第3話 うんち、夢を語り合う

ある日のこと。僕がここに鎮座して随分と日が経ったと思います。僕の体からは水分がかなり抜けだし、ほとんどからからです。体の調子が悪いなどと言うことはありませんが、巣分が抜けた分軽くなり、時折吹く突風に煽られて転がってしまいます。


今日は休日のようで通学の児童たちも全くいません。休日の街はしんと静まりかえっています。みんなどこかに出かければいいのに。そんなことを思っていると、道の向こうに見覚えのある姿が現れました。


僕を捻り男とした犬と置き去りにした飼い主です。何の気まぐれかまたここを通る気のようです。


前回通ったときに捨てた僕を見つけたらどんな顔をするでしょう?


一匹と一人が僕の前までやってきました。飼い主にさしたる表情はなく、犬は僕の臭いを一瞬だけ嗅ぐと、尻をこちらに向けました。


おっと。これはまさかの!


犬はまたうんちを捻り出しました。しかしながら、お腹の調子がよくないのか、出てきたうんちはあまり硬そうでありません。しかも溜まっていたのか随分長いです。

犬は出すのが苦しいのか息みながらしきりに腰をふっていました。


全て出し切ると犬は晴れ晴れとした表情となり、飼い主は差も関心がないといった表情で犬のリードを引っ張りました。

またうんちを置き去りにする気です。いい年した大人だというのになんと常識のない人間でしょう。親の顔が見てみたいです。


僕は隣に新たに鎮座したうんちを見ました。密着するほど近くなのですが、その姿を見てはっとしました。


完全とは言いませんが、絶妙なとぐろを巻いていたのです。実に美しい形です。


こんにちは。


声までとても綺麗です。


・・・・・・こんにちは。


あぁ、ただのドーナツ型である自分が恥ずかしい。


あなたも犬のうんちさんですの?


えぇ、僕も随分前にあなたと同じ犬から捻り落とされました。


あら、そうなんですの? あの飼い主は本当にマナーがなってませんわね。


全くですよ。


ここの居心地は良くて?


いえ、あまり良いものではありませんね。


新たなうんちは形が良いだけあって品もよく、礼儀正しかった。僕は内心、歓喜しました。

まさかうんちのこの身にうんちの話し相手ができるなどとは夢にも思わなかった。


それからというもの、僕は毎日変わらぬ景色よりも彼女との会話を楽しむようになりました。


彼女はうんちとしてはかなり柔らかい方で、体はあまり丈夫とは言えません。時折どこか遠くを見つめてぼーっとしたり、長い時間眠り込んでしまうことも多いのです。


だけど彼女の意識のあるときは、僕は限られた時間を、それこそ僕たちを捻り出した犬が食物を懸命に咀嚼するように、互いの気持ちを語り合いました。


あなたは将来の夢がおあり?


僕の将来の夢ですか? かなうものなら、うんちとして正々堂々、土に還りたいものです。


うんちらしい夢ですわ。実を言いますと、私は土に還るよりも成し遂げたい夢がありますの。


なんですか? それは。


“ゆりかご”になりたいんですの。


“ゆりかご”ですか? すばらしいではありませんか。土に還るよりも遙かに過酷ですが、誇れる夢だと思います。


そう言っていただけるとうれしいですわ。夢を持っていればきっと、あなたも私も幸せが訪れますわ。


僕は土に還ったり、“ゆりかご”になるよりも、今ここであなたと話せることが何より幸せですよ。


まぁ、お上手ですこと。


我ながら僭越な台詞でした。言った後になって気恥ずかしさと後悔が訪れました。

僕は何とかごまかそうと話題を逸らすことにしました。


おや、雨が来そうですよ。


本当ですわ。


沢山降るといいですね。


えぇ、そうすれば私たちも溶けて自然に還れる道筋がつくでしょう。


あめあめ ふれふれ かあさんが♪


何だか急に歌いたくなりました。


じゃのめで おむかい うれしいな♪


彼女も合わせて歌い始めました。


ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪


かけましょ かばんを かあさんの♪


あとから いこいこ かねがなる♪


ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪


果たしてこれは雨乞いの歌になるでしょうか?


雨粒は小さく頼りありません。

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