第2話 子供社会はかくも残酷か

いや~。それにしてもうんちの身は暇です。


日がな一日、お日様に照らされながらぼーっとしてるだけですから。


お日様は私の体から水分を奪っていきますが、うんちには痛覚などありませんし、大して問題ではありません。いずれひからびるでしょうが、それは自然の摂理。うんちである僕がたどって然るべき末路なのです。


ただ、やはりアスファルトの上は居心地が悪い。誰か僕を街路樹の植え込みにでもいいので放り投げてくれないかと期待しましたが、この道は人通りも少なく、わざわざ道ばたの汚物を拾って街を綺麗にしようなどという奇特な心の持ち主はいないようです。


そもそも目の前に街路樹がの植え込みがあるのに、なぜ犬はわざわざ反対側の民家の塀のところに僕を捻り落としたのでしょう。気まぐれすぎます。


犬も飼い主も、本来の散歩コースではないのか、何日たっても見かけません。


仕方がないので時に身を任せてこうやって景色を見つめ続けているのですが、以外と人間社会の模様というものも見えてきて勉強になります。


時刻は朝方。子供たちの通学時間です。この時間帯だけは道が沢山の小学生たちで賑わいます。


みんな楽しそうにお喋りをしながら、学舎へと歩んでいきます。陽気な男の子などは時折、僕を見つけてニヤリと笑うと木の枝でつついたり、石を埋め込んできます。


所詮は消えゆく身ですからこの程度ではびくともしませんが、形が崩れるのはうんちとして多少なりとも自尊心が傷つきます。


僕は捻り落とされただけのドーナツ型うんちですけど、できればうんち伝説にあるとぐろを巻いた世にも美しいうんちになりたかったものです。

ソフトクリームのような芸術的なとぐろを巻く。うんちにとってはそれこそ雲の上に手が届くような誉れです。


それより君たち。あんまり夢中になってると学校に遅れてしまうよ。


木の枝を使って僕をひっくり返そうとしていた男の子たちは、チャイムの音を聞いて駆出していきました。


通学時間が過ぎれば人通りは嘘のようになくなってしまい、夕方になって再び帰宅の途につく子供たちが現れ始めました。


朝よりもまばらで、談笑の話題は流行のゲームや歌番組、お笑い芸人ですが、中には先生への不満やニュースでやっている殺人事件に言及するようなおませな子もいます。


個性豊かで、実に微笑ましい光景ではありませんか。しかしながら、僕はある一人の男の子が気になっていました。


しばらくすると酷く俯いてひとりぼっちでとぼとぼと歩く低学年くらいの子がやって来ました。いつも同じよれよれのTシャツを着ています。あの男の子です。僕はその男の子を内心で“よれ男くん”と呼んでいます。


歩道の向こうからやってきたよれ男くんは、突然地面に叩き付けられるように倒れました。いえ、実際に叩き付けられたのです。

後ろには、ピカピカのキャラクターものの服を着た同学年くらいの男の子。隣には高学年と思しき大柄の男の子もいます。二人は顔がよく似ています。兄弟でしょう。僕は小さい方を“キャラ男”、大きい方を“兄”と呼んでいます。

よれ男くんはキャラ男に後ろから跳び蹴りで突き飛ばされたのです。

顔面をアスファルトにぶつけたよれ男くんはしばらく動きませんでしたが、やがてゆっくりと起上がろうとしました。

しかし、キャラ男と兄はそれを許しません。ランドセルを上から踏みつけ、顔に腕に脇腹、よれ男くんの全身をめためたに蹴りつけます。

よれ男くんは泣くこともなく只単に痛みにむせながらダンゴムシのように縮こまっています。

やがて、暴力的ないじめっ子兄弟はよれ男くんの体を二人して持ち上げ、あろう事か歩道から車道に放り出しました。

ちょうどそこに車が一台、走ってきました。

危ない!

けたたましいクラクションと共に車は急ブレーキをかけます。僕は最悪の光景を覚悟しましたが、幸いにも車は放り出された男の子の手前で停止していました。

車に乗っていたおじさんがクラクション以上の大声で子供たちを怒鳴りつけました。

驚いたいじめっ子兄弟は目にもとまらぬ速さで逃げ去り、よれよれTシャツが靴跡でさらにボロボロになったよれ男くんはゆっくりと立ち上がって歩道に戻りました。


あぁ、今日もか。と僕は溜息が出ました。このところ毎日のようにこの光景を目にします。


人間とはなぜああも他者に憎悪をぶつけなければ生きてゆけないのでしょう。そんな穢れた感情はうんちと一緒に肛門から捻り出してしまえばいいのに。


体中擦り傷だらけのよれ男くんはとぼとぼと家路に戻りました。


僕の前を通りすぎようとしたとき、よれ男くんは急に立ち止まり、僕のことを見つめました。


随分と長い時間、よれ男くんは僕を見続けていました。他の子のように汚物を侮蔑したり嘲笑したりする目ではありません。


君、そんなさも自分の同類を見つけたかのような目で見てはいけないよ。君は人間なんだから。自分の境遇が汚物のようだなどと感じる必要はないんだよ。人間は汚物に共感すべきじゃないんだ。

学校が楽しくなくても、もっと別のところに楽しいことがあるよ。


よれ男くんはしばらくして僕から目をそらし、またとぼとぼと歩き去って行きました。

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