第5話将来の展望

春海に連れて来られた場所。


それは道場だった。


その日は全体的に稽古を休みにしていたはずで、誰もいない。


館長も奥さんも、確か用事で出払っていると聞いた。


「私たちが出会った場所、覚えてるよね?」


「…そりゃなぁ」


色気も何もないが、確かに俺たちはここで出会った。


そして俺は、女子のこいつにコテンパンにされた。


多分今戦ってもコテンパンにされるんだろう。


「中、入っていく?実は許可もらってるんだよね」


「へ?マジで?」


「うん、デートで使いたいって言ったら、汚すなよって言われたけど」


「汚すって…」


何だ、俺の血糊で汚すつもりなの?


ガチでボコボコにされる様子を想像して少し身震いする。


「そういう汚すじゃないと思うんだけど…」


だからお前何なの?何で俺の考え読めるの?


「まぁ、こんなとこで立ち話してても仕方ないしな。入ろうぜ」




中は普段と何も変わらない、いつもの道場。


人がいないせいか、静かすぎて幽霊でも出そうな雰囲気ではある。


そういえば昔、ここで稽古中に死んだ人がいるとかいないとか聞いたことあるな…。


冗談の類だと思いたい。


「座布団持ってくるね」


「あ、ああ」


ずいぶんと準備のいいことで。


手持ち無沙汰になってしまった俺は、初めて来た時の様にキョロキョロと道場の中を見回す。


特に変わった様子もない。


「お待たせ」


声と共に、水平に座布団が鋭く飛んでくる。


「わぶっ!」


咄嗟に避ける事もできず、鼻面に直撃を受けてもんどりうった。


「おま…殺す気かよ」


多少の驚きと痛みはあったものの、所詮は座布団の一撃だ。


当たらなければどうということは…当たったんでしたね。


「あはは、ごめんごめん。まさか当たると思わなくて」


全然申し訳ない感じが伝わってこないのは気のせいですか、そうですか。


俺の顔面を経由して床に落下した座布団を拾い上げ、既に座っている春海の前に置く。


「んで、どうするんだ?二人が出会った場所っても色気も何もないんだが」


座布団の上に胡座をかいて、尚も周りを見回しながら言う。


「少しお話しようよ。こういうのも、たまにはいいでしょ?」


「たまにって、初デートじゃなかったか?」


「初だけど…二人で会うのは初めてじゃないじゃん」


「あーそうだな、わかったわかった」


「大輝はさ、高校どうするの?もう考えてる?」


「高校か…」


正直考えていなかった。


あれこれ我が儘言える身分じゃないし、何より私立なんかは候補から自然と外れる。


そうなると公立の、自分の学力に合った高校に行くことになるんだろう。


いや、先生の負担やらを考えるならいっそ中卒で働くのが正解なのかもしれないとさえ思った。


以前に先生にはそれを伝えたことがある。


「そんなこと、子供のあんたが考えなくていいから。高校くらいはきちんと出ておきなさい」


と猛反対をくらい、一度は捨てた考えではある。


とはいえ、まだ中学校に入ったばかりの身空で高校などと言われてもピンとこないのも確か。


「私ね、大輝と同じ高校行きたいと思ってるの」


「ふむ…」


「何、嫌なの?」


「ち、違う、そうじゃなくてさ」


慌てて否定する。


もちろん、違うというのは本当だ。


「そうじゃなくて、まだ高校とか言われても明確なイメージってやつがね」


「ああ…けど、割とあっという間だと思うよ?今、大輝は毎日楽しい?」


「楽しいよ。不便なこともなくはないけど、それなりに楽しんでると思う」


「なら、尚更あっという間だと思う。パパはそう言ってたし、私もそう思う」


「そうかもなぁ」


そう言ってる大人は何人も見てきたし、館長も確かそんなことを言ってた気がする。


「だからさ、私たち同じ高校に行くのを目標にしようよ。勉強苦手なら一緒に頑張ればいいんだし」


「春海は勉強得意なんだったか」


「今のところ、苦手科目はないかな」


本当に万能で羨ましい。


俺にも一割程度でいいから分けてほしいもんだ。


「一応聞くけど、それって公立の高校だよな?私立だと金銭的な問題でお手上げなんだよ」


「わかってるよ。公立の、共学の高校。パパは私立の女子校行かせたかったみたいだけどね。今はやりたい様にしなさいって言ってくれてる」


寛大な父ちゃんだな。


春海の話に、ふと同じ高校に通う二人を想像する。


…うん、悪くない。


そもそも今お互い結構遠いところに住んでるし、会う時は大体春海がこっちまで出張ってくれている。


その負担を少しでも減らせるなら、それも良いのかもしれない。


「わかった、そう出来る様に頑張ろうか。で、高校の目星はつけてるのか?」


もちろん、と頷いて春海は持参した鞄を漁り、一冊のパンフレットを取り出す。


その高校の名前を見て、俺は今日一番疲れることになる。

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