第7話ゲットだぜ!

春海の父親の春喜さんが登場して、帰れと言うわけにもいかず、どうしたものかと考えあぐねていると、何やら春海が俺に渡す予定だったと思われる携帯を操作し始めた。


嫌な予感しかしない。


「あの…何してんの?」


「携帯ってさ、メールって機能があってね」


「うん」


「大輝の携帯から、私の携帯にメールを送っときました」


「ちょっと待て、何を送った!見せろ!」


ろくなものではないということが予想されるだけに、気が気じゃない。 


「残念、大輝の送信履歴はもう消しちゃいました」


「くっ…何てことしやがる…内容はわからないけど…いい子だからその携帯寄越しなさい」


言ってから、しまったと思った。


はい、と手渡される携帯。


重くもなく軽すぎることもない、丁度いい大きさ。


そのはずなのだが何だろう、この重圧。


「なぁんだ、案外簡単に受け取ってもらえたみたいじゃないか」


そう言ったのは春喜さん。


「そう重く捉えないでくれよ。俺も春海の父親として、大輝くんに期待してる部分があるんだから。二人の交際にあたってはいずれ必要になるだろうし、あっても困らないと思うよ。お金取ったりもしないし」


「…」


世の中にこんなうまい話などあるのだろうか。


人からまともにプレゼントなどもらった経験がないだけに、判断に迷う。


「ねぇ、これからは毎日連絡取れるんだよ?嬉しくないの?」


春海がやや心配そうに言う。


「甘え方がわからないだけ、なのかもしれないわね」


秀美さんが続く。


秀美さん、的確に俺の心を突いてくるなぁ…。


けど、甘えてしまっていいのだろうか。


ここで頑として受け取らないという選択肢もあるといえばあるのだろう。


後の関係にヒビを入れることになりそうではあるが…。


「受け取るだけの理由があれば良い?」


閃いた、と言わんばかりに春海が言う。


お前が閃いたりすると、頭の上に電球マークが出て、乱れ雪月花とか放ってきそうで怖いんだけど。


せめてトマホークくらいで勘弁してもらえないだろうか。


「理由か…」


「私が、離れてても連絡取りたいから持っててほしい。これじゃダメ?」


春海にしては控えめな理由をこじつけてきた、というのが正直な感想だった。


春海が本気でなりふり構わずきたなら、俺の意見など一瞬で封殺できそうなもんだが。


「あっ…」


何となくわかってしまった。


有無を言わさず、ではなく春海は俺に納得した上で持っていてほしいのだ。


だから敢えてこんな緩い理由を提示してきた。


こんなところでも俺は、彼女に勝てないのか。


少し情けなくなるが、腹をくくることにした。


「…わかりました。ありがたく、使わせてもらいます。この恩はいずれ必ず返せる様努力しますので」


「いいっていいって。とりあえず、使い方ある程度覚えて早く春海を安心させてやってよ」


気さくに笑う春喜さん。


笑顔で見守る秀美さん。


春海はいい両親に育てられたんだな、と思った。


「ああ、このあと仕事があるんだった、これにて失礼するよ。大輝くん、ごゆっくり」


「ありがとうございます」


「さて、あとは若い二人に任せて…と」


秀美さんも部屋を後にした。




「何かごめんね?ちょっと強引だったかな」


割と本気で申し訳なさそうに、春海が言う。


こんなしおらしい春海は見たことがない。


「今更だろ。それにいずれ買おうと思ってたものではあるしさ」


怒っても凹んでもないよ、と態度で示して春海を安心させようと試みる。


「正直いじりたくてうずうずしてるんだよな」


手の上で携帯を弄ぶ。


「え、さっきの会話のどこに、欲情する要素あったの?」


思わぬ返しに鼻水が飛びそうになった。


「ちっげーよ!携帯!いじりたいのは携帯だから!うずうずしてんのも下半身じゃないから!!」


「なぁんだ、つまんないの」


「つまんないとか言うな!お前は中一女子だろうが!少し慎みを持ってくれ!」


「それこそ今更だよ。私は大輝の前で取り繕ったりしたくないし」


「…ずるいだろ、その返しは…」


自然と顔が赤くなるのを感じる。


と、その時。


「春海ー?お母さん、買い物行ってくるからー!具体的には二時間くらい!何かあっても知らんフリ出来るわよー!」


秀美さんが部屋の外から呼びかけてくるのが聞こえた。


なんつーことを大声で…。


「わかったー!気をつけてねー!」


「避妊はちゃんとするのよー!」


これが親子の会話なのか…? 


仲良しな親子はこんな会話を平然とするものだろうか。


「だってさ、どうする?」


エサを目の前にした猛獣がそこにはいた。


「待て、どうもしないから落ち着こうか」


「うん、それ無理♪」


「おいやめろ、懐かしいとこからセリフ持ってくんな!あと今からそんなことしてたら、俺受験の頃には脳みそなくなってんじゃないの?それじゃ困るだろ」


「む、大輝にしてはいい返ししてきたね」


「そりゃどうも…」


「じゃあさじゃあさ」


「あん?」


こいつが目を輝かせて何か言うときは、大体とんでもないことを言う。


俺にはもうわかってるんだ。


「4つの高校全部射程圏内に入ったら、エロいことしよっか」


ほらな。


年頃…にはまだ早いであろう娘の口から出た言葉がこれだよ。


「おい…言い方…エロいこととか言うなよ」


「何?セック」


「おっと!その先は禁則事項だ!!」


言わせねぇよ。


てか言われたら理性砕かれかねない。


「とにかく!これからは受験に集中するザマス!エロいこととかほしがりません、勝つまでは!」


「えっ…精通してるんだったら、受験おわるまでの二年近く溜めとくってこと?死ぬんじゃない?」


「話の腰をいちいちそっちに折るんじゃないよ、お前は…」


こいつ、いつからこんな積極的になったんだ?


いや、前からか。


けど付き合い始めてから加速してる様な…。


「なぁ、まさかお前学校でもそんなに下ネタに躊躇ないの?」


思い切って気になってたことを聞いてみた。


「は?そんなわけないじゃん。さっきも言ったでしょ、大輝の前では取り繕ったりしたくない、って。学校じゃそこそこおぜうさまってやつだし」


おぜう…?


ああ、お嬢様ってことね。


お嬢様ってどんなだろう。


想像もつかない。


ベルばらみたいな感じだろうか。


ふと春海がベルばら風のイラストになるのを想像して吹き出してしまう。


「今、ちょっと失礼なこと考えなかった?」


「いえ全く、これっぽっちも」


「まぁいいけど。お嬢様とかガラじゃないんだけどね。知っての通りのじゃじゃ馬だし。ゴリラだもんね」


「よく覚えてんな、そんな昔のこと…」


「言われた方は忘れないんですーだ」


べっ、と舌を出して軽く笑う。


そう、この顔だ。


俺が好きになった、春海の顔。




「ねぇ、大輝」


「んー?」


それからしばらく参考書やらとにらめっこしていたのだが、どうやら春海は飽きてしまった様だ。


本当に自由なやつだ。


「私のこと、好き?」


「何だよ突然。決まってんだろ」


「好き?」


「あ、ああ」


「ちゃんと言って。好き?」


「何だよ、どうしたんだ?」


「いいから、言ってよ」


「わ、わかったよ…好き…だよ…これで満足か?」


何、新手の拷問か何かかこれ。


「まだー。それでね、受験終わるまでの間、大好きな私と何処までならしてくれるの?」


俺、大とかつけたっけ?


脚色されてるよね。


「何処って…お前何言ってんの?」


「だって、エロいこととかなしって言うから」


「元々エロいことなんかしてないだろ」


「キスってやり方によってはかなりエロいよね」


「ぶっ!」


この野郎、考えない様にしてたのに…。


完全に見透かされてやがる。


先週だって結局はキスもしないでそのまま別れたんだぞ…。


大体本来なら俺たちの歳でそんなん早いと思ってたんだけどな…。


「舌、入れたりまではいい?」


「だ、ダメ…」


男女逆だろこのセリフ…。


どんだけ肉食なんだよお前…。


受験待たずして俺、犯されるんじゃないか。


いや、こいつのことだから俺から襲うシチュエーションとか作るに違いない。


俺ってバカだから、まんまと乗せられて既成事実が着々とできあがってる、とかそういうパターンになるな。


これは一瞬たりとて気は抜けないッ!


「お、俺は春海と同じ高校行きたいんだよ」


「行けるよ。私が教えるんだもん」


「それでも、俺はお前をもっと、大事にしたい」


「大輝…女の子に幻想抱き過ぎじゃない?女の子って男の子が思ってるより、ずっとエッチよ?」


そ、そうなの?


え?エッチなの?


悶々とした想像が頭を市販し始める。


やばい、立てなくなる…別のところが立ったせいで…。


「幻想なんか抱くよりも、私を抱いた方が…」


「はいストップ。お前が一言余計なおかげで少し冷静になれたよ、ありがとう!」


こんな調子で、あんな学力要求される高校受かるんだろうか…不安しかない。


ちなみに春海が送ったメールの内容は、後々思わぬ形で明らかになる。

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