02.

 side→美月みつき


 れんが初めて港で、美月みつきを見たあの日のこと。

 あの日美月みつきたちが追っていたのは、〝悟堂組〟という日本の所謂ヤクザたちだった。

 英国から大量の武器を裏輸入する代わりに、大量の麻薬を同じく裏輸出しようとしていたのだ。それも今回だけではなく、前々から秘密裏に行われてきていたらしい。そのほかにも、様々な悪行を働いているそうだ。そしてその話はついにエリザベス女王の耳にも入り、今回日本側の危険因子排除の命が下ったのだ。れんが大方悟堂組の連中を大方始末してしまったため、港は静まり返っていた。それでもしぶとく身を潜めていたらしい残党を切り捨てながら、港をくまなく見て回る。


(……切り裂き魔ねぇ……。よくもまあ、こんなに派手に……。毎回毎回、後始末大変なのよまったく……)


 美月みつきは、うんざりしたように溜息を吐く。と、その時。


「…………!」

(……人の気配……、まだ残党が……?)


 己の武器である、大鉄扇を構え神経を集中させる。向こうもこちらに気付いたようで、コンテナ一つ隔てて互いに飛び出すタイミングをうかがう。一つ分かっているのは、このコンテナの向こうにいる相手は、あの切り裂き魔ではないということだ。あの切り裂き魔ならば、きっといちいち間合いなど取らず、短期決戦を挑んでくるだろうと思うからだ。そしてほぼ同時に飛び出して、お互いを認識して驚きの声を上げる。


「……っどうして!?」

「……美月みつき……!?」


 武器の構えを解かず、お互い顔を見合わせる。美月みつきの前に現れたのは、同じクラスのエレナ。半年前、隣のクラスの黎二れいじとともに兄妹として転校して来たのだ。まさか、同業者だったとは。先に武器を下ろしたのは、エレナだった。


「……私と黎二れいじは、元AbgrundのGespenst、アインスとツヴァイ。今は、Abgrundから追われる逃亡者」


 エレナの言葉に嘘がないと分かると、ようやく美月みつきも武器を下ろす。そこへ、黎二れいじと見知らぬ金髪の少女がやってくる。


「……お、お前…………一ノいちのせか!?何でここに!?」

「貴方……Gespenstだったのね。全然気付かなかった……。ほんと、人は見かけによらないわね。あぁ……、安心して。私も貴方たちと同業者だから。ついでに言うと、敵でもない」

『……美月みつきさーん、ついでに俺のことも喋っといて』

「…………。黒崎くろさき祐希ゆうき、あいつも同業者よ。てか、スピーカーにでも切り替えて自分で喋んなさいよ」


 そう言うと、美月みつきは耳に付けていたイヤホンマイクを外す。程なくして聞こえてきたのは、祐希ゆうきの声。


『……そんなわけで、いやぁ……意外っつうか、まさかだな。んで、さっきから気になってんだけど、その金髪のねーちゃんは?』


 美月みつき祐希ゆうきの言葉で、金髪の少女を見つめる。まだ日本なら、中学生くらいであろう少女。


「あたしはサラ。三代目Gespenst ドライ。けど、今は黎二れいじたちの味方だよ!そういうあんたたちは?」

「……失礼。私は一ノいちのせ美月みつき Code name:Mituki. 黒崎くろさき祐希ゆうき Code name:Tasuku. 二人とも、英国マフィアCROWN アジア支部 特殊部隊 Papillon Noir所属よ」

「CROWN……今、荒れてるって聞いたわ。Abgrundとの交戦に、反逆部隊が……」

『その反逆部隊っつーのは、俺らのことだな。Abgrundとの交戦で結構な損害が出たとかで、ここ最近は大人しくしてるみたいだけど』


 美月みつきの言葉に、サラが思い出したように声をあげる。


「マルクが……CROWNを自分の支配下に置くって言ってたよ……」

「……なるほど、そういうこと…………」


 Abgrund――日本語では〝奈落〟の意味を持つ、独語だ。


 Abgrundはドイツで絶大な勢力を誇っているマフィア組織だ。美月みつきたちのように国のお抱えではないけれど、実質似たような物だろう。Abgrundの構成員のほとんどが、他の組織で実力はあるのにトップになれなかった者たちだ。所謂NO.2の者たちをあらゆる手段で引き抜いた者たちの集まり。その中でトップの者をGespenstと呼んでいる。言うなれば〝称号〟のような物だ。日本語では〝亡霊〟などと訳されることが多い。「奈落」に「亡霊」などと、組織を作った人物がいかに悪趣味かがうかがえるが〝Gespenst〟の名はこの界隈では有名で、その実力は同業者からも恐れられている程だ。Gespenstの地位を与えられた者たちには、それぞれ名前が与えられる。独語で数字の意味を表す――アインス、ツヴァイ、ドライ。まるで物のような扱いだ、と美月みつきは思う。実際自分たちの組織へ引き抜く際に、薬物を使っただとか一族を皆殺しにしただとか、街一つ滅ぼしただとか、とにかく色々と悪い噂も多い。


 そんな彼らが英国お抱えマフィアを支配下に置こうとしている。万が一にCROWNがAbgrundの手に落ちるようなことになれば、それはやがて表立っての戦争になるのだろう。国家軍事力で言えば、独国よりも英国が勝っているはずだ。その実力差は、私たちマフィア界隈でも同じだったはずだ。それでもCROWNが防戦一方ということは、独国が力をつけたのか、Abgrundが相当の力を持っているのか。どちらにせよ、このまま放っておくわけにはいかないようだ。


「それにしても……、お前らがCROWNだったなんてな。さすが、イギリス王室お抱えってとこか?」

「それは、貴方たちもね。ねえ……、私たちまた会える?」

「死ななければ、ね」

「まだ死ぬ気はないわよ」

『同じく』


 互いにハイタッチをして別れる。いつか、また会えると信じて――

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