春に咲く七色のクローバー
白宮 御伽
その1 メイド・スプリング・バケーション
「ねえシリウス、メイド喫茶に行こうよ」
三月も終わりに差し掛かってきたある日、私のご主人様である
「メイド喫茶……ですか?」
「うん」
丸い瞳でうなづく真様は、ごそごそと学生かばんからパンフレットを取り出しました。
ピンクと白で彩られた、明るい縦長のパンフレットです。
私がパンフレットを受け取って中身を見ると、中には私と同じようなメイドの恰好をした人たちの写真が映し出されていました。
しかし、どのメイドにも品がないような気がします。
「なるほど……メイドの真似事ですか」
「真似事って言い方はどうかと思うよ、ボクは」
あははと苦笑いを浮かべる真様。
確かに、私も『メイド喫茶』というものがあるとは噂には聞いておりました。
しかし、私にはどうしてもそれが許せません。
「真様。誠に申し訳ございませんが、私はそのお誘いに応じるわけにはまいりません」
「どうしてさ?」
「私にはメイドとしての誇りがあります。それを踏みにじるような方たちは許すわけにはいかないのです」
「むー、シリウスは頭が固いなぁ」
そうおっしゃって、むくれる真様。
えぇ、私は頭が固いです。ですが、それで結構です。
私は、そうやって生きてきましたから。
「では、紅茶のお代わりをお持ちします。少々お待ちくださいませ」
そう言って私が部屋を出ようとした時でした。
「ちぇー、きっと蜜柑なら喜んでついていったと思うのになー」
真様の言葉で、ぴたっと私の動きが止まる。
私が振り向くと、とぼけた表情でこちらの方を向く彼。
「ん? どうしたの、シリウス」
「……」
無自覚なのですか、真様。
本当に、いじわるなお方です。
「……気が変わりました。真様、私も同行いたします」
「ほんと!? シリウス!」
「はい」
私がそう返すと、真様はうきうきした表情でパンフレットを鞄にしまい込みました。
「では、私は着替えてまいります」
私は一礼した後にそのまま部屋を出て、自分の部屋へと向かいました。
~~~
ほのかに桜の香りがする並木道を抜け、私たちはパンフレットに書いてある地図に従い、ようやくたどり着きました。
雑居ビルの間にある、灰色のビルの二階にあるらしいです。
「ねえシリウス……本当にここで合ってるのかな?」
薄手の茶色いコートを着た真様が私に問いかけます。
私は地図とパンフレットを何度も確認して、ここが目的の場所だと確認しました。
「えぇ、ここのようですね」
灰色のロングコートのポケットに私はパンフレットをしまい込みますと、そのままご主人様と一緒にビルの中に入っていきました。
二階の踊り場につくと、目の前にピンク色のドアが見えました。
ハートのドアノブカバーが付いてあり、ドアの中央には『OPEN』の看板がぶら下がっていたのでここがメイドカフェなのでしょう。
「ここのようだね」
「はい、真様」
ご主人様は一度立ち止まると、ごくりと唾をのんで扉を開けました。
カランカランとベルの音が鳴り響き、甘い香りが私たちを包み込みます。
「わぁ……全部ピンク色!」
感嘆の声をあげる真様。目をキラキラさせる様子はまさに子供でした。
すると、店から水色のメイド服を着た方が私たちの方に近づき、元気な声でこう言いました。
「おかえりなさいませ! ご主人様、お嬢様!」
……お嬢様?
あまり慣れていないからでしょうか。私が一瞬硬直した隙に、真様は席に案内されていました。
「おーい! シリウス! こっちこっち!」
ご主人様の声ですぐに我を取り戻した私は、ぺこりと一度店員にお辞儀をして静かに彼の席に向かいました。
とりあえず、真様からメニューを見せてもらい、注文する品を探していました。
しかし、どれもあまり見栄えが良くなく、おいしそうには感じません。
一方のご主人様は、鼻歌を歌いながらページをめくっています。
「シリウス、このクッキーセット、一緒に食べようよ!」
「真様、これなら私がお屋敷で作って差し上げますが……」
クッキーなら私も作れます。
その言葉を発しようとした瞬間、真様は手を挙げて店員を呼びました。
「はい、なんでしょうか」
「すみません、このクッキーセットを一つ」
「ちょっと、真様!」
私の声をさえぎるようにメイド服を着た店員が「かしこまりました」と一礼をして去っていきました。
つまり、注文が入ってしまったということなのでしょう。
「……真様、なぜ、ここに来ようと思ったのですか? 私では不満でしょうか?」
失礼だと知りながら私が尋ねると、ご主人様は「いや、不満じゃなくて!」と言った後にさらに言葉を続けました。
「確かに、シリウスは完璧だよ。でも、ボクは蜜柑から聞いたんだ。『世界を広げてみたら面白いよ』って」
「蜜柑様から……?」
蜜柑様……。真様の親友であり、私にもいろいろなことを教えていただきました。
でも……。
「ねえ、来たよ! クッキーセット!」
私が物思いにふけっていると、ご主人様が私の肩を揺さぶりました。
ハッと覚醒すると、目の前には小さめのかごに入ったクッキーが。
「いつのまに……?」
「さっきだよ、さあ、食べようよ!」
「……えぇ」
いただきますと手を合わせ、チョコチップクッキーを一口かじりました。
ん?
「……あれ?」
ご主人様と私、顔を見合わせます。
確実に焼き立てではない食感。むしろ、すこししけっています。
そして、味は変に甘く、砂糖が入りすぎているのを感じさせました。
つまり、これは……。
「これ、市販品を出しただけだよね?」
「……」
やはり、私の目に間違いはなかった。
苦笑いするご主人様に我慢できず、私は立ち上がりご主人様にこういいました。
「ちょっと、ここのメイド長にお菓子作りのイロハを叩き込んできます」
進もうとする私の腕をつかみ、必死にご主人様はこういいました。
「ちょっと、ストップ! シリウス! ここには本物のメイドさんはいないから!」
~~~
メイドカフェを出たころには日は沈み、辺りは暗くなっていました。
「シリウス、あそこのメイドカフェは残念だったね」
ご主人様からの提案で川辺を散歩していると、急にそんなことを言われました。
私は「えぇ」とだけ答え、川を見つめました。
静かに流れる水。
その様子を見つめていると、急に脳内にあの時の声が聞こえました。
『ねえ、楽しいよ! あなたもおいでよ、シリウスさん!』
……あの時、蜜柑様と一緒に遊べたら、どれだけよかったでしょう。
私の髪をとめてある橙色のヘアピンを見つめてそんなことを考えていると、真様が私の肩をたたき、やさしい声でこうおっしゃいました。
「シリウス、今度のお花見、彼女の大好きなもの作ってよ!」
「……蜜柑様の、ですか?」
「うん!」
ご主人様はそういうと、私からヘアピンを借りて、月の光に照らしながらこうおっしゃいました。
「きっと、蜜柑だったらね、こういうと思うんだ。『あたしの分まで、楽しく遊んで』って!
だから、ボク達も楽しもう! お花見!」
「……」
豆鉄砲を喰らった鳩のような表情になる私。
でも、真様の言葉はすぅっと私の中に入っていきました。
確かに、彼女なら……。
「えぇ、かしこまりました」
私がそう返答すると、真様はニコッと笑って見せました。
暖かい風が、桜の花びらを空に舞わせていました。
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