01.
私立奏雅学院高等部
――キーンコーンカーンコーン……
放課後を知らせる鐘が鳴り、生徒たちは各々談笑しながら帰路や部活へと向かっていく。その廊下を全速力で駆け抜ける、一人の男子生徒。目的の教室に到着するや否や、満面の笑みで声をあげる。
「
最早日常茶飯事だと言わんばかりに、呼ばれた本人たちや、残っていた生徒たちも気にする様子はない。彼の名前は
去年二人は生徒会幹部で、
「どーかしたか?」
「
「
「……昨日?確か……港で昨日、なんか事件あったのよね?」
「貨物船襲撃事件、だっけか」
必死に言葉を探す。
「……そう、なんですけど……そうじゃなくて……!俺、昨日あの辺りにたまたまいて、その時に……その……」
言いたいことが上手く言葉に出来ない。ふと顔を上げると、二人と目が合う。
――ゾクリッ
背中に冷たい汗が流れる。目が合った瞬間の二人の表情。一瞬だけ自分に向けられた、冷たくて射抜くような視線。初めて彼らを〝恐い〟と思った。
「……私に似ている人でも見たの?でも、ありえないわ」
「だな。だってこいつ、俺と一緒にいたしな」
「……そう、ですよね……。あんなとこに、
思い出しただけでも、何かが胃からせり上がってきそうになる。
「他には何か見たの?」
「……いえ……、あとは……鉄みたいな臭いがしてただけで……」
「そう……」
それからしばらく、
「……っ。見られてたなんて迂闊だったわ」
「あいつは、お前だってはっきり気付いてるわけじゃねーべ?あの様子だと、離れた場所から見たみたいだったし、死体は見られてないんじゃねえか?まあでも……一応、あとは俺が引き継いどくわ」
「
「おーよ。ちょっと調べ物あるし、ちょうどよかったつうか。んじゃ、俺忙しくなるから明希への報告頼むわ」
side→
最近いつも気がつくと、知らない場所にいる。
(……嘘だな。アンタは、俺がしていることをわかっているはずだ)
「……俺は……俺は…………何も……知らない……」
仄暗い路地に、二つの足音と荒い息遣いが響く。いくら走っても追いかけて来る足音。
(……逃げられない……、怖い……。何故、俺は追われているの?アイツが殺してるから?〝アレ〟は俺じゃない……!)
とうとう、港の空き倉庫に追い詰められ、逃げ場はなかった。暗くて姿ははっきり見えないけれど、確実に近づいて来る足音。そしてその足音は、
「……っ、ゆ……き……せん……ぱ……!?」
あの日一瞬だけ見えた、あの恐ろしく冷たい瞳で、
(……
――ッガツン
(……きっと、痛みなんか感じる間もなく……俺は……?……え……?)
鈍い音が頭のなかで響いたのを聞いた。聞けるはずのない音。
「……い、生きてる!?」
へなへなと、その場にへたり込む。おそるおそる顔を上げると、
「あの夜、お前は〝見てはいけないもの〟を見た。心当たり、あるだろ?だから、俺はお前を殺さなきゃなんねえ。例え、それが〝学院の可愛い後輩〟でもだ。だけど、今回は特別にチャンスをやる。今までの世界を捨てて、裏社会で生きるか、予定通りここで俺に殺されるか。選ばせてやるよ」
「…………っ、『見てはいけないもの』…………。じゃあやっぱり……あの日……港で見たのは、
この状況で、落ち着いて
「…………裏社会って?漫画とかだと、マフィアとかヤクザとかのことを言いますよね……」
「よく知ってんな」
笑みを浮かべる
「表向きは、奏雅学院3A所属
淡々と
「……冗談……ですよね……!?」
「…………」
「……だって……、そんな……。
「……裏切られた、とでも言うのか?」
「……失望したか?」
「そんなことは……!」
咄嗟に否定する。全部が突然すぎて信じられないことばかりだが、
「ただ……全部今までの先輩たちが、〝造られたもの〟だったんだって分かったら、少しだけ……寂しくはなりましたけど……」
「……いつの時代も……全部が全部、話せることばかりじゃない。お前だってそうだろ?」
その言葉に思わず口篭る。
「……なぁ、そろそろ出て来たらどうだ?毎晩毎晩、人の獲物取りやがって……。ああ……、今のお前に言うてもわかんねえのか……。どうしたら出てくんだ?」
やはり
「……俺の意志ではどうにも……。何か強い刺激でもあれば、出てくるかもしれないですけど……」
side→
「……っ!?」
「……っち」
振りかざされたナイフが、
「……何すんだよ、
容姿こそ
「そういうんじゃねえよ、勘違いすんな。つーか、ほんとにもう一人いたんだな、びっくりしたわ。そんで?
「……全部。俺と
「そうか……。お前、名前は?」
「……
(……そりゃまた……)
遠くで人の気配がする。そろそろ仕事の時間のようだ。さてと、と
「……
「いいよ。あんたの実力見てみたいし……」
「……ねえ
小さくポツリと、意識だけの
『……ううん……、そんなわけ……。だって俺は……
しばらくするとあたりには、血の臭いが立ち込める。何かが刺さるような、潰れるような音。
side→
「誰に言われて来た?さっさと吐かねえと、死ぬぞ。お前」
「……!!?わ……分かったから…………!命だけは……!」
命乞いする男に銃を向けながら、
「……早よせぇや」
「……Abgrund……だ! Abgrundのマルクってやつに……、〝
「……目的は何だ?」
「……知らねえよ……!俺は命令されただけで!だから……っ」
「そうか……残念だったな」
「……なっ!?まっ…………」
男の言葉を聞かず、乾いた銃声が響く。
「……収穫なし……か……」
side→
戦場の壮絶さに耐え切れず、意識を遮断していた
(…………どうして俺がターゲットに?
そんな思案をしていると、返り血を浴びても顔色一つ変えない
「最後のチャンスだ。生きるか、死ぬか、選んだか?」
あの時からそうだ……。どうしたって狙われる。けれど、本能が『生きたい』と叫んでいるようだった。
「……俺も
side→
そうはっきり言うと、
「……
「……今更だっつうの。つか、俺先輩よ?敬えよ、アホ」
「……アンタ、そういうこと気にする奴かよ……。違うだろ……」
「アイツと同じ顔して、俺に上からつーのが腹立つんだよ。つか……そんな心配しなくても、
「お疲れ、
組織のメンバーの一人である男の問いに、
しばらく走り続け、車は細い路地を何本も抜けて、とある廃工場の前で停車する。人目につかぬ場所にある重い扉を潜ると、そこには地下へと続く階段。長めの階段を降り切って、外と同じような重い扉を開けるとそこは、黒を基調とした広々とした部屋。コンクリ打ちっぱなしの壁や床。部屋の中央にはふかふかの絨毯と、ゆったりとしたソファ。外からは想像できない程、中は広々としているようだ。
「……俺は……、これからどうなるんです……?いつも人を殺してるのは……、俺じゃなくて〝
自分自身を抱き締めながら、ポツリポツリと
「大丈夫よ、心配ないわ。少なくとも、ここにいれば命を狙われるようなことはない」
「……そうだね。でも……君がここにいることを決めた以上、僕らは君たちを知る必要がある。〝もう一人の君〟について、教えてくれないかな……?」
『……俺が……やったの…………?』
その時、
両親が生前、関わっていた組織から手を引いたことにより、証拠隠滅のために殺されたらしい。もちろんそこには、〝
生きるために、
「…………
side→
「なあ……、その組織の名前、分かるか?」
「……
わからない、と首を振る
「……そっか、まあいい。
「……あの晩、港を彷徨いてた悟堂たちとは別に?」
「そう。だから、連絡受けて行くけど
「そこは俺にもよく分かんねーんだよな……。気付いた時には、もう
(……分離とか……そんなことも出来んのかよ)
もう驚くしかない。多少不安定ではあるものの、きちんと実体はあるようだ。意味不明だ。
「……目と性格以外は、ほんとそっくりなのね」
なんでも
「……俺、強くなりたいです……。守ってもらってばかりは…………もう嫌だ」
side→
「それがどういうことか、分かって言ってるのね?」
「〝
「お前にそれが出来んのか?」
「……やってみせますよ……。どうしたって狙われる。なら……、強くなるしかないから……」
「それじゃあ、これからのことを説明するわね。まず
「……人を殺すための……」
「……もちろんそれだけじゃないよ。自分を守る術も身につく。君自身のためにもなるんだ」
「私たちが所属している組織のことは聞いてる?」
「……そう、なら話は早いわ。いい?CROWNやその他、関係する情報を他人に漏らした時点で、命の保証はしないからそのつもりでね。私たちの当面の目的は、今のCROWNを潰すこと。ここは、大きくなりすぎて力を付けすぎたCROWNを女王の命のもと、在るべき姿に戻すために集められた者たちの集まりよ。集められたのは、CROWNの中でも優秀な部隊数隊。通称、〝oblivion〟それが私たち」
「仲間を引き入れるのは、僕らの自由。CROWNは大きな組織だ。だから、より多くの信頼出来る仲間が必要になる。……そういえば、僕の自己紹介がまだだったね……。僕の名前は
「……そろそろ、他のメンバーも戻ってくる頃だね。そうそう、ここのボスは
その時、外が騒がしくなり始めた。わらわらと人の声がする。
「ただいま……腹減った……」
最初に入ってきたのは、長身で髪がやや長めの黒金メッシュの男。
「おかえり。キッチンにいくらか作り置きしてあるから、適当に食べてー。Nightの
180cmはあるのではないだろうか。
「……っは、初めまして……」
「……んー。新顔?……飯……」
「
「そんな心配せんでも大丈夫やて……。つーか、
「何言ってるの、
「家鴨顔うるさい、ちょっと黙ってて。あんたが騒ぐと、
家鴨顏もとい
「今日はちょっと、こっちに色々報告しなきゃなんないこともあったのよ。てか、あんたまた無茶したわね。私いなかったら、前線復帰すんのにどれだけかかってたと思ってんのよ」
そう言っている間にも、傷はどんどん小さくなっていく。そして、最後に残ったのは小さな傷痕。
「……いつもありがとうな?これでも気を付けてるんやけどな……。……家鴨、お前はほんまうっさい……。俺の心配より、自分の心配せーや……そないなことより、
黒髪に整った顔立ちなのが、
「……新顔よ。ちょっと訳あって引きずり込んだのよ……」
渋い顔をして、
「
「そうだねぇ……。でも、何で連れてきたの?その子、一般人だよねぇ?」
「それは、この子の中にもう一つの……」
「違う。俺が気付いたのは、
全員が
「……話はまあ……突拍子もないことやけど、とりあえずわかった。せやけど、何で〝
「
「
鼻布がこの集団のリーダーである、
「全員揃ったみたいだな。それじゃあ、
「……!?……はぁ!?何で……俺が、こんなガキのッ…………!」
「
「……っぷ……頑張って、
「……っ……てめえもだろ、
「私はいいのよ。だって、いつも通りにしてればいいだけだもの」
「少し落ち着いた?俺は
「
「…………そういうのをさ、馬鹿って言うんだよね」
「同感だな」
「……ニーナ、お前はヘタレだよな…………」
「……今ヘタレとか関係なくね!?つーか、俺のどこがヘタレだっていうんだよ!?」
ヒートアップする底辺な論争に、今まで黙っていた
「馬鹿どもは黙ってろ……」
「血……見たいんですか?」
普段は優しくにこやかな、
「……さっきの……
「……
「…………センス……人を殺す、センス…………。やっぱり恐い……俺が誰かを殺すなんて…………。あれ……変、だな……。決めたのに…………震えが…………」
「それは、てめえの覚悟が足りねえからだ。ここは、てめえみたいな一般人がいる場所じゃねえんだよ」
「……っんだと!?」
素人が、そう簡単に出来ることではない。これこそが、
「……っ、分かった気がします……。確かに、さっきまでの俺の覚悟は小さかった……。でも今……!こうして殺されかけて…………、やっと分かりました。俺はもう……迷わない!俺は……俺は……、まだ死にたくない……!」
「……
だがしかし、決着がつくことはなかった。私室に戻っていたはずの明希が騒ぎを聞きつけてか現れ、
「……勝手な行動は謹め。彼は、大切な仲間だ」
「…………っち」
「……ふん……素人がどこまでやれるか……、見物だな」
「大丈夫か?コイツ固まってるぞ」
「
「……は!?いやちょっとま……」
「……
side→
部屋を出て、
「……っ何だよ」
「『何だ』は、こっちのセリフよ。何いきなり刀なんか向けて……!結果的に良かったものの……。他にやり方ってモンがあるでしょ!?」
「……一番、手っ取り早い方法をとったまでだ」
「……はぁ……。謝っておきなさいよ」
「…………」
「返事は?」
「……はぁ……はいよ……」
「楽しそうね」
「……あ、はい!みんな面白くて、色々教えてくれるんですっ!」
「×××とかな♪普通に放送禁止ワードばっか♪」
「お、俺は何も言ってないからな!」
何故か必死なニーナ。
side→
「ニーナは、ヘタレだから言えないんでしょ?」
「
「ふーん、そう……。あんたたち、
「……え、いや…………。そ、そういえば……
「……あの……えっと……」
「…………さっきは……悪かった……な」
「……あ……、いえ……。逆に……ありがとうございました。貴方のおかげで、覚悟も決まりましたし……。あの……、お名前聞いても?」
「……
「
「…………ふん」
その時、
「
「それで呼ぶんじゃねぇつってんだろ、くそ家鴨!丸焼きにすっぞ」
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