7.篝火
広場までの道のりで、ルーメンはいくつかの炭化した木片を拾っていた。指先に少し力を加えただけで、ぱさりと崩れてしまうものもある。火の放たれた夜は強い風が吹いていたらしく、炎は
広場に着くと、ルーメンは端から無造作に布を捲り1体1体死体の持ち主を視ていく。布に名前と性別と年齢を書きつけると、元のように被せて隣の死体へと移っていくのだ。
傾いた太陽は西の空を美しく色付かせ、皮肉なことに焼け落ちた町の上を再び赤く染めていった。
黙々と死体を視ているルーメンに、広場中央に篝火を焚くための用意をしに来た若い騎士の1人が興味をもって近付いた。
「何をなさっているのですか?」
「身元の、確認を。ああ、ついでですので皆さんにお伝えしていただけますか? 私が『視た』者はこうして布に誰か判るようにしていますので、ご遺族にお知らせするようにと……」
初めは訝しげに眉を寄せた騎士も、ルーメンが彼を見もせずに黒焦げの死体に瞳を光らせるのを見ると、ビシリと敬礼して「承りました!」と離れていった。
辺りに闇が迫っても、ルーメンの右の瞳にはあまり支障がない。淡々と作業をこなしていたルーメンは、石を打ちつける音にはたと我に返った。
振り返ると、背丈ほどの四角く組み上げられた木材に、炎を吹き出した石がいくつか投げこまれるところだった。
油の匂いが鼻を掠めたかと思うと、ぼっと音を立てて大きな炎が立ち上った。
町のあちこちでも油の撒かれた形跡があった。同じように炎は簡単に大きくなったことだろう。
死体を荒されないため、ということなのか、巨大な篝火の向こうとこちらに騎士が立つ。
炎の灯りで周囲が良く見えることに気が付いて、ルーメンはようやく日が落ちていると感じることが出来た。
夢中になると周りが見えなくなる。外では少し気を付けようと彼が次の死体へと手を伸ばした時だった。
「あんた……」
不意にかかった声に顔を向ける。30手前くらいの、見知らぬ騎士が歩み寄ってきた。
「休憩所に、いたよな?」
手伝いの手の者を案内でもしたのだろうか。あの時は気が付かなかったが、見られていたらしい。
辺りを軽く見渡すと、彼は必要以上にルーメンに近付いた。声も潜められる。
「あ……あそこで一緒にいたのはパートナー、か?」
パートナー……遠慮がちに口にするところを見ると、それほど悪い人間ではなさそうだった。
「いいえ。ここでお会いしまして、ご案内したまでです」
「ずいぶん、親しげだったように見えたのだが……では、その、俺にも……」
言いよどみながら、彼はルーメンの銀髪に手を伸ばす。
「彼と同じことをしてほしいと?」
少し冷ややかになった声に、男はわずかにたじろいだ。
本当の意味で同じことをするなら別に問題はない。小さく息を吐いて彼が了承の言葉を吐こうとした、瞬間。
「ルーメン!」
カンテラを掲げた誰かが、彼の腕を引いた。
「彼はこの後予定が入っている。悪いが誰の誘いにものれん!」
その屈強な体格と剣幕に、寄ってきた男はバツが悪そうに身を翻して何も言わずに足早に去っていく。
「何をやってるんだ!」
「……身元の、確認を」
ルーメンの腕を離して、フォルティスは頭を抱えた。
「そうじゃない! 今、誘いに乗ろうとしてただろう? 休憩所で、あんな風に抱きつくから、見てたやつが誤解するんじゃないかと……案の定だ!」
「いえ……でも、誤解を受けるのは私で、貴男には何の関係も……あ、貴男も誘われたのですか? それは、失礼いたしました」
「このナリじゃあ、そうそう誘われん。男所帯で、どっちもイケるヤツが多いのは確かだが…………ん? あんた、も、そう、だったり?」
大きな体で急に狼狽えだしたので、ルーメンは口元を綻ばせた。
「あー……まともな出会いを邪魔したんなら、謝る……」
「いいえ。助かりました。ありがとうございます」
ルーメンが頭を下げると、フォルティスはほっと一息ついてから最初の剣幕に戻ってルーメンを叱りつけた。
「だったら! ああいうのはすっぱりと断らないと!」
「悪い人ではなさそうでしたので……請われたら厭うなと教えにも」
フォルティスは妙な顔をした。
「それは、自分を差し出せと言う意味じゃないだろう?」
「ええ。もちろん。ですが、せっかく私を所望されるのですから、出来るだけお応えしてあげたいと……」
「嫌だと思っていてもか」
ルーメンは曖昧に微笑んだ。
「他に、生き方を知りませんので」
「馬鹿野郎!! 嫌なら嫌だと言っていいんだ。昼のことといい、あんたは自分を粗末にし過ぎてる!」
「神に全てを捧げた者としては、こんなものではないでしょうか」
小首を傾げるルーメンの両肩を掴んで、フォルティスは小さな子に言い聞かせるように「違う」と言った。「それは違う」と。
フォルティスはそれ以上上手く説明できる言葉をもっていなかったし、ルーメンにも何が違うのかよく分からなかった。結局ルーメンが「ありがとうございます」とわからぬまま礼を述べて、その話はうやむやのうちに終わりになったのだった。
身元の確認は、その後フォルティスが書きつけを手伝ってくれたのでスムーズに進み、日付が変わる前には、全ての遺体に被せてある布に名前が刻まれた。
フォルティスの妻は、子供をしっかりと抱えたまま亡くなっていた。彼は一頻り静かに涙を流し、「ありがとう」と呟いた。
篝火を見つめながら、見張りの騎士に1杯ずつ分けてもらった水を喉に流し込む。フォルティスは社交上手な人間だった。
彼に渡された水を疑いもせず口にしている自分に気付いて、ルーメンは少し首を傾げた。流石に疲れているのか、判断力が鈍っている?
「どうした? 味がおかしかったか?」
自分の分を一息に飲んでしまったフォルティスは不思議そうな顔だ。
その顔を見て、ルーメンは会ってから1度もこの男に裏の感情が見えなかったことに気が付いた。見えていたのは家族に対する深い愛情と、理不尽なことに対する怒り。正面から目を合わせると、流石に少し怯むのだが、それが何故かは解っていないらしい。
実直。おそらく、そういう人間なのだろう。
「いえ。どこで夜を明かそうかな、と。隣町への馬車はもうないでしょうし」
フォルティスはきょとんとして、それから苦虫を噛み潰したような顔になった。
「滞在先、ここじゃないのかよ」
「ええ。隣町に皆」
「そういうことは、もっと早く……」
深い溜息を吐いて、フォルティスは頭を抱える。
「ご心配なく。幸い冬のように凍える心配もございませんし、この辺りで朝まで時間を潰すか、歩いて戻ることにします」
顔を上げたフォルティスは、あからさまに心配だという顔をしていた。
「そう遠くはないが、夜道は危険だ。かといってこの辺にいても、あんたはベッドのために誰かについていきかねない」
ルーメンは誤魔化すように笑った。
「ほら、な。南側の知り合いのとこはもしかして火を免れてるかもしれない。そちらに行ってみるか」
彼はルーメンを促して町の南側へと足を向けた。
「明日の朝には隣町へ帰らないと。あまり離れるのは……」
「朝になったら馬でも借りて送ってやる」
ルーメンはきょとんと彼を見上げた。
「そこまでして頂く義理は……」
「何を言ってるんだ。あんな状態の死体、合同で埋められて終いの所を、全員家族の元に帰してやれるんだ。それをひとりで……もっと誇ってくれ。加護、なんだろうが疲れないわけじゃないんだろう?」
確かに魔力を消耗するので今日はいつもより体がだるい気がする。こくりと頷くと、フォルティスはルーメンの腕をぽんと叩きながらにっと笑った。
「誰かに与えた分、少しくらい返してもらったって神様は怒ったりしないだろう?」
ルーメンはちょっと真剣に考えてから首を傾げた。
そんなことは教典には載っていない。
たぶん、と自信なさげに答えるルーメンに、フォルティスは豪快な笑い声を響かせ、うるさいですよと窘められていた。
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