その2 あいつに届ける鎮魂歌

 あいつが、死んだ。

 まだ、喧嘩したままだったのに……。


『ねぇ、みどりの歌ってさぁ、なんか、カラスの歌みたいだよねー!』

 一か月前、カラオケで歌い終わった後にあいつから言われたその言葉。

 自信満々の持ち歌だったのに、何気なく言われたその言葉。


 あいつの口が悪いのはいつものことだったが、なぜだか今回はカチンと来てしまった。


 無言でマイクを置いてバッグを持ち、そのままカラオケボックスを立ち去るあたい。

 後ろから何か声が聞こえたような気がしたが、あたいは無視してそのまま帰った。


 その後、学校で会っても話しかけてきても、あたいは無視し続けた。


 当然だ。悪いのはあいつの方であたいじゃない。

 あたいじゃない……。

 意地でも話してやるものか。


 そう、意地を張っていた。


 それから一週間たった時に家にかかってきた電話。

 それを何気なく受け取る。

 電話の向こうの人はあいつの母親だったが、なぜか涙声だ。

 何かあったのかと思って聞いていると、次の瞬間、力がすべて抜け落ちた。


『あいつが、死んだ……?』


 受話器を力なく落とし、その場にへたり込むあたい。

 親から心配されたが、あたいの耳には入ってこない。


 後日、告別式と葬式が執り行われたみたいだが、あたいは参加できなかった。


『あいつにどんな顔して会いに行けば……』

 そんなことを思いつつも、心の奥ではあいつの葬式に行くのは怖かったのかもしれない。


 あいつが死んだことを認めたくなかったから……。


 そのあと、いろんな人から励まされた。

 友人、先生、そして親……。

 だけど、あたいの心にはぽっかりと大きな穴が開いたようになっていた。


 あの時、謝っていれば……。

 あの時、話しかけていれば……。

 あの時……。


 数々の後悔があたいを苦しめる。

 時には死のうかとも考えた。だけど、死ぬ勇気がなかった。


 あたいは……臆病者だ。


 あいつが死んでから一か月が経過した。

 辺りは温かい風が吹き、桜の花びらが舞っているが、あたいの心は一向に晴れないままだ。


「……」

 あいつと共にいつか歩いた道を歩く。

 つい一か月前まで横にいたあいつ、あいつがいない事実があたいの胸を締め付ける。


「行く場所、ない……」

 一人になってから、何もする気が起きなくなった。

 最近はもっぱら学校後に家に帰って寝るだけの生活だ。


 その学校もこの前卒業式だった……。

 四月からは県外に引っ越すため、この街ももう離れなければいけない。

 あたいにはもう、何も残ってない……。


 その時、ふと、何かを思い立つ。

 どうせ、何もやることがないんだし……。


「今のうちに、行っておくかな」

 あたいはスマホを取り出して、一か月ぶりとなる番号に電話をかけることにした。


「ったく、あいつはなんでこんな山の上に墓を……」

 春だというのに汗だくになりながら山を登る。

 舗装されたアスファルトから崖沿いに上って十五分。

 やっとあいつの墓を見つけた。


 山の奥にある墓地。

 そこの一つがあいつの墓だ。


「……淡藤家、これかな」

 あいつの墓を見つけた。

 まだ新しい花がお供えしてある。

 そこまで日が経っていないのだろう。


 墓の前に立った瞬間、急に涙が込み上げてきた。

 それをぐっとこらえてあたいは墓に語り掛ける。


「ねぇ、蜜柑。そっちはどう?」


「元気でやってる? 調子はどう? ちゃんとおいしいもの食べれてる?」


 ボロボロと涙がこぼれていく。

 足元を濡らし、あたいのGパンも濡れていく。


「そっちはあったかい? ならいいんだけど。案外、蜜柑は体が弱いからねぇ。風邪には気を付けてね」

 無理に笑って見せたが、どうしても顔が歪んでしまう。

 あいつが死んだ事実が受け止められない。


 絶対に言わないと思っていた言葉。それをポツリと口走ってしまう。

「……なあ、蜜柑。なんで、先に死んだのさ……」


 その言葉を皮切りに涙の量が多くなる。

 嗚咽がこみ上げ、むせび泣くあたい。


「なぁ、蜜柑……。あたい、あんたに、あんたに……」

 そこまで言った時だった。


―わかってるよ、碧― 


 暖かい風と共に、そんな声がどこからか聞こえた。

 

 辺りをきょろきょろ見回すが、誰もいない。

 その声はよく聞いたことのある声だった。


「……そうか、蜜柑。あんたが」

 そこまで言うと、あたいはクスリと笑い、地面に座ってこういった。

 天を仰ぎ、あいつに届くように。


「なぁ、蜜柑。カラスのような歌だけど、あたいの歌、聞いてくれないか?

 嫌だって言われても聞かせるけどね」


 そして、あたいは歌を歌う。

 誰に笑われたっていい。指さされたっていい。

 だって、これは……。

 

 ―あいつに届ける、鎮魂歌レクイエム― 


 なのだから。

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