その4 幽霊な彼女と人間《ひと》の僕
僕には、彼女がいる。
それも、とっても個性的な……。
ライトブラウンのセミロングヘアーで、丸っこく可愛い顔立ち。
僕よりも少し背が低く、ちょこちょこと動く姿は、小型犬をイメージさせる。
ただ、彼女には他の人と違う点が三つある。
《ねえねえ守、あたし、あれが食べたい!》
僕の袖を引っ張りながら語りかけてくる彼女。
しかし、その姿はどこかふわふわしている。
そして、その声は僕以外には聞こえない。
そして……。
その足は、透けている。
「ねぇ……、幽霊なのに、アイスクリーム食べれるの?」
呆れながら質問する僕。
そう、彼女は幽霊なのだ。
《えー!? あたしに自分で買えっていうの!? 人間だった時ならいざ知らず、今買おうとしたらポルターガイストだよ!? テレビ局来ちゃうよ!》
彼女は頬を膨らませてご立腹だ。
……この性格だけは、前から変わらない。
実のところ、彼女は最初から幽霊だったわけでも、僕に霊感があったわけでもない。
~~~
始まりは、今からちょうど一か月前だった。
その日、僕の彼女である『
僕がそれを知ったのは、その日の夜だった。
直後、まるで僕の世界が抜け落ちたように真っ暗になる。
そのあとに葬儀には出席したんだが、僕の記憶はない。
たぶん、認めたくなくて覚えてないんだと思う。
その日から、僕は何もできなくなった。
単純に気力がなくなったんだ。
『はぁ……』
一週間後、ベッドに横向きに寝転がって死んだ魚のように息をしていた時だった。
《こらぁ!
どこからか彼女の声が聞こえた。
「!!」
すぐに起き上がり、周囲を見渡す。
だけど何一つ変わらない、僕の部屋だ。
「……気のせいかな?」
また蜜柑に会えたらいいのにな……。
そんなことを思いながらまた横になろうとした時だ。
《こっち向きなさいよ、守!》
僕の後ろ側から声が聞こえる。
おかしいなぁ、後ろは壁のはずなんだけど……。
そして後ろを向くと、こちらを見ながら笑顔で寝転がっている蜜柑がいた。
《ヤッホー!》
「み、蜜柑!?」
笑顔で手を振る彼女。
その姿は生前のものと何ら変わりはない。
「……夢?」
《そんなわけないでしょ! 頬を抓っても痛いだけだよ!》
僕の言葉に突っ込みを入れる蜜柑。
キツネにつままれたような感覚に陥り、頬を抓ってみるが鈍い痛みが僕の頬を刺激した。
自らの頬を撫でる僕に、ベッドに座って腰に手を当てて得意げになる蜜柑。
《ふふん、夢じゃないってわかった!?》
「うん……。でも、なんでここに?」
僕がそう尋ねると、蜜柑は
《うん? たぶん、幽霊になって守のもとに来たんじゃないかな!》
と、影一つ落とさず、むしろ明るくそういった。
「そ、そんなことが……。僕、霊感ないのに……」
《愛の力に不可能はないんだよ!》
正直、にわかには信じがたかった。
でも、なぜか蜜柑が言うと信用できた僕がいた。
どうやら、僕以外の人には声も聞こえないし姿も見えないらしい。
外から見たら、ひとりでぶつぶつしゃべっているおかしな人間に見えるだろう。
でも、僕はこれでいいんだ、蜜柑が幽霊になってもそばにいてくれているから……。
そして卒業式が終わり、そこから少し時間が経過して、今日にいたるというわけだ。。
~~~
結局、僕は二人分のアイスクリームを自腹で買う羽目になり、今月、かなりピンチというわけだ。
《ありがとね! 守!》
「うーん、蜜柑が持ったものが透明化するのはなんか不思議だけど……まあ、いいかな」
二人で夕焼けの街を歩く。
彼女の体は透けているため、橙色の光が薄く、彼女の体と混じる。
その様子がプリズムみたいでとてもきれいだ。
「ねぇ、蜜柑……」
《?》
僕は彼女に、こう問いかける。
いずれ、終わるとはわかっていても、問いかけたくなったんだ。
「僕たち、また、一緒にいれるかな?」
《……》
いつもはすぐに返事をくれる蜜柑が黙り込む。
その顔つきは神妙で、いつになく真剣だった。
「蜜柑……?」
《あぁ、ごめん、美玲のこと考えてた……》
どこか悲しげな顔で僕のほうを見る彼女。
僕は何も気の利いたことが言えず、「うん、わかった……」としか返せなかった。
―――
その日の夜、夢を見た。
真や美鈴、シリウスや碧たちと一緒に満開の桜の下でお花見をする夢だ。
それは真夜中だけどとても明るくて、桜の木が大きくて……。
ビニールシートにはたくさんのごちそうが並び、みんなが思い思いの話をしている。
僕の隣には蜜柑がいた。
彼女はいつもと同じ姿で、僕のほうを向いて微笑んでいた。
僕は、この光景に見覚えがある。
「……そうか」
あぁ、思い出した。
これは、去年のお花見の記憶だ。
『次はいつお花見ができるかわからないから』と、蜜柑が計画を立てんたんだ。
そして桜が散り、みんながどんどん消えていく。
楽しかった時間も、何もかも消えていく。
光になって……。
光になりかけていた蜜柑はこちらを見て微笑んだ後、こういったんだ。
「ねぇ、守、また、みんなで―――」
―――
朝、目が覚めると、僕はある違和感に襲われた。
蜜柑がいないのだ。
「どこに行ったんだろう……隠れたのかな?」
背伸びをして体を起こすと、机の上に書置きがあった。
やけに丸っこい、蜜柑の字だ。
書置きは、こんな内容だった。
『ごめんね、あたし、もう時間がないみたい。
守にあえてよかった。もう、悔いはない。
さいごに、みんなと一緒に、あの桜の下で、お花見がしたかったなぁ。
夜に、みんなで料理持ち寄って、笑って、遊んで、満開の桜を見て……。
ねぇ、守、私の最後のわがまま、聞いてもらってもいい?
それは―――』
「……」
ぐっと唇をかみしめ、涙をこらえる僕。
書置きを握りつぶしてぐしゃぐしゃになるのを気にせずに、こぶしを握り締めた。
あの夢は、蜜柑の夢だったんだ。
蜜柑の、最後のわがままだったんだ。
……たしか、碧は県外へ出てしまう。もう会うこともないと思う。
だったら……。
僕は書置きを広げ、大急ぎでスマホをいじり、電話をかける。
三コールでつながった電話先に、僕は少しだけ落ち着いてこういった。
「もしもし、真? 僕だけど……」
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