第4話 汚れた行いは露見する
やはり、雨はすぐに上がってしまいました。
すでに乾ききった僕には雨が染み込むことはありませんでしたが、彼女はまだ柔らかかったのでかなり水分を取り込んだようです。少し溶け出しています。
話しかけましたが返事がありません。眠ってしまったようです。
僕は雲が薄くなり、時折お日様が顔を覗かせる空を見上げました。
できることなら彼女を乾かして、元気にしてもらいたい。そうすれば、もっとお話ができるのに。
うんちにあるまじき考えが浮かび、僕は慌ててその考えを隅っこに追いやりました。うんちであるならば、自然の摂理通りに還ることを考えなければいけません。間違っても必要以上の生存を望んではいけないのです。
夕方にさしかかり、下校する子供たちが現れ始めました。
みんな色とりどりの傘を持っています。雨が止んだわけですから、当然たたまれています。男の子たちがそれを持てばたちまちチャンバラ劇の始まりです。みんななにやらヒーローの台詞のような叫びを上げて傘をぶつけ合っています。
子供たちの流れが一段落すると、後からよれよれTシャツを着た男の子が一人でとぼとぼと歩いてきました。いつもボッチでいじめられっ子のよれ男くんです。
毎日同じ服を着て、他の子供たちと同じように傘こそ持っていますが、いかにも安物感が漂う透明の傘で、骨もそこかしこが曲がっていてボロボロです。
いったいあの子はどんな家庭にいるのでしょう。いえ、疑問に思わずともだいたいの想像はつきます。気の毒なことです。
よれ男くんが僕の前を通り過ぎようとしたとき、どたどたどたと、二人分の走る足音が近づいてきました。
よれ男くんは怯えたように後ろを振り返りました。
いじめっ子兄弟が、傘を剣のように構えてこちらに突進してくるところでした。
今日はまた違うキャラクター服を着たキャラ男が青い傘を振り上げ、よれ男くんの頭を思い切り強打し、続いて兄のほうが黒い傘の先を胸に突き立てました。
よれ男くんは痛みに悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込みました。
無抵抗なダンゴムシを踏みつけるかのようにいじめっ子兄弟は傘による殴打を繰り返します。
なんと醜い光景でしょう。無抵抗の相手を道具を使って痛めつけるとは、まさに“クソ”の所行です。
親の顔が見てみたい。こういう子供が将来うんちを道ばたに放置するような大人になるに違いありません。
傘で殴るのに飽きたのか、いじめっ子兄弟は急に殴打をやめ、辺りを見回しました。何か探しているようです。
あれがいい。
キャラ男が言いました。
目線は明らかに僕を見ていました。
何をする気でしょう。
キャラ男はよれ男くんが持っていた透明な傘を拾い上げると近づいてきて、先を僕に向けました。
傘の先はプラスチック部分がはずれていて、細く尖り気味なアルミの先端がむき出しでした。
やる気だなこのガキ。
僕は全身に力を込めて訪れるであろう刺突の衝撃に備えました。
キャラ男が腕を突き出します。しかし、連日の天気でからから状態の僕はすでにかちかちに硬化していて、傘の先が通りません。僕が胆力を込めているのもあるでしょう。
ちっ、かてぇ。
キャラ男が舌打ちします。
どんなもんだ。人生何でもうまくいくと思うなよ。
しかし、キャラ男は傘の先をあろう事か僕の隣の彼女に向けました。
きゃあ!
僕が声を上げる間もなく、彼女は串刺しにされてしまいました。
この時ほど動けぬこの身を呪ったことはありません。
このクソガキィィィィイイイ!!
いくらうんちが叫んでもガンを飛ばしても、人間には伝わるはずもありません。
とぐろうんちゲット~~~~。
キャラ男は傘の先に突き刺した彼女を高らかに掲げ、兄に目配せしました。
兄はよしきたと言わんばかりに、うずくまるよれ男くんを経たせると羽交い締めにしました。
キャラ男は傘の先をよれ男くんに向かって突き出します。よれ男くんも何をされるかわかったらしく、目を見開きました。
キャラ男が彼女が刺さった傘の先をよれ男くんの顔面に押しつけました。
汚物の不快感と悪臭に顔を歪めるよれ男くん。
その瞬間、何かが切れたのか、よれ男くんは今まで見たこともないような猛烈な力で暴れ、兄の手をふりほどき、傘を思いっきり腕で払いました。
衝撃で彼女は傘の先からはずれ弧を描くように空中を舞うと街路樹の植え込みにドシャリと落下しました。
いじめっ子兄弟は予期せぬ抵抗に一瞬たじろぎましたが、すぐに気を取り直し、兄はよれ男くんを地面に組み伏せました。
キャラ男は自分の攻撃が不発に終わったことはもちろん、飛び散ったうんちが自分の服にわずかに付着したことに気付くと目を血走らせて激昂。傘を逆手に持ち直し、先端をよれ男くんの顔に突き立てました。
このとき、最悪の事態が起きました。
組み伏せられたことでよれ男くんの顔が横を向いていたこと、キャラ男が怒りのあまり力加減を忘れていたことが災いし、傘の先端はよれ男くんの頬を貫通してしまったのです。
ぎゃぁぁぁぁあああ!
よれ男くんが壮絶な悲鳴を上げました。
キャラ男も兄もさすがに驚愕し、傘の先をすぐに引き抜きました。
出血してもがき苦しむよれ男くん。
いじめっ子兄弟は自分たちのしでかしたことに気づくと顔面を蒼白にし、脚を震わせておろおろとするばかりでした。
何をしているんだお前ら!
とてつもなくでかい怒鳴り声にいじめっ子兄弟は飛び上がりました。
いつか、よれ男くんを車で轢きそうになったおじさんです。
なんてことしてんだ悪ガキども!
おじさんは持っていたハンカチでよれ男くんの頬を押さえると、携帯電話で電話をかけました。
やがて、救急車にパトカー、さらには学校の先生と思しき大人たちがやってきて、大騒ぎとなりました。
怪我は命に別状ありません。
加害児童を保護すべきかどうか署に指示を仰げ。
我が校始まって以来の事件だ。保護者とマスコミになんて言えばいい。
貴様ら、学校でどういう教育をしているんだ。こんな酷いいじめは類を見ないぞ。
大人たちが難しい話を口々にまくし立て、うんちの僕にはいささか許容量オーバーです。何を言っているのか理解できません。
そんななか、僕の関心は歩道の反対側の植え込みに落下した彼女のことです。大人たちの喧噪が大きすぎて声が届きません。彼女は大丈夫でしょうか。
夜になってやっと大人たちが帰って行きました。あたりは何事もなかったかのようにいつもの静寂に包まれています。
大丈夫ですか?
えぇ、平気ですわ。
彼女は美しかったとぐろが見る影もなく崩れ、原形を留めない悲惨な状態だというのに、にこりと、僕に微笑んでくれました。
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