第3話二人の距離

時は流れて、俺は中学生になった。


元々身長は低い方だが、中学校に入って少し伸びた。


小学校低学年の頃に出会った姫沢春海。


こいつとはまだ縁が続いている。


というか、こいつとは彼氏彼女の関係になっていた。




思春期を迎え、めでたく館長に刃向かったりしてボコボコにされたり、一言多くて春海からボコボコにされたり…ボコボコにされてばっかりに見えるかもしれないが、本当にボコボコになってばっかりな気がする。


それくらい俺は、当時バカなことばっかり言ってやってしてた。


もう会うこともないだろうから、犬に噛まれたことにでもして忘れよう、などと小学生にしてはドライな考え方をしていた俺の決意をよそに、春海は定期的に俺のいる道場にきた。


初めて会ったときと違って、どす黒いオーラが若干ピンクに見えた気がした。


俺も多分、心の底では少しずつ惹かれている部分はあったんだろうと思う。


心がざわつくのを感じた。




「きちゃった」


なーにがきちゃった、だよ。


声に出すとぶっ飛ばされそうなので心の中で毒づく。


それから何度も春海とは会ったし、二人で遊びに行ったりもした。


そんなこんなを繰り返し、時は流れた。




小学校を卒業して数日。


それまであのキスのことには敢えて触れずにきた。


お互いに何となく、それに触れてはいけない気がして、避けてきた部分だったがその禁を先に破ったのは俺だった。


簡単に言えば、俺が耐えられなくなった。




「なぁ、何となく言っちゃいけないかなって思ってたんだけどさ」


「なに、突然」


春海はそう言ったが俺の言いたいことは伝わってる様に見えた。


「何で、キスしたの?」


「…」


あのキス事件から数年経っている。


周りも当然忘れているだろう。


覚えているのは俺たち二人だけだ。


春海は少し顔を赤らめて俯く。


可愛い。


いや、そうじゃない。


ここではっきりさせておきたい。


だから俺は、禁を破ったのだ。


「あのとき初対面だったよな、俺たち」


「うん…そうだね」


「理由があるんだろ?」


「理由…か」


このとき、春海が外国の人間ではないことは既に確認していたし、キスが挨拶なんていう習慣を持っているわけでもないことはわかっている。


「軽蔑したり怒ったりしないって約束できる?」


「あー…うん、わかった、怒ったりしない。てか怒ったってお前にゃ勝てないけどな、俺」


あの後何度か春海とは組み手をやったりしたのだが、一度たりとて勝てないままだった。


無意識に俺が手を抜いていた可能性も否定はできないが、それでも俺は彼女を全力で殴ったりなどできない。


意識の中にそう言った想いが根付いてしまっていた。


「茶化さないでよ。…理由だよね、実はね」


「うん」


「…」


少しの沈黙。


あれは遊びだったんだー!ごめんね!テヘペロ!


とか言われたらどうしよう。


そう考えると気が気でない。


「…おい」


「うん、ごめん。宇堂、がさ。何か可愛らしく見えて」


「は、はああぁぁぁぁ!?」


思わぬ春海の返しに、声がひっくり返る。


「可愛い…って…」


「子どもみたいで、っていうか今も、子どもだけどさ、私たち」


何となく理解した気がする。


「嫌だった…?」


恐る恐るといった様子で、春海が尋ねる。


「…嫌じゃなかった。というか、そのあとからそのことばっか考えてた」


つい正直に言ってしまった。


「スケベ…」


軽く軽蔑する様な眼差しを向けられる。


「ばっか、男なんてのは大体そんなもんだぞ」


本当にそうなのかは知らない。


多分そうだ。


「ずっと考えてたってことは、さ…もう一回、したい?」


俺の心臓が今までになく跳ねた。


鼓動の速さがかつて経験したことがないほどに、異常なスピードを叩き出し、記録を更新した。


「も、もう一回…もう一回って…」


したいに決まってる。


したくない、なんて偽善だ。


自分に嘘をつくのは良くない。


欲を言ってしまえば、ベッドの下に隠してあるセクシー系マンガみたいに色々と…などとグダグダ考えていると、またも不意に顎を掴まれ、唇に柔らかいものが触れた。


二人の距離がゼロになった。


なんて表現使っちゃう俺、マジ詩人。


「お、お、おま…」


モノローグとは対照的に、口から出る言葉は全く滑らかさを持っておらず、言いたいこともまとまらない。


そんなことを考えていると、再度口を塞がれた。


頭の中が溶けてしまうのではないかと思われた。


「もっと、したい?」


「ま!待って!もう余裕ないから!本当に!ちょっと待って!!」


半ば絶叫する様に哀願する。


「ごめんごめん」


軽く笑いながら春海は謝る。


余裕を見せている様に見えたが、手は震えている様だった。


ああ、こいつもちょっと無理してたのか。


恋愛の経験などなかったが、何となくわかった。


「ひ、姫沢…お前も緊張してたの?」


「!!」


俺の一言にはっとして、春海は手を後ろに隠す。




「スキあり、っと…」


春海の腹部に、軽く拳を当てる。


初めて一本取れた。


卑怯と思うなら思うがいい!


勝負の世界は非情なのだよ!


「…ず、ずるいよ!こんなの…」


「へ、へへーん!勝ちは勝ちですー!」


わざとらしく大袈裟に、勝ち誇ってみせる。


こういうのが、子どもみたいって言われるところなんだろうな。


以前、春海とはこんな約束をしたことがあった。




「私から一本取れたら、一つだけ何でも言うこと聞いてあげるよ」




その約束を、果たしてもらう時がきた。


「姫沢春海。これから一つの願いを叶えてもらうからな」


ちょっとカッコつける。


別に特段イケメンという訳でもないが、こういう時くらいは、ね。


「姫沢、俺はこれからもお前とキスしたい」


「…は?」


「だから、お前とキスしたい」


「き、聞こえてるよ!そうじゃなくて…」






「だから、俺の彼女になってください!!」


精一杯声を張って、頭を下げる。


男らしい告白とかよくわからない。


男女の付き合いとかもよくわからない。


それでもこいつだけは手放したくない。


心からそう思った。


「ずるいなぁ…そんなこと言われたら…」


顔を赤くしながら、春海は言う。


「顔、上げて?」


「いや、返事をだな…」


「上げてよ。じゃなきゃ、キスできない」


「!!」


恐る恐る顔を上げる。


と同時に、両肩を掴まれる。


そして…




「せやっ!!」




春海の右膝が俺の腹にめり込む。


さっきの不意打ちのお返し…だろうな。


目の前が真っ赤になった刹那、唇に柔らかい感触を感じて、痛いはずなのににやけてしまう。


「こっちこそ、宜しくお願いします。大輝」


こうして、俺と春海の交際は始まった。

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