第2話突然の…
女の子が、笑っていた。
笑い声にエコーがかかっている様に聞こえる。
俺も何がおかしいのか笑っている。
高いところに立った時の様な、腰の辺りがむずむずとする感覚があって、それが尚のこと俺を笑わせている様だった。
「見て、凄い大きい大根!」
その女の子が言い、俺はそちらを見る。
女の子の頭から巨大な大根が生えていた。
「おお!すっげぇ!人参みてぇ!!」
何故か人参というワードが俺の口をついて出て、大根はみるみるうちにオレンジ色に色を変えて行った。
「あっはっは!そんなこと言うから大根が私の足になっちゃったじゃん!」
「大根足ってか!やかましいわ!!」
割と全力でツッコミを入れる俺。
どれくらい全力かと言うと、道場で瓦割りに挑むときくらい。
女の子は物凄い勢いで吹っ飛んで行った。
「ふおおおおお!!」
彼女が男らしい悲鳴…いや雄叫びに近い叫びを上げる。
でも顔が笑顔だ。
「よーし、俺のしょんべんぶっかけて沢庵にしてやる!」
そう意気込んでマジで小便を引っ掛けるべくズボンをおろそうとしたその時。
「ちょっと!!起きなさいってば!!!」
悲鳴に近い金切り声と共に俺の左頬に衝撃が走った。
目の前がチカチカする。
何が起きたのかわからず、周りを見回す。
「お、おお?」
「あ、目が覚めた!館長!」
さっき俺に組み手を挑んできた姫沢春海が、俺の肩を掴んでいた。
「まだぼーっとしてるみたいだが、どうやら心配なさそうだな」
館長もほっと息をつく。
「あれ、大根の女の子は…?」
何故か俺は姫沢を見ながら言った。
「…は?あんた、私のこと大根足とか言いたいわけ?」
目が据わった女の子は年齢関係なく怖い。
このことをその日、学習した。
「あ、ああ、いやそうじゃないんだ。夢だ夢!」
慌てて訂正する。
結果から言うと、俺は姫沢に負けたらしい。
それもかなり無様に。
始めは姫沢も俺の手の内を探る感じで手加減してくれていたらしいが、途中から実力をだしてきて、俺は追い詰められた。
小学生の組み手とは思えない緊張感に耐えられなくなった俺は、まだ練習途中の技を使うことにした。
そこまでは何となく覚えている。
「浴びせ蹴りみたいな大技、あんなところで使ってくるとはね」
姫沢はため息をついてやれやれと言った感じで言う。
渾身の、という表現を俺の中では使ったつもりの浴びせ蹴りは姫沢に左手で軽くいなされ、そのまま無様に落下してめでたく俺は気を失ったというわけだ。
「くっ…お前本当に女かよ。ゴリラかっつーの」
精一杯のガキ染みた負け惜しみ。
それが姫沢の怒りに火をつけたことは間違いない。
「女の子にゴリラ…?言って良いことと悪いことがあるって、教わってないのかな?」
轟く様な効果音とオーラが見えそうな気がした。
「いや…その…」
さすがに恐怖を感じて言いよどんでいたが、姫沢が拳を振り上げるのが見えて咄嗟に目を閉じて歯を食いしばる。
来る…!
そう思ったが衝撃はこず、代わりに俺の顎に姫沢の手が添えられ、唇に柔らかいものが触れた。
それが何を意味するのか、理解するのにかなりの時間を要した。
周囲が更にざわつき、歓声の様な冷やかし混じりの声が聞こえる。
さすがに館長もまずいと思ったのか、俺と姫沢のところに駆けつけた。
「ここはデートスポットじゃないからな。続きは帰ってからにしろ。あと宇堂、明日になっても頭痛むなら病院行け。今日はここで解散!」
最後は周りにも向けて言った様だった。
「あの女…」
帰宅してから、普段なら真っ先に食事に向かうところを俺は自室にいた。
俺の住処は周りと違って施設と呼ばれるところだ。
生まれてすぐの赤ん坊だった俺はこの施設の前に捨てられていたらしく、それをここの先生が拾ってくれて育ててくれた。
ほかにも8人ほど、俺と似た境遇のやつや親が暴力を、という問題を抱えたりという子どもが暮らしている。
先生を含めると丁度10人。
部屋は6個しかなく、決して大きいとは言えない施設。
雨風凌げて飯が食えて風呂トイレが使える。
それなり暖かい布団で寝られる。
その生活に不満はない。
親がいないという現実は、親の顔を見たことがないからなのか割とすんなり受け入れていたし、友達の親を見て羨ましいと思うことはあったが、それでも親の様に接してくれる人たちが、俺を寂しいとは思わせない様にしてくれていたのだと思う。
先ほど姫沢からされたことを脳内で自然と反芻してしまう。
あれは、マンガとかでよく見るキスってやつだ。
しかも、ほっぺにチューとかそんなんじゃない。
初めて会った相手に。
いきなり。
それも不意を突かれて。
所謂ファーストキスというやつを奪われた。
あいつはそういうの、慣れているのだろうか。
外国だと挨拶代わりにすることがあるとか聞いたことがある。
でもあいつ、日本人だよな多分。
そんなことを考えてモンモンとする。
胸の辺りがむずむずする。
顔が熱くなるのを感じる。
「どうしたんだよ、飯も食わずに」
背後から突然声がかかって、飛び上がるほど驚く。
同室の男子の、田所良平だった。
「り、良平!?何でもねーよ!飯は今から食いに行くんだ!」
良平は俺と同い年だが身長が高めで、俺より10センチ近く高い。
そのせいか少し大人びた印象がある。
実際には年相応の男の子らしく、ヒーローだのカッコいいものが好きだったりするが、何故か悪役が好き、という変わり者でもあった。
「早く行かないと、おかずなくなっちゃうぞ。今日は珍しく肉だからな」
「それを早く言えよ!」
経済的な事情から週に1~2回程度しか食べられない肉を逃したら大変だと、俺は急いで食堂という名のリビングへ向かった。
さっさと食って風呂入って寝てしまおう。
どうせもう姫沢に会うことなんかないだろう。
このときは無理やりにでもそう思い込もうとしていた。
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