青の妖精 と 時間ドロボウ

超獣大陸

-5


「それじゃ巴子くん。戸締りよろしくね」


 それだけを言い残して、教授は研究室を出て行った。

 薬品の匂いがたちこめる室内に一人残されて、巴子――風見巴子かざみともこは安堵の息を吐く。

 巴子もあとは片付けを済ませて帰るだけだったが、一人になれる時を待っていたのだ。

 部屋の明かりを消して、呟く。

 

「――今日は来てるかな?」

 

 こらえきれず笑みをこぼしながら、巴子は南側にある一際大きな窓を開けた。

 これはもともと研究室にとじこもった薬品の匂いを換気するための作業だった。

 毎日の終わりに行う日課。ルーチンワーク。

 けれど最近、巴子には別な理由ができた。

 窓から大きく身を乗り出して、巴子は夜空に目を向ける。

 そこからの景色は爽快とはいいきれないが、満天の星は必要以上にキレイだった。

 さて、と視点を下げる。

 眼下には一つばかり背の低い――研究棟の無機質な屋根がいくつも並んでいるだけだ。毎日みていて、飽きるぐらいに変化がない。まだ実験をしている学生もいるようでポツポツと明かりが漏れている部屋もあった。

 そして、そのさらに下。

 コンクリートの地面が遠くに見える。間違えて落ちてしまったら危ないのはわかっているが、巴子は身を乗り出して、その下界に目を凝らした。

 けれど視界の中に探しているモノの姿はない。


「……やっぱりダメか」


 実のところ、今までだって見えたことは一度もない。

 その姿形も想像上のモノでしかないのだから探しようがないのだが、できることなら見ておきたかった。

 しかし相手がまだダメだというのなら、それも仕方ないことだと思う。

 巴子は瞼を閉じて、耳をすませる。

 暗闇の静けさに浮かび上がる小さな音。

 近くを流れる小川のせせらぎが聞こえる。

 夜闇の中を通り抜ける風を感じる。

 その風に紛れて。

 

 ――羽音が聞こえた。

 ――右肩に、かろやかに舞い降りる

 

 感じるやわらかな存在感。

 見えなくても、そこにいるのがわかった。

 

「こんばんは、妖精さん」

 

 姿を見せてくれないことを少し残念に思いながら、巴子はその見えない相棒に笑いかけた。

  

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