第8話春海の憂鬱?

『今の問題、惜しかったね。代入が間違っちゃうと、全部がおかしくなっちゃうから落ち着いてやったらいいかも』


『了解、もう少し頑張って解いてみる』


春海の両親からもらった携帯の操作にも慣れ、離れていてもメールで勉強を教えてもらったりできる様になった。


これによって効率はかなり上がったと考えられる。 


カメラなんか何に使うんだよ、ともらったときは思ったりしたものだが、解いた問題を写真で送って解説を春海がしてくれたりと言うのが非常にわかりやすく、また俺の成績もガンガン上がって行くのを感じた。


早いもので、この生活も一年を迎える。


中2になったわけだが環境はクラス替えがあったくらいのもので、その他は特に変わりない。


週末に春海と会うのはいつものことだし、関係に進展もない。


あったことと言えば俺の誕生日を春海の家で盛大に祝われて、何となく気恥ずかしい気持ちになるのと同時に初めて誕生日がいいものだと思えたことくらいか。


くらい、で済ませられるほど些細なものではないが、お返しができるわけではないので少し申し訳なくも思う。


「うち、見ての通りお金持ちだからさ。あんまり気にしないで?」


さらっと言う春海だったが全然嫌みに感じなかったのが印象的だった。


「それに、パパもママも息子ほしいみたい。気が早いよね」


俺自身、春喜さんと秀美さんにとんでもなく大事にしてもらってるのを痛いほどに感じている。


春海の言うことも本当なのだろうと思う。


けど、実際何処の馬の骨、というのが表現としてぴったりな俺なんか息子にしたらめんどくさいだけなんじゃないだろうか。




そんなある週末。


春海と会う約束があるので、いつもの様に支度をしていると良平から声がかかる。


「今日も今日とておデートですな。よく続いてるよな、しかし」


「ん?まぁな。楽しいし」


素っ気なく返すが、脳内はウキウキだ。


「付き合って一年ちょっとだっけ?もうヤったの?」


「…いや、まだだけど」


「まぁ、そうだよな。わかってた」


「なら聞くなよ!何だよ一体…」


「いや、お前男としての機能ちゃんとしてんのかなーって。あんないい女とつき合ってたら、普通にそういう衝動に駆られてもおかしくないだろうし」


「…」


「大輝…?」


「…色々したいに決まってんだろ!!脳内じゃ常にキャッキャウフフしながらもうネットリグットリだよ!天才肌の彼女だから上でも下でも楽しめるかなとか!内容聞かせるか!?」


「い、いやいい、俺が悪かった」


ドン引きした様子のイケメン良平。


「割と切羽詰まってんな、お前」


「俺が、自分で言い出したことだからな。受験終わるまで、って」


「お前って、そんなストイックなやつだっけ?もうちょい本能に任せて生きれば楽だろうに」


「そんないい加減にしたくないんだよ。あんないい両親に認めてもらえてんのに、いい加減なことして取り返しつかないなんてことになったら俺、責任取れる自信ないし」


「うんうん…大輝…子供だ子供だと思ってたのに…いつの間にか大人になって…」


感慨深そうに良平が頷くのを見て、何となくイラッとした。


「…っと、時間だ。じゃ、行ってくるから。お前も程々に女でも作っとけよな」


多少嫌みが出ちゃったかな、と思いつつも良平のことはほっといて施設を出た。




「大輝、待った?」


待ち合わせ時間より少し早めに着いた俺は、5分程度ぼーっとしながら春海を待った。


「何、大したことないよ。こんなのは待った内に入らない」


「普通に待ってないよ、とか言えれば合格点なのにね」


軽く笑いながら言う。


いつも通り俺の地元に出向いてもらってるのだから、俺が先に着くのは当然だし、少し待たされる程度はどうということはない。


「しかしあれだな、この辺も巡り尽くした感あるな」


この一年、この辺りは裏道まで通って色々探検した気がする。


スポーツが出来るところ、飯が食えるところ、ゲーセンにショッピングセンター等々。


「そうだねぇ。それだけ長く付き合ってきてるし、沢山会ってるってことだけどね。嬉しい?」


「ああ、嬉しいよ」


「うわぁ、素直過ぎてきんもーい」


きもいと言いながらも顔はニヤニヤしている。


ていうか、「き」と「も」の間に「ん」を入れるなよ。


きもいのがより強調されるだろうが。


「たまにはそういう気分になることもあるんだよ」


「そういう気分って?ムラっと?」


「…」


そんなのほぼ毎日だっつーの。


男子中学生の性欲舐めんなよ!


「あはは、ドン引きの表情頂きましたー」


何故喜ぶ…。


「ちょっと行ってみたいところあるんだよね」


と、春海が言ったところで。


「あれ?宇堂じゃない?」


女子の声がした。


声のした方を見ると、三人組の女子がこちらをみていた。


「げっ…」


同じクラスの女子三人。


一人は桜井朋美。ボボカット?ボブだっけ。が特徴的なオサレ系女子。


勉強はそこそこできるんだったか。


もう一人は井原佳織。背中くらいまでの長い髪を結ったり解いたりしてる。勉強はあんまりだが確か歌が上手い。


将来は歌手になりたいと公言していたと思う。


運動も苦手なんだったか。


もう一人は野口桜子。巨大な目が特徴的。顔の半分くらいあるんじゃないかと思われる目と、カチューシャをつけておでこを出すヘアスタイル。


たまにカチューシャが緩むのか前髪付近が膨らんでリーゼントみたいになってることがある。


クラス委員をやっていたはずだ。


俺に声をかけてきたのは井原佳織。


「げっ、ってご挨拶じゃない?」


桜井が言う。


「いや、まさかこんなとこでクラスの女子に会うとは思わなかったからさ」


事実、この一年鉢合わせなど経験がなかったので驚きは大きい。


「あれ、そちらは彼女さん?」


野口が尋ねる。


「初めまして、姫沢春海です。大輝とお付き合いしてます、宜しくね」


笑顔で挨拶をする春海。


敵意は見えないものの、心中穏やかでない感じが俺には伝わってくる。


春海は万能だし、俺の心が春海のものであることも理解はしている。


だがその一方で離れていることに不安も感じている様で、女友達の話題を出すと一瞬で機嫌が悪くなる。


「噂の彼女さんだ!凄い美人だね!」


桜井がはしゃぐ。


「噂の…?」


春海は小首をかしげて俺を見る。


「ああ、結構みんな知ってるんだよ、宇堂くんに彼女いるの」


野口が説明する。


「っと、自己紹介してもらったのに、こっちがまだでごめんなさい」


三人もそれぞれに自己紹介をする。


「じゃあ、俺も…俺は宇堂た」


「「「「それは知ってる」」」」


4人が声を揃えて言う。


初対面のくせにやけに息が合ってるじゃないか。


「じゃあ、今おデート中だね?」


桜井は興味津々と言った様子だ。


「あ、ああ、まあ…」


「じゃあ、邪魔しちゃ悪いね」


井原が残り二人の顔を見る。


「私たちも女子三人でデート…女子三人で…」


ずーん、と効果音が聞こえそうな表情で野口が言う。


落ち込むくらいなら、言わなきゃ良いのに。




「そーだ!もし良かったら、みんなでご飯でも食べようか」


春海がとんでもないことを言い出す。


この面子で?


男子俺だけ?


何なら俺帰るから女子会でもやった方がよくね?


「え、でも邪魔しちゃ悪いんじゃ…」


三人が口々に口ごもる。


「せっかく知り合ったんだし。それに私たち毎週会ってるから、そんなに気を使わないでも大丈夫。ね、大輝?」


何故俺に決定権を委ねるのか。


言い出しっぺなんだからそのまま決めちゃってくれたらいいのに。


「ああ、そうだな。別に俺はどっちでも…」


この現状ですら既に学校でいじられそうな予感しかしないのだ。


このあと少しネタが増えるくらいは何でもない。


「じゃあ…ご一緒しちゃおっか?」


ということで近所のファミレスに入る。


店員が俺を見て忌々しいと言った表情をした気がしたが、気のせいだと思うことにした。


リア充滅びろとか思われたんだろうか。




それぞれが注文を済ませ、俺が全員の分の飲み物をドリンクバーで取りに行く。


唯一の男子だからね、仕方ないね。


俺がいないところで、どんな会話が繰り広げられているのか、気にならないといえば嘘になるが世の中には知らない方が幸せってこともある。


そんなことを考えながらもとりあえずドリンクが揃ったので、席に戻ることにした。


女三人寄れば姦しい、だったか。


4人でも変わらない様子で、席ではガールズトークに華が咲いている。


あの中に戻るのか俺…ちょっと嫌なんだけど。


「あっ、きたきた、おそーい」


桜井がこっちに気付いてしまった。


仕方ない、戻るか。


「ほれ、飲み物。自分らで取ってくれ」 


トレーをそのままテーブルに置いて、自分の飲み物を取る。


「そこは、お待たせしましたー、って笑顔でみんなのとこ置かないと」


春海も悪乗りする。


こいつ何だか生き生きしてんな。


「さて、それじゃ宇堂も戻ってきたし、そろそろ二人の馴れ初めを…」 


は?


え、そんなのまで話さないといけないの?


何この公開処刑。


「いや、待て。そんなのまで話さないといかんのか?断固拒否するよ、当然」


「えー?じゃあ宇堂の携帯からの初メールの内容、みんなに言っちゃうかなぁ」


えっ?俺ですら知らないんだけど、その内容。


もう話したの?こいつらに?


「あと、春海ちゃんの部屋で絶叫告白して親御さんに聞かれてたエピソードとか」


「わかった、言えばいいんだろ!」


ていうか春海に聞けよ…俺の口から言わないといけないとかマジで拷問だろ…。


「良かったー、説得できて」


「脅しだろ!!」


適当に恥ずかしい部分を避けながら二人の馴れ初めをボソボソと語っていると、頼んでいた料理がきたみたいだった。


「あ、料理きたね。先食べちゃおう。冷めちゃったら勿体ないし。続きは食べ終わってからね」


桜井がいただきまーす、と言いながらフォークに手を伸ばす。


それに習ってみんなも食事に舌鼓を打っていた。


舌の上でシャッキリポン!とは踊らないが最近のファミレスは美味しいものが増えたと思う。


このまま馴れ初めのことなんて忘れてしまえばいいのに。




「なぁ、そういえばさっきので思いだしたんだけどさ。俺の携帯からのメールってどんな内容なんだ?」


みんなが食べ終わったのを見計らって、春海に尋ねる。


「ん?宇堂自分で送ったのに内容知らないの?覚えてないとか?」


「いや違う。そもそも俺が送ったもんじゃないし、あれ」


事実、あのメールは春海が送ったもので、しかも送信履歴を削除されていて内容を知る術はない。


知りたかったら春海に聞くしかないのだ。


「あー、あれね。ちょっと待って」


そう言ってカバンから携帯を取り出し、メールを呼び出す。


「これかな。はい」


春海から携帯を手渡される。


こんなにもポンと渡される辺り、信用されてるなと思う。


「…ナニコレ」




あなたのことがーチュキだからー


いんぐりもんぐりしたいです 


うどうたいきは誓います


エロい妄想は現実に変える!


オ○ニーは1日5回まで




「あいうえお作文…だと…しかもこの内容…序盤懐かしすぎて俺生まれてないかもしんない」


「よくできてるでしょ」


何故か得意げに春海が胸を張る。


最近デカくなってきてんだよな、こいつの胸と思った矢先に。


「あー、宇堂が春海ちゃんの胸見てエロいこと考えてる!!」


井原が叫ぶ。


「おま!んなわけねーだろ!」


もうやめて!俺のライフはゼロどころかマイナスよ!!


「考えてないの?そんなに私魅力ない?」


春海の追撃が始まる。


何で俺を攻撃するとき、そんな生き生きしてんの?


「そういえば、この間も腕組んだら動ける様になるまで時間くれって…」


「やめろおおおぉぉぉおお!!!」




二時間ほど散々羞恥責めをくらって、やっと解散となった。


結局馴れ初めを話す羽目になった。


女子4人は連絡先交換などしていた。


かしまし娘どもはこのあと行くところがあるとかで、俺たちとは別行動になった。




「大輝、燃え尽きてない?」


「ああ、半分はお前のおかげさまでな」


遠い目をしながら三人を見送る。


「あんなに女子に囲まれるのも、ちょっと前に妄想したことあるけど実際囲まれると疲れるな」


「ふぅん…」


春海の目が据わる。


「ま、待てって。喜んでたわけじゃないから。楽しくなかったわけでもないけどさ。あんなのはもうさすがにいいわ」


「まぁ、私も楽しかったけどね。いじられてる大輝は可愛いよね」


「お、男の子に可愛いとか言っちゃいけないんだぞ」


「へぇ、女の子にゴリラって言うのはいいんだ?」


ニヤリと笑って春海が意地悪く言う。


「わ、悪かったって。大体そんなスタイルいいゴリラいてたまるかよ」


「本当?本当にそう思う?」


「ああ、思うね。贔屓目に見ても普通にスタイルいいと思う」


「やった!多分もうちょっと胸はおっきくなるかなと思うよ」


「そ、そうか」


い、いかん。


また動けなくなっちまう。


こいつわかってて言ってんだろ。


「大輝のは…きっと毎日おっきくなってるんだよね?」


「一言余計じゃありませんかね!」




少し落ち着いたところで、かしまし娘どもと会う前に春海が言ってみたいと言っていたところへ行くことにした。




「あー、ここか。俺も少し気になってたんだよ」


そこは昔懐かし駄菓子屋さん。


築何年だろうか、というほど趣のある建物に、所狭しと駄菓子やらくじやらプラモデルなんかも並んでいた。


「あ、紐飴あるよ大輝」


「こっちにはベーゴマ…生で見るの初めてだわ」


こういうのを見てると、その時代に生きてきた人間ではないはずなのにワクワクする。


当時のお菓子とかは割と体に悪いと言われる着色料てんこ盛りなのだろうが、それでも食べてみたいという欲求が生まれる。


気になったものを一通り買うことにした。


店の奥ではもんじゃなんかもやってるみたいだったが、さっき食事を済ませたばかりということもあり、遠慮する。


近くに公園があるので、駄菓子の袋を持って移動する。




「結構買ったねぇ。それでも1000円行かないってすごい」


「確かに」


こんだけの量買ったら、普通のスーパーとかコンビニなら2000円近く行きそうな気がする。


「あんず棒、凍ってると美味しいね」


「あー、前よく食べたわ」


言いながらソース煎餅に梅ジャムを塗る。


「そういえば大輝」


「ん?」


ちょっと神妙そうな面もちの春海。


「桜井さんだっけ?あの子、大輝のこと好きだと思う」


「ぶっ!!…はぁ?いきなり何を言い出すんだお前は…」


口に含んだソース煎餅を盛大に吹き出してしまった。


「女の勘ってやつかな。あと、大輝を見てる桜井さんの表情」


「まさかぁ…大体、春海と付き合ってること、割と早い内から知ってたと思うし」


「自覚してすぐに私の存在を知った、って感じじゃないかな、多分だけど」


「いや、そうは言うけど…あいつが何かアクション起こしたりしなきゃ決定打に欠けるんじゃないか?」


実際、桜井が何か行動起こしたとかでもない状況で、推測だけで俺には彼女いるから!とか意味不明な拒否をした挙げ句に、勘違いしてんじゃねーよ童貞!とか言われたら多分俺立ち直れない。


「でも…」


少し不安そうな春海の表情。


「えーと、もしかしてヤキモチ?妬いてくれてるの?」


「うん。これも多分だけど、大輝って女子から人気あると思うし。可愛さに気付いてる子、結構いるはずだよ」


こうも素直にヤキモチ妬いてます、とか言われると大分恥ずかしい。


女子からの人気とか気にしたことないけど、そう言われると女子を見る目が変わってしまいそうだ。


「仮に春海の言う通りだとしてさ、俺が春海を裏切る様に見える?」


「ううん、大輝ヘタレだし、まずそれはないと思う。大輝が自主的に裏切りに走る確率ははぼゼロだろうね。私がどれだけアプローチかけても一線超えようとしないし」


ひどい言われようだな…。


初志貫徹素晴らしいです、くらい言ってくれても良いのに。


「あるとしたら、大輝のことが好きっていうのを抑えきれない子が暴走して逃げ切れなかったり、ってパターンかな」


それ、俺にどうしろと…。


「今日私たちと会って、桜井さんたちは半分私の品定めしてたんじゃないかな。あとはどの程度大輝が本気か、とか」


「ええ…」


女子ってこえぇ…。


あんなキャッキャウフフしてたのに、裏ではそんな情報戦みたいなことが展開されてたってのかよ…。


「…んー…春海、俺にどうしてほしい?どうしたら春海は安心できる?」


こうなったら遠慮してても仕方ない。


正攻法で行くしかない。


「あの子たちと縁切って、って言ったら切るの?大輝優しいし、そんなのは無理だよね?」


「極端すぎるな、さすがに。それに春海も一応、あいつらとは友達みたいなもんだろ?」


「どうかなぁ…今日たまたま会っただけだし、次いつ会うのかなんてわからないし。他人以上友達未満に近いんじゃない?」


「深いな…」


「ねぇ、週末デートだけど…来週からは私の家にしない?」


「あー…」


それはそれで悪くはないと思う。


誰かと鉢合わせ、というのはまずないだろう。


懸念事項があるとすれば両親くらいか?


「春海がそれで安心できるんだったら、それでいいよ。ていうか、もっとワガママ言っていいんだしさ。あ、友達と縁切れとかは無しだけど」


「私、結構嫌なやつだよね。独占欲っていうの?強い気がする」


「そんなもんじゃないの?俺だって他の男子が春海に言い寄ってたら嫌だって思うから」


「それに独占欲だけじゃなくて性欲とか色々強いよ」


ふふん、と胸を張る。


何故そんなことを誇らしげに言うのか…。


「私が満足できるかはわからないし、できないかもしれない。けど、落ち着くまででいいから、私の家でいい?」


「わかった、いいよ。二人の時間ってことでさ」


このとき、春海が何を考えて何を思っていたのか。


俺にはわからなかったし考えもしなかった。

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