2話 留学経験1

 時間の経過とともに、高校生の頃の無茶な”キャベツダイエット”の反動の過食は収まっていったが、相変わらず標準以上の体型・体重だった。街を歩く女の子たちは大抵自分より細いし、服もゆったりしたものばかり着ていた。当時のお気に入りは、脚の太さのわからなくなるガウチョズボンとか、ロングスカートや、体型カバーにうってつけのゆったり長い丈のワンピースだった。短いデニムやスキニーには興味がないふりをしていた。実際は、着れば太い脚の不格好な自分が嫌で、その類の服を避けていたのだった。2年間日本で大学生として過ごした後に、オーストラリアへの海外留学が決まった。同じ学部の友人何人かと、家族を置いて日本を発った。英語の成績はちょうど日本の学生の平均点くらいで(留学には当然力不足の実力だった)、海外での生活に慣れず、随分と苦しんだ。例えば、学校の先生は日本語が使えないので、わからないところは英語で質問しなければならなかったが、その質問すら自分の学力ではままならなかったし、交通機関を使う時にはうまく乗り換えができずに苦い思いをしたりした。ストレスを食にぶつけるタイプの人間だった私はこの頃も甘い物や高カロリーなものを沢山食べるようになっていた。朝は甘いグラノーラにパン、昼はサンドイッチ、夕方に友達とジェラート(移民大国のオーストラリアには、イタリアの本格的な美味しいジェラート屋さんが沢山ある)、帰宅したらホストマザーお手製のディナーを食べ、食後にはTimTamというArnott's社のチョコレート菓子を2,3個摘まむのが日課だった。(ちなみにこのチョコレート菓子は今調べてみると1個当たり95kcalあることが判明)日本を発つ前は定期的に運動をしたりしていたので、人より食べている自覚はあったが、158cmに対する平均体重の52kg前後くらいを維持していたが、オーストラリアに来てからは炭水化物中心かつ食べすぎの高カロリーな食生活によってまたもや60kgまで増えた。高校生の時の十の位が変わる危機感がデジャヴのように蘇った。ただ一つ違ったのは、今回は無理なダイエットをしないで、健康的に痩せようと思ったことだ。インターネットで減量に関する知識を沢山仕入れ、色々試した。この時の運動量は、家から徒歩1分のバス停まで歩き、学校の前のバス停から校舎まで10分ほど歩き、エレベーターに乗り、教室に向かう、といった感じでかなり運動不足だった。まずはバス停を1駅向こうまで歩いて遠いところからバスに乗り、帰りも1駅手前で降りて歩くようにした。慣れてくると、片道バスで15分だったのを、片道で徒歩1時間かけて往復するようになった。体重の増加は止まったが、1か月経っても痩せることはなかった。なぜなら、私が毎日3つ食べていたチョコレートは約300kcalで、ウォーキング往復での消費カロリーも300~400kcalだったからだ。丁度消費と摂取が相殺されただけに過ぎなかった。このような常識さえも、私は1か月のウォーキングと変わらない体重によって初めて知ったのだ。運動だけではだめだ、食事を見直さなければと気づいた私は、それからは物心ついたころから食べない日はないと言っても過言ではない程ほぼ毎日食べていたお菓子を、きっぱりと断った。1週間くらいすると慣れて、それほど辛くはなくなった。食事の内容も見直した。炭水化物中心の食生活から、野菜と脂身の少ない鳥のささみや大豆製品などが中心の食生活に変えた。1か月一生懸命往復2時間かけて歩いていた努力を、食事内容によって水の泡にする二の舞だけは避けたかったので、カロリー計算を徹底するようになった。弁当に入れるトマトを四分の一にするか二分の一にするかで、スマートフォンでカロリーを調べ計算したり、肉や米は秤でグラムを測ったりして頭を悩ませるようになるほどに神経質になっていた。そうしているうちにやっと体重が減り始めた。友人からも『痩せたね』と声をかけてもらえるようになった。服が緩くなっていくのが嬉しくて、モチベーションになった。この頃には、毎日決まったものを口にするようになった。同じものを食べると、カロリー計算が楽だったし、実際にこの食生活を続ければ、痩せていけるという安心感があったからだ。夕食はホストマザーが手料理を振るまってくれていたが、この頃になると他人の料理を食べるのが苦痛になっていた。油をどれだけ使ったかわらかない、砂糖がどれだけ入っているかわからない料理が嫌だった。ストレスであまり食べられない、と嘘をついて、量を減らしてもらったりしていた。『食後にケーキ食べよう、買っておいたの』とホストマザーが勧めてくれるお菓子類は、お菓子を断っていた私にとって恐怖だった。毎回「ありがとう、いただきます」と言って咀嚼し、飲み込まずにそのままトイレに行って、こっそり出してトイレに流した。いつも心の中で謝っていた。食べ物に、作ってくれた人に、私が咀嚼して捨てた食べ物に関わったすべてのものに。ごめんなさい。

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食べることは生きること @nana_7

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