〝生〟を受けた。けど、俺は強すぎたんだよね。強すぎた故に、主の精神まで喰らってしまった……。その後俺は、組紐から無理やり魂を引き剥がされて、魂だけで彷徨い続けていた。だけど不思議なことにれんが生まれた時、自然とれんに引き寄せられて落ち着いちゃって……」


 呆れたと言わんばかりの顔で、美月みつきれんを見つめる。契約もしていない人間の中で、狂うことも精神を喰らうこともなく〝共存〟など、聞いたこともない。


「……呆れた……。契約もしてないのにれんの身体使って、あれだけ動けたっていうの?」

「年月経ちすぎて、自分が何者だったかも忘れてたというか…………」

「……れん……、アンタ馬鹿なの?…………もういいわ、さっさとして契約……」


 本来、武器と契約を結ぶ際は色々と手順が必要だ。この拠点に集められた武器には、全て付喪神が宿っている。美月みつきたちが人間離れした技や能力が使えるのは、すべてこの付喪神のおかげなのだ。だが、誰でも使えるというわけではない。れんの前主のように、付喪神に精神を喰われてしまうこともある。己の武器に、一瞬でも弱さという隙を見せれば命取りになりかねない。だから本来ならば、それに打ち勝つだけの精神力を持った者でなければ扱う事が出来ない代物だ。その武器に宿る付喪神を知り、付喪神がその者を主として認め、初めて契約を結ぶのだ。


 美月みつきれんに短刀を投げて寄越す。


れん、契約の儀式はその武器に自分の血を吸わせることから始まるの。本当はその前に色々あったのだけど、貴方には必要ないわね」

「ああ…………。れん、その組紐持ったまま、左手の指切って俺と手重ねて。強引だけど、多分いけるはずだから」

「…………ッ痛」


 怖気づいているれんの代わりに、美月みつきれんに組紐を持たせ、指を軽く切りつけれんと手を重ねる。



 side→れん


 意識が遠のいていく。目を開けると、そこは真っ暗な闇。地面はあたり一面水面なのか、歩くたびに水の音がする。


「……ここは…………、美月みつき先輩……れん!?」


 れんの気配は感じるのに、姿が見えない。呆然とその場に立ち尽くしていると、突如聞こえてきたのはたくさんの悲鳴。泣き叫ぶ赤子の声。何かが切り刻まれるような音に、断末魔。狂ったような高らかな笑い声。フラッシュバックのように、鮮明に浮かぶ惨い光景。目を背けたくて、目を瞑ってみても耳を塞いでみても消えてはくれない。


 ――赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤 赤

 

(…………もう……やめてくれ……)


 吐き気がこみ上げてくる。息ができない。気がおかしくなりそうだ。どこを見ても、あたりは死体の山。老若男女は関係ない。肉を切り裂く度に浴びる、血の生暖かさが心地いい……。


『一人残ラズ、殺シテヤル。マダ、殺シ足リナイ…………モット……モット…………血ヲ 寄越セ…………。ナァ…………オ前ノ血ハ、美味イカナ……?』


 頭の中に言葉が、感情が、流れ込んでくる。


「……っ、やめろ!見たく……ない…………。俺は……っ、俺は…………!」


 一本の組紐――れんが歩んできた過去

 飲まれそうになった意識を、どうにか引き戻す。涙が止まらない。肩でどうにか息をしながら、れんの名前を呼ぶ。


「…………れん……。これが、今まで君がして来た事……?」


 純粋ともいえる殺戮衝動だけで主の精神を喰らい、殺し続けた。

 ――血に飢えた獣のように。全てを焼き尽くす、地獄の炎のように。それがれん


「そうだ。オレは、全てを無に還す存在として、生を受けた。オレは血を吸って、更に強くなる。それがオレだ。オレの本当の名は、紅蓮ぐれん。オレには似合いの名前だろ?」

「…………どうかな……、俺にはよくわからない。だけど、一つだけわかったことがあるよ……」


 さっきの光景を思い出すだけで、再び込み上げてくる吐き気をなんとか押し殺しながら、れんは笑って見せる。


「たとえ、れんが今までどんなことをしてきてたって、俺にとって大切な存在に変わりはないよ」

「…………っ」


 紅蓮ぐれんがはっと息をのむ。


「…………お前は……とんだ大馬鹿者だな」


 そう小さく紅蓮ぐれんがつぶやいたのが聞こえた。それと同時に、今まで声だけだった紅蓮ぐれんれんの前に姿を現す。肩くらいまでありそうな真っ白な髪を後ろで結わえ、瞳は金と濃赤のオッドアイ。瞬きするたび、左右の瞳の色が入れ替わる。


「…………れん?」

「そう、これが俺の本当の姿。記憶取り戻したら、一緒に容姿も元通りってわけ」

「……そうな…………っ!?」


 不意に引き寄せられて、唇を塞がれる。


「…………っ、んん!?」


 驚いて目を見開いたまま反抗も出来ずにいると、ようやく唇が離される。


「……っな……、なにを……」


 顔を真っ赤して、れんは口をパクパクさせる。


「契約」

「…………へ?」

「だから、契約」


 なんでも武器である紅蓮ぐれんと契約を交わす際、〝契約印〟というものを交わすらしい。そして紅蓮ぐれんは俺の舌に契約印を押したらしい。他の方法はなかったのだろうか、と思う。


「だからっ!なんで…………」


 文句の一つでも言ってやろうと、口を開くがそれは叶わず、突然あたたかな光に包まれる。眩しさに目を閉じてしまい、再び目を開けると美月みつき先輩の部屋に戻っていた。



 side→美月みつき


 契約中意識のないれんをソファに横たえ、契約が終わるのを待つ。あの二人なら問題ないとは思うが、もし契約が失敗すればれんの命はない。武器である、れんに魂ごと喰われ、肉体も消えてしまう。

 契約時間は人によって様々だ。そのため、契約中は成功を祈るくらいしか出来ない。二時間ほど経った頃だろうか。ようやくれんが意識を取り戻す。


「あら、おかえり。契約は無事出来たみたいね」


 れんが目覚めると、一緒に白髪の男も現れる。


「……誰」


 この状況だ。十中八九、れんに違いはないのだろうがそれにしたって変わりすぎじゃないの。


れん改め、紅蓮ぐれんだけど?」

「それが、本来の姿なわけ?」

「そーゆーこと」


 この二人に関しては、いまだに謎が多そうだと、思わず頭を抱えていると、れんが顔を真っ赤にしているのに気づく。


「…………美月みつき先輩……。な……、なんで……契約がキス……なんですか……!?」

「……は?…………キス……?」


 紅蓮ぐれんを見ると、いたずらを成功させた子供のような笑み。


「…………契約印は別に、どこでも構わないはずだけど」

「……っな!?」


 絶句するれん。仕方ないと、ため息を吐いて言葉を続ける。


「契約印は一般人にも見えてしまうから、出来るだけ見えにくいところにするのが普通。そういう意味で言えば、口の中なんて誰も見ない絶好の場所だと思うわよ」


 まだ納得がいかないのか、不服そうなれんをなだめる。


「それより、今日はもう疲れたんじゃない?明日は学校もないし、ゆっくり休むといいわ」



 side→れん


 紅蓮ぐれんの過去やさっきの契約のことで、まだ上手く回らない頭で美月みつきの言葉に頷く。美月みつきに案内された部屋は、ベッドとクローゼット。それに机と椅子があるだけの殺風景な部屋。改造したり、物を増やすのは使用者の自由らしい。


「おやすみ」

「……おやすみ……なさい」


 久しぶりに言われた『おやすみ』の一言。両親を亡くしてから親戚に引き取られたが、いないも同然に扱われて来た、数年間。それは素直に嬉しい。だが、やはり気になるのは…………。


(…………二回もキス……。しかも、両方男…………)


 ちなみに、あの時の祐希ゆうきとのキスがファーストキスだった。動揺して、すっかり忘れていたけれど、不意に思い出して顔が赤くなる。


(…………あの時どうして、祐希ゆうき先輩は俺にキスなんか……?紅蓮ぐれんを……呼び出す……ため…………?いやでも、方法ならきっといくらでも…………)


 分かっているのに、考え出したらキリがなかった。


『……祐希ゆうきに惚れでもしたのか、れん?』


 れんの中で、紅蓮ぐれんが可笑しそうに笑う。


「……なんでそうなるんだよ!」


 けらけらと笑っている紅蓮ぐれんに腹が立って、れんは自分の頬をつねる。


『……っ……痛!』


 感覚の共有というのは、こういう時に便利だなと思う。



 side→


 れんが来てから、三ヶ月。


 あれかられんは、毎日のように仁兎にと美月みつき訓練れんをつけてもらい、なんとか〝れん〟を保ったまま、戦えるまでに成長していた。紅蓮ぐれんを制御し、能力だけを引き出す。この短期間でのれんの成長は、紅蓮ぐれんと長年一緒にいたからこそ成し得たものだろう。


「順調そうだな」

「……実戦で戦えるようになるには、もう少しかかりそうよ」


 一旦訓練れんを切り上げ一息つく。


祐希ゆうき先輩!お久しぶりです」

「……おー。美月みつき仁兎にとにしごかれて、少しは鍛えられたか?」

「……ええ……、それは……もう……。全身筋肉痛で…………」


 side→れん


 壁際に腰を下ろすと、隣に祐希ゆうきも続いて腰を下ろす。紅蓮ぐれんと契約をした日から、祐希ゆうきとは会っていなかった。学校には来ているようだったが、こちら側の仕事が忙しいとかで、下校時刻になるとすぐに帰ってしまっていたようだ。


(…………って……特に、祐希ゆうき先輩に用があったわけじゃないけど……さ)


 ただちょっとあの晩のキスを一度考えだしたら、頭から離れなくなってしまっただけで。紅蓮ぐれんを呼び出すため、と分かってはいるのだが、やはり初めてのキスだったということもあるのかもしれない。


 side→祐希ゆうき


 俺が見込んだれんは、やはり急成長を遂げているようだ。紅蓮ぐれんの存在があったとはいえ、この短期間で素人がこれだけ動けるようになるのは、やはり素質がなければ無理だ。しかも、訓練れんの相手は美月みつき仁兎にと。この二人は、たとえ仲間だろうが容赦しない。他のメンバーだって、そりゃ訓練れん中に手抜くような奴らではないけれど、そこはれんとの相性なんかもある。


 一通り訓練れんを見ていて、一つ気になることがあった。


(……何だあの動き…………)


美月みつき……、ちょっといいか?」

「……なに」

「なあ、れんの動き…………気づいたか?」

「ええ……。時々、ありえない反射するのよね。最初は、紅蓮ぐれんが表に出てきたのかと思ったけど、そうじゃないみたい」

「…………」


 美月みつきの話を聞いて、浮かび上がる一つの可能性。まさに想定外。これから面白いことになりそうだ。思わず、口元がほころぶ。


「……れん訓練れん頑張れよ」

「……はい!ありがとうございます」

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此の命、限りあるほどに美しい 澪汰 @crazycat1140

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