01.

 私立奏雅学院高等部


 ――キーンコーンカーンコーン……


 放課後を知らせる鐘が鳴り、生徒たちは各々談笑しながら帰路や部活へと向かっていく。その廊下を全速力で駆け抜ける、一人の男子生徒。目的の教室に到着するや否や、満面の笑みで声をあげる。


美月みつきせんぱーい!祐希ゆうきせんぱーい!帰りましょー!」


 最早日常茶飯事だと言わんばかりに、呼ばれた本人たちや、残っていた生徒たちも気にする様子はない。彼の名前は久我練れん、奏雅学院高等部二年生。そしてれんに呼ばれた二人は、一ノいちのせ美月みつき黒崎くろさき祐希ゆうき。それぞれ三年生だ。

 去年二人は生徒会幹部で、れんは友達の代わりに出席した委員会で二人に出会い、それからちょくちょく仕事を手伝ったりして、今の関係に至っていた。三人で並んで帰り道を歩く。何気ない、たわいもない会話。しかし、れんには美月みつきに聞いておかなければならないことがあった。足を止め、二人を交互に見つめる。


「どーかしたか?」

れん……?」

美月みつき先輩……、昨日……港にいました?」


 れんの言葉に、二人は一瞬互いの顔を見合わせる。


「……昨日?確か……港で昨日、なんか事件あったのよね?」

「貨物船襲撃事件、だっけか」


 必死に言葉を探す。


「……そう、なんですけど……そうじゃなくて……!俺、昨日あの辺りにたまたまいて、その時に……その……」


 言いたいことが上手く言葉に出来ない。ふと顔を上げると、二人と目が合う。


 ――ゾクリッ

 背中に冷たい汗が流れる。目が合った瞬間の二人の表情。一瞬だけ自分に向けられた、冷たくて射抜くような視線。初めて彼らを〝恐い〟と思った。


「……私に似ている人でも見たの?でも、ありえないわ」

「だな。だってこいつ、俺と一緒にいたしな」

「……そう、ですよね……。あんなとこに、美月みつき先輩がいるわけないですよね……」


 思い出しただけでも、何かが胃からせり上がってきそうになる。


「他には何か見たの?」


 れんの背中をさすりながら、美月みつきは問う。


「……いえ……、あとは……鉄みたいな臭いがしてただけで……」

「そう……」


 それからしばらく、美月みつきに背中をさすってもらいゆっくり歩く。落ち着いた頃には、自分の家に着いていた。二人にお礼を言って、れんは家の中へと入っていく。れんが家の中へ入ったのを確認すると、歩きながら美月みつきは顔をしかめる。


「……っ。見られてたなんて迂闊だったわ」

「あいつは、お前だってはっきり気付いてるわけじゃねーべ?あの様子だと、離れた場所から見たみたいだったし、死体は見られてないんじゃねえか?まあでも……一応、あとは俺が引き継いどくわ」

タスク……、アンタが動くの?」

「おーよ。ちょっと調べ物あるし、ちょうどよかったつうか。んじゃ、俺忙しくなるから明希への報告頼むわ」



 side→れん


 最近いつも気がつくと、知らない場所にいる。


(……嘘だな。アンタは、俺がしていることをわかっているはずだ)

「……俺は……俺は…………何も……知らない……」


 仄暗い路地に、二つの足音と荒い息遣いが響く。いくら走っても追いかけて来る足音。


(……逃げられない……、怖い……。何故、俺は追われているの?アイツが殺してるから?〝アレ〟は俺じゃない……!)


 とうとう、港の空き倉庫に追い詰められ、逃げ場はなかった。暗くて姿ははっきり見えないけれど、確実に近づいて来る足音。そしてその足音は、れんの目の前で止まる。こめかみに当たる冷たい感触。月明かりで、ようやく見えた相手の顔。


「……っ、ゆ……き……せん……ぱ……!?」


 あの日一瞬だけ見えた、あの恐ろしく冷たい瞳で、祐希ゆうきが今自分の額に銃口を突き立てている。祐希ゆうきの表情からはなんの感情も読み取ることが出来ない。


(……祐希ゆうき先輩……どうして?)


 祐希ゆうきが、銃のトリガーに指をかけるのが分かった。咄嗟に目を瞑る。


 ――ッガツン


(……きっと、痛みなんか感じる間もなく……俺は……?……え……?)


 鈍い音が頭のなかで響いたのを聞いた。聞けるはずのない音。


「……い、生きてる!?」


 へなへなと、その場にへたり込む。おそるおそる顔を上げると、祐希ゆうきれんの目の前で銃に弾を込め、再び銃口をこちらへ向けていた。


「あの夜、お前は〝見てはいけないもの〟を見た。心当たり、あるだろ?だから、俺はお前を殺さなきゃなんねえ。例え、それが〝学院の可愛い後輩〟でもだ。だけど、今回は特別にチャンスをやる。今までの世界を捨てて、裏社会で生きるか、予定通りここで俺に殺されるか。選ばせてやるよ」

「…………っ、『見てはいけないもの』…………。じゃあやっぱり……あの日……港で見たのは、美月みつき先輩だったんですね…………」


 この状況で、落ち着いて祐希ゆうきと話をしている自分に驚く。殺されるかもしれないというのに。


「…………裏社会って?漫画とかだと、マフィアとかヤクザとかのことを言いますよね……」

「よく知ってんな」


 笑みを浮かべる祐希ゆうきれんがよく知っている、悪戯めいた笑み。でも今日は違う。れんを映すその瞳は暗く、それがれんの言葉を肯定しているのだと思い知らされる。


「表向きは、奏雅学院3A所属 黒崎くろさき祐希ゆうきに、同じく3A所属 一ノいちのせ美月みつき。だけど本当は、Code name: Tasuku. ハッキング諸々が俺の仕事。美月みつきは、暗殺諸々だな。年齢は二人とも、今年二十一になるかな確か。俺も美月みつきも、英国マフィアアジア支部 特殊部隊〝Papillon Noir〝所属。まあ簡単に言ったら、英国政府お抱えの掃除屋ってとこか」


 淡々と祐希ゆうきは話を続ける。依然銃口は、れんの額を捉えていた。


「……冗談……ですよね……!?」

「…………」


 祐希ゆうきは何も言わない。


「……だって……、そんな……。美月みつき先輩も、祐希ゆうき先輩も……学院の有名人で……、『なんでも出来るすごい人たちだ』って。俺……そんなこと知らなくて、二人によくしてもらうようになってから知って……、嬉しかった。なのに……!」

「……裏切られた、とでも言うのか?」


 祐希ゆうきは突き付けていた銃を腰のホルスターにしまうと、れんの横に腰を下ろして、煙草を取り出す。


「……失望したか?」

「そんなことは……!」


 咄嗟に否定する。全部が突然すぎて信じられないことばかりだが、祐希ゆうきたちに失望するとか裏切られたとかそういうことは思わなかった。ただ、少しだけ寂しかった。


「ただ……全部今までの先輩たちが、〝造られたもの〟だったんだって分かったら、少しだけ……寂しくはなりましたけど……」

「……いつの時代も……全部が全部、話せることばかりじゃない。お前だってそうだろ?」


 その言葉に思わず口篭る。祐希ゆうきの言葉に思い当たることがあるからだ。一服終えた祐希ゆうきが立ち上がり、再びれんに向き直る。


「……なぁ、そろそろ出て来たらどうだ?毎晩毎晩、人の獲物取りやがって……。ああ……、今のお前に言うてもわかんねえのか……。どうしたら出てくんだ?」


 やはり祐希ゆうきは〝彼〟を知っているようだ、と納得する。


「……俺の意志ではどうにも……。何か強い刺激でもあれば、出てくるかもしれないですけど……」


 祐希ゆうきが言っているのは、おそらくれんの中のもう一つの人格。不意に祐希ゆうきの顔が近づいて来る。そして、柔らかいものが触れた。仄かに煙草の味が口の中に流れ込んできた途端、意識が遠のいていく。



 side→れん(?)


「……っ!?」


 れんの中で一眠りしていたら、何故かれんと入れ替わっていて、何故か目の前には男の顔。全身に寒気が走る。反射的に男を突き飛ばして、懐に仕込んでいるナイフを『殺してやる』と言わんばかりに振りかざす。


「……っち」


 振りかざされたナイフが、祐希ゆうきの身体を傷付けることはなかった。れん(?)が、突き飛ばした相手が祐希ゆうきだったことに気付いたからだ。


「……何すんだよ、祐希ゆうき先輩。俺もれんもそういう趣味ないんで、やめてもらえます?ドン引くで、ほんと……」


 容姿こそれんだが、瞳の色は普段の金色から濃い赤色に変わり、暗闇の中でその目の色は異様な存在感を放っていた。口調も普段のれんと違って、大人びているようだ。


「そういうんじゃねえよ、勘違いすんな。つーか、ほんとにもう一人いたんだな、びっくりしたわ。そんで?れんはお前のやってる事、どこまで知ってんだ?」

「……全部。俺とれんは感覚を共有してるからな。ただ……れんは〝俺〟という存在を、完全に認めるのを怖がってる」

「そうか……。お前、名前は?」

「……れん


(……そりゃまた……)


 遠くで人の気配がする。そろそろ仕事の時間のようだ。さてと、と祐希ゆうきは立ち上がる。


「……れんさんよぉ、今日こそは取らねえでくれよ。〝奴〟には、聞きたい事があんのよ」

「いいよ。あんたの実力見てみたいし……」


 れんを鼻で笑い、祐希ゆうきは闇に消える。


「……ねえれん……、れんは俺にいなくなってほしい?」


 小さくポツリと、意識だけのれんへ問う。その声は、僅かに震えていた。


『……ううん……、そんなわけ……。だって俺は……れんがいなかったら、今頃死んでたから……』


 しばらくするとあたりには、血の臭いが立ち込める。何かが刺さるような、潰れるような音。れんはコンテナの上に軽々と飛び乗ると、惨状を見つめる。れんが、意識から離れたのが分かった。



 side→祐希ゆうき


「誰に言われて来た?さっさと吐かねえと、死ぬぞ。お前」

「……!!?わ……分かったから…………!命だけは……!」


 命乞いする男に銃を向けながら、祐希ゆうきは苛々したように言う。


「……早よせぇや」

「……Abgrund……だ! Abgrundのマルクってやつに……、〝久我練れん〟っていうガキを連れて来いって……!」

「……目的は何だ?」

「……知らねえよ……!俺は命令されただけで!だから……っ」

「そうか……残念だったな」

「……なっ!?まっ…………」


 男の言葉を聞かず、乾いた銃声が響く。


「……収穫なし……か……」



 side→れん


 戦場の壮絶さに耐え切れず、意識を遮断していたれんだったが、ふと自分の事が話題に上がっているのに気づき、事の成り行きを見守る。れんとは感覚を共有しているから、見たくなくてもれんを通して全部見えてしまう。それでも最近はようやく、視覚だけは遮断することができるようになったのだ。


(…………どうして俺がターゲットに?れんの腕を買って?)


 そんな思案をしていると、返り血を浴びても顔色一つ変えない祐希ゆうきが銃を構えて、こちらを見つめていた。


「最後のチャンスだ。生きるか、死ぬか、選んだか?」


 あの時からそうだ……。どうしたって狙われる。けれど、本能が『生きたい』と叫んでいるようだった。れんがいることが何よりの証拠。なら、答えは一つ。


「……俺もれんも、答えは決まってる。連れて行ってください、先輩たちのところへ」



 side→


 そうはっきり言うと、れんはその場から倒れこむようにして落ちる。どうやら、相当の気を張っていたようだ。代わりに現れたれんに、祐希ゆうきれんの様子を聞くとどうやら眠っているらしい。


「……れんを守ってやってくれ」

「……今更だっつうの。つか、俺先輩よ?敬えよ、アホ」

「……アンタ、そういうこと気にする奴かよ……。違うだろ……」

「アイツと同じ顔して、俺に上からつーのが腹立つんだよ。つか……そんな心配しなくても、れんは強くなるさ。お前が一番分かってるんじゃねーの?」


 れんは苦笑して返す。二人で港を抜けると、一台の車が目の前でとまった。降りてきたのは、美月みつきと一人の男。


「お疲れ、タスク。その子が、例の子?」


 組織のメンバーの一人である男の問いに、祐希ゆうきは頷いて見せる。美月みつきが何か言いたそうにしていたが、目だけで『後で説明する』と告げる。車に乗ってからというもの、意識が〝れん〟に戻ったのか、一言も話さなかった。


 しばらく走り続け、車は細い路地を何本も抜けて、とある廃工場の前で停車する。人目につかぬ場所にある重い扉を潜ると、そこには地下へと続く階段。長めの階段を降り切って、外と同じような重い扉を開けるとそこは、黒を基調とした広々とした部屋。コンクリ打ちっぱなしの壁や床。部屋の中央にはふかふかの絨毯と、ゆったりとしたソファ。外からは想像できない程、中は広々としているようだ。れんは促されるまま、ソファに身を沈める。


「……俺は……、これからどうなるんです……?いつも人を殺してるのは……、俺じゃなくて〝れん〟だから…………。でも、それは俺を守るためで…………。俺はいつも見てるだけ……で……、何も出来なくて…………」


 自分自身を抱き締めながら、ポツリポツリとれんは言葉を紡ぐ。温かい飲み物が目の前に置かれた。顔を上げると、美月みつき祐希ゆうき。それに先ほどの男の人と目が合う。


「大丈夫よ、心配ないわ。少なくとも、ここにいれば命を狙われるようなことはない」

「……そうだね。でも……君がここにいることを決めた以上、僕らは君たちを知る必要がある。〝もう一人の君〟について、教えてくれないかな……?」


 れんは、ゆっくりと話し始める。れんとは、十二の頃から一緒だ。れんが初めて現れたのは、家に強盗が入って両親が殺された日だった。強盗は、れんの存在に気付くと刃物を片手に襲いかかって来た。れんが覚えているのはそこまで。気付いた時には強盗はすでに死んでいて、自分の手には強盗が持っていた刃物が握られていた。


『……俺が……やったの…………?』


 その時、れんの心の中で『違うよ』と声が聞こえた。それが〝れん〟だった。のちにれんが襲ってきた奴らから聞き出した情報によると、強盗も両親の殺害もすべては仕組まれていたことだったようだ。

 両親が生前、関わっていた組織から手を引いたことにより、証拠隠滅のために殺されたらしい。もちろんそこには、〝れん〟の抹殺も含まれていた。だが、それは失敗に終わった。だから組織は、れんを狙う。

 生きるために、れんは〝れん〟に身を委ねた。『自分が生きるために』と、れんのしていることに目を瞑って来た。そのうち、れんの噂が広まり【切り裂き魔】などという異名がついてしまったのだ。


「…………れんは両親がいなくなった俺にとって、とても特別な存在で……。でも、組織が俺を狙ってるとはいえ、これでいいのかな……とはずっと思ってて、不安で…………」



 side→祐希ゆうき


「なあ……、その組織の名前、分かるか?」


 れんの話を最後まで聞き終えると、祐希ゆうきれんに問う。


「……れんは知ってるかもしれないけど、俺は……」


 わからない、と首を振るれん


「……そっか、まあいい。れんを狙ってる連中は、十中八九〝Abgrund《アゴーンドゥ)〟で間違いねーな。最近港が騒がしかったのは、それも要因ってこった」

「……あの晩、港を彷徨いてた悟堂たちとは別に?」

「そう。だから、連絡受けて行くけどれんのせいで仏さんばっか。れん……お前何者?」


 祐希ゆうきの問いに、れんが具現化してれんの隣に現れる。


「そこは俺にもよく分かんねーんだよな……。気付いた時には、もうれんと一緒になってたし。今まで俺は、れんを守るためにれんを狙ってくる奴、片っ端から切ってるだけだしな」


(……分離とか……そんなことも出来んのかよ)


 もう驚くしかない。多少不安定ではあるものの、きちんと実体はあるようだ。意味不明だ。


「……目と性格以外は、ほんとそっくりなのね」


 なんでもれんは、れんが生まれた時かられんと共にあったが、今のようにお互いを認識出来るようになったのは、れんの両親が殺された日かららしい。れんがどういう存在なのかは依然として不明だが、とりあえず話を信じる他ないだろう。


「……俺、強くなりたいです……。守ってもらってばかりは…………もう嫌だ」


 れんを見遣って、れんはきっぱりと言う。



 side→


「それがどういうことか、分かって言ってるのね?」

「〝れん〟ではなく、〝れん〟で人が殺せる?殺すということは、その人間の可能性を奪うことだよ」

「お前にそれが出来んのか?」

「……やってみせますよ……。どうしたって狙われる。なら……、強くなるしかないから……」


 れんの言葉に全員が頷く。れんは、れんの覚悟を聞くとれんの中に戻ってしまった。どうやら、長時間の分離は出来ないようだ。美月みつきは改まってれんに向き直る。


「それじゃあ、これからのことを説明するわね。まずれん、貴方にはこれまで通り学院に通ってもらう。Abgrund《アゴーンドゥ》に勘付かれると厄介だわ。そして放課後は、訓練れんを受けてもらうことになると思うわ。まあ、平たく言えば〝人を殺すための訓練〟ってことになるかしらね」


 れん美月みつきの言葉を、噛み締めるように繰り返す。


「……人を殺すための……」

「……もちろんそれだけじゃないよ。自分を守る術も身につく。君自身のためにもなるんだ」

「私たちが所属している組織のことは聞いてる?」


 美月みつきの問いに、れんはこくりと頷く。


「……そう、なら話は早いわ。いい?CROWNやその他、関係する情報を他人に漏らした時点で、命の保証はしないからそのつもりでね。私たちの当面の目的は、今のCROWNを潰すこと。ここは、大きくなりすぎて力を付けすぎたCROWNを女王の命のもと、在るべき姿に戻すために集められた者たちの集まりよ。集められたのは、CROWNの中でも優秀な部隊数隊。通称、〝oblivion〟それが私たち」

「仲間を引き入れるのは、僕らの自由。CROWNは大きな組織だ。だから、より多くの信頼出来る仲間が必要になる。……そういえば、僕の自己紹介がまだだったね……。僕の名前はかい


 かい美月みつきたちの部隊ではなく、〝Cozette〟という部隊に所属しており、部隊同士の垣根を越えてみんなの武器を整備したり、必要に応じて車を出したりと、メンテ兼雑用を担当している。


「……そろそろ、他のメンバーも戻ってくる頃だね。そうそう、ここのボスは玲斗れいとって人。もちろん、各部隊にリーダーはいるけど、全てを統括してるのが玲ちゃんかな。最初は怖いかもしれないけど、全然怖くないから安心して」


 その時、外が騒がしくなり始めた。わらわらと人の声がする。


「ただいま……腹減った……」


 最初に入ってきたのは、長身で髪がやや長めの黒金メッシュの男。


「おかえり。キッチンにいくらか作り置きしてあるから、適当に食べてー。Nightの瑠榎るかさん」


 180cmはあるのではないだろうか。れんは高身長が醸し出す、独特の威圧感に少々怖気付きながら頭を下げる。


「……っは、初めまして……」

「……んー。新顔?……飯……」


 瑠榎るかれんを一度だけ見ると、興味なさそうにキッチンへ向かってしまう。数秒後、慌ただしく扉が開いて入ってきたのは三人。それぞれ負傷しているようだ。


美月みつきいるか!?あおいの怪我見てやってくれ……。俺らは後でいいから……!」


 あおいと呼ばれた人物は、一番深手を負っていた。美月みつきかいの横をすり抜け、あおいの傷の具合を確かめる。かいも続いて、他のメンバーの手当てにあたる。


「そんな心配せんでも大丈夫やて……。つーか、美月みつきさん戻ってるん珍しいなあ?」

「何言ってるの、あおいちゃん!?あと一歩間違ってたら、死んじゃってかもし……」

「家鴨顔うるさい、ちょっと黙ってて。あんたが騒ぐと、あおいが騒ぐのよ!」


 家鴨顏もというれいを黙らせ、美月みつきは特殊な治癒術であおいの傷を治していく。


「今日はちょっと、こっちに色々報告しなきゃなんないこともあったのよ。てか、あんたまた無茶したわね。私いなかったら、前線復帰すんのにどれだけかかってたと思ってんのよ」


 そう言っている間にも、傷はどんどん小さくなっていく。そして、最後に残ったのは小さな傷痕。


「……いつもありがとうな?これでも気を付けてるんやけどな……。……家鴨、お前はほんまうっさい……。俺の心配より、自分の心配せーや……そないなことより、美月みつきさんだけやのうてタスクも戻ってたんやな……珍しい……」


 あおいは心底驚いたようだが、れんの存在に気付くと納得したように頷く。

 黒髪に整った顔立ちなのが、あおい。そして、茶髪に少し長めの髪、切れ長の目元が特徴の家鴨顏が、うれい。もう一人は、背は低いが独特の存在感を放つ流綺るき。三人共、れんに興味深々のようだ。みんなの注目を一気に浴び、緊張しながられんは頭を下げる。


「……新顔よ。ちょっと訳あって引きずり込んだのよ……」


 渋い顔をして、美月みつきが説明する。流綺るきが、美月みつきをからかうようにクスリと笑う。


美月みつきがヘマとは……珍しいなぁ?」

「そうだねぇ……。でも、何で連れてきたの?その子、一般人だよねぇ?」


 美月みつき流綺るきを睨みつけると、流綺るきは肩を竦めてみせる。うれいは、れんの加入に不思議そうだ。本来なら、れんは殺されて当然。


「それは、この子の中にもう一つの……」


 かいの説明を祐希ゆうきが遮る。


「違う。俺が気付いたのは、れんの能力じゃねーよ……〝れん〟の方だ。確かにれんは、即戦力間違いねえけど、れんの方にもセンスはあんだよ」


 全員が祐希ゆうきの方を見る。『意味がわからない』と困惑しているあおいたちに、かいが〝れん〟のことを説明する。しばらくみんな黙っていたが、不意にあおいがある疑問を投げかける。


「……話はまあ……突拍子もないことやけど、とりあえずわかった。せやけど、何で〝れん〟の方にセンスがあるなんて分かったん?」

タスクが言うなら、間違いねーべ」


 あおいの問いに答えたのは祐希ゆうきではなく、白に近い金髪頭で何故か鼻に布を巻いている男。その男の隣にいる、一瞬女性かと思わせるほど華奢でスタイルのいい、茶髪の男も頷く。


タスクは、そういうことに人より長けてるから」


 鼻布がこの集団のリーダーである、玲斗れいと。そしてその隣にいるのが、Nightのリーダーである咲弥さくや。それに続いて現れたのは、Papillonのリーダー明希あきとメンバーの仁兎にと。非番だったメンバーにも話が伝わったのかNightの咲弥さくや瑠榎るかを始め、残りのメンバーであるやニーナ、ひつぎ夜満よみが揃ったところで玲斗れいとが口を開く。


「全員揃ったみたいだな。それじゃあ、タスクとるったんは後で報告頼むべ。れんは、Papillon所属に決まったから美月みつき仁兎にとれんの世話頼んだべ」

「……!?……はぁ!?何で……俺が、こんなガキのッ…………!」

かいは、れんにここのこと色々教えてやってくれだべ」


 玲斗れいと仁兎にとの話を聞かず、用件だけ言うと奥へ戻ってしまう。


「……っぷ……頑張って、仁兎にと

「……っ……てめえもだろ、美月みつき!?」


「私はいいのよ。だって、いつも通りにしてればいいだけだもの」


 仁兎にと美月みつきを睨み付けるが、美月みつきは気にする風もなく涼し気な顔をしていた。玲斗れいとが奥に引っ込むと、祐希ゆうき流綺るきも報告のためか奥へと消える。


「少し落ち着いた?俺は咲弥さくや。改めてようこそ。ここはみんな腕の立つ人たちだけど、馬鹿が多いからあまり固くならなくていいよ」

咲弥さくやっ!馬鹿は酷くない?俺は、×××で×××なだ……」

「…………そういうのをさ、馬鹿って言うんだよね」

「同感だな」

「……ニーナ、お前はヘタレだよな…………」


 夜満よみの下品な話を〝いつものこと〟だと、聞き流すNightのメンバー。


「……今ヘタレとか関係なくね!?つーか、俺のどこがヘタレだっていうんだよ!?」


 ヒートアップする底辺な論争に、今まで黙っていた咲弥さくやかいが怒りを露わにする。


「馬鹿どもは黙ってろ……」

「血……見たいんですか?」


 普段は優しくにこやかな、かい咲弥さくや。この二人を怒らせてはいけないというのは、暗黙のルール。みんなが瞬時に黙る。しばしの沈黙の後、口を開いたのはれんだった。


「……さっきの……祐希ゆうき先輩の話は本当なのでしょうか?」

「……れんくん、君に〝人を殺すセンスがある〟ってことかな?」


 れんはこくりと頷く。


「…………センス……人を殺す、センス…………。やっぱり恐い……俺が誰かを殺すなんて…………。あれ……変、だな……。決めたのに…………震えが…………」

「それは、てめえの覚悟が足りねえからだ。ここは、てめえみたいな一般人がいる場所じゃねえんだよ」


 仁兎にとは一瞬で刀を引き抜くと、れんとの間合いを詰める。混ざり合う金属音。咄嗟に美月みつきが、れんに短刀を投げたのだ。


「……っんだと!?」


 素人が、そう簡単に出来ることではない。これこそが、祐希ゆうきの言っていた〝センス〟なのだ。仁兎にとと鍔の競り合いをしながらも、れんは言葉を紡ぐ。


「……っ、分かった気がします……。確かに、さっきまでの俺の覚悟は小さかった……。でも今……!こうして殺されかけて…………、やっと分かりました。俺はもう……迷わない!俺は……俺は……、まだ死にたくない……!」


 れんの瞳から迷いが消えた。劣勢だったれんが、少しずつ仁兎にとの刀を押し返す。


「……仁兎にと!」


 だがしかし、決着がつくことはなかった。私室に戻っていたはずの明希が騒ぎを聞きつけてか現れ、仁兎にとの背後に回り込み首筋にナイフを立てていたからだ。


「……勝手な行動は謹め。彼は、大切な仲間だ」

「…………っち」


 仁兎にとは明希が離れると、首をさすりながら苛立ちを露わにして、部屋を出て行く。


「……ふん……素人がどこまでやれるか……、見物だな」


 仁兎にととの突然の一騎打ちを終えて、放心状態のれん


「大丈夫か?コイツ固まってるぞ」

瑠榎るか、その子頼んだわ」

「……は!?いやちょっとま……」


 美月みつき仁兎にとの後を追うように、部屋を出て行ってしまう。


「……咲弥さくや、どうしたらいい?」



 side→美月みつき


 部屋を出て、仁兎にとの後を追う。大方、向かった先は私室だろう。扉を勢いよく開けて仁兎にとに詰め寄ると、逃げられぬようベッドに押し倒す。


「……っ何だよ」

「『何だ』は、こっちのセリフよ。何いきなり刀なんか向けて……!結果的に良かったものの……。他にやり方ってモンがあるでしょ!?」

「……一番、手っ取り早い方法をとったまでだ」

「……はぁ……。謝っておきなさいよ」

「…………」

「返事は?」

「……はぁ……はいよ……」


 仁兎にとを連れて、広間に戻るとれんが楽しそうに笑っていた。れんもいる。


「楽しそうね」

「……あ、はい!みんな面白くて、色々教えてくれるんですっ!」

「×××とかな♪普通に放送禁止ワードばっか♪」


 れんれんが、会話の内容を教えてくれる。あとで夜満よみあたりをシメる必要がありそうだ。


「お、俺は何も言ってないからな!」


 何故か必死なニーナ。瑠榎るかは、美月みつきから目を逸らす。



 side→


「ニーナは、ヘタレだから言えないんでしょ?」

れん……お前なぁ…………。つーか、ヘタレじゃねえって!」

「ふーん、そう……。あんたたち、れんに何してくれてんの?」

「……え、いや…………。そ、そういえば……玲斗れいとが、四人のこと呼んでた、ぞ」


 美月みつきたちが話している間に、れんの隣に仁兎にとがどかっと座る。


「……あの……えっと……」

「…………さっきは……悪かった……な」


 れんにしか聞こえないような小さな声。


「……あ……、いえ……。逆に……ありがとうございました。貴方のおかげで、覚悟も決まりましたし……。あの……、お名前聞いても?」

「……仁兎にと

仁兎にとさん、これからよろしくお願いしますね」

「…………ふん」


 その時、うれいが四人を呼ぶ声がした。きっと玲斗れいとの催促だろう。


れんれんくんと美月みつきー!それにうさちゃーん、玲ちゃんが早くー!って~」

「それで呼ぶんじゃねぇつってんだろ、くそ家鴨!丸焼きにすっぞ」

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