第22話 とっても残念な剣豪様

 道場で穏やかな笑みを浮かべる白髪の初老のエルフと赤い長い髪をポニーテールにする大和撫子を連想させ、剣胴着を纏う切れ目で将来美人になると思わせる少女が向き合っていた。


 赤髪の少女、木刀を握るエンティは正面に立つ初老のエルフ、テツを前にして汗を滲ませる。


 対峙してから一歩も動いてない、いや、動けないエンティはプレッシャーから汗を滲ませていた。


 自然体のテツは道場のすぐ傍に落ちていた小枝を剣代わりに構えている。


 明らかに脅威になりえないとエンティも理屈では分かっている。だが、しかし、その常識はテツには通じない事も道場に通い、今までに何度となく目にしてきていた。


 自分を奮い立たせる為に木刀を大上段に構える。


「ハッ!」


 丹田で練った気を呼気と共に吐き出し、テツにぶつけるが浮かべている微笑を揺らす事も敵わない。


 優しげに目を細めるテツがエンティに告げる。


「かかってきなさい」


 その言葉に軽く背中を押されただけで、自分の意志と関係なく飛び出すエンティは大上段からテツを切りつけようとする。


 しかし、振り下ろそうとする前にエンティが気付いた時には懐に飛び込んだテツが苦笑いを浮かべて小枝で切りつける体勢にあった。


「鍛錬が足りてないね、エンティ」


 その言葉と同時に小枝に白いオーラを纏わせたテツに腹を切りつけられてエンティは道場の壁に叩きつけられた。




 十分後。


 壁に叩きつけられたエンティが軽く気絶をしたので気付けを済ませて正座し合う2人。


 深々と頭を下げるエンティが声を張り上げる。


「有難うございました」

「うん、お疲れ様」


 そんなエンティに二コリと笑みを浮かべるテツであるがすぐにその表情を困った弟子に向ける師匠の顔に変わる。


「エンティ、君自身が気付いていると思うけど、私の背を追うやり方を見直す時期じゃないかな?」

「……」


 テツの言葉に返事を返せないエンティを見て、こっそりと溜息を洩らすテツ。


 確かに11歳でここまで出来ている事でエンティに才能がある事はテツも認めるところである。当然、エンティ自身の努力があってのことである事も重々、気付いている。


 単純な剣の技術だけで言うなら、もう道場にマメに通わなくていい。実践で自分を鍛える時期にあるとテツは太鼓判を押せる。


 しかし、弱者相手であればそれだけでいいが、同等、それ以上と戦わないといけない事態になった時、自分の特色を最大限に生かし、手に出来る力を選り分けしない気持ちが大事である。


 テツ自身もその無駄な拘りで痛い目をしてきたから良く分かる。


 梓を手にする事に躊躇して、した後悔など今、思い出しても悔しくて泣きたくなる夜がある程であった。


 だから、テツは今回、エンティに引導を渡す覚悟をして口にする。


「君には私のように気を使った戦い方は向いてないよ。気ではなく、魔力を使った戦い方でないとそろそろ頭打ちだよ」

「……しかし、私はテツ先生のように……」


 顔を上げずに言ってくるエンティに苦笑いするテツはそういう答えが返ってくる事は想定していたので困ったとは思うが受け入れる。


 テツもまた昔、雄一のように一撃で切り開くスタイルに憧れて追いかけて遠回りをした経験がある。


 今まで教え子達もエンティのように自分の本来のスタイルを否定的に捉える子も沢山見てきた。


 教える側になって更にテツは雄一を尊敬するようになった。


 そう頑なになる子の答え知るテツはすぐに正解を教えたいという衝動に駆られる。だが、今のエンティのようにそれを容認出来はしない。


 しかし、雄一はずっとそれに気付きながらもテツが認められる時まで口煩く言わずに見守ってきた。


 テツは出来る気がしない。現に今も同じ失敗をしていた。


 しかし、今回だけはテツには秘策があった。


「魔力を込めた戦い方が得意な子……身近な子だと、やっぱりタスケかな?」

「……ッ!」


 下げたままである為、どんな表情をしてるかは分からないが太助の名を聞いた瞬間にビクついた肩の様子で見なくても分かってしまってテツは苦笑いを浮かべる。


 普段ならここで停滞させてしまうテツだが、ここからが秘策の使いどころであった。


 素知らぬ顔をしたテツが明後日の方向を見つめて咳払いをする。


「ときに、エンティ? 君は先日、タスケに助けられた礼は済ませたのかい?」

「……ッ!! これから向かわせて貰います!」


 顔を真っ赤にさせて目尻に涙を浮かべるエンティが立ち上がり、テツに背を向けて走り去るのを見てバツ悪そうに見送るテツ。


 すると、道場の奥からお玉を手にした初老の女性、学校のみんなのお母さんと呼ばれるテツの最愛の妻、ティファーニアが呆れた顔をしてやってくると問答無用にお玉をテツの頭に振り下ろす。


 コーンと乾いた音をさせ、テツが叩かれた場所を撫でながら縮こまるのを見たティファーニアが嘆息する。


「貴方は本当に特に女の子に対する気遣いが下手よね? もう少しやり様があったでしょ」

「ご、ごめんなさい……イタタッ、耳を引っ張らないで!」


 テツの長い耳を抓んで引きずるようにして奥へと連れ去られる姿に剣豪としての威厳はゼロである。


 勝てない相手がこれほど多い剣豪は過去にいただろうか?


 これからテツの苦行が始まる。





 カリーナの指導をした後、反復練習を伝えて去ろうとする太助に盛大に文句を言い続けるカリーナから逃げるように家に帰ってきてポーション作りに勤しんでいた。


 とりあえず、ストック出来るだけのポーションが出来上がり、材料を採りに行くか、今からでも冒険者ギルドで出来たポーションを売りに行くか悩んでいると玄関をノックする音に気付く。


「はいはい、ちょっと待ってね?」


 手早く道具を片付けて、玄関に向かい、ドアを開ける。


 ドアを開けた先の目線には誰も映らず、首を傾げると何故か足下で土下座する赤髪をポニーテールする剣胴着姿の少女がいて飛び退く。


「先日、助けて頂き、有難うございました!」


 ヤケクソ気味に礼を言って上げた顔は羞恥を耐え、涙目の少女、エンティに睨まれて太助は困ったように頬を指で掻く。


「えっと、これってどういう状況?」


 太助の呟きなのか問いかけか悩む言葉に目の前のエンティは答えず、2人はしばらく見つめ合ったまま、時が止まったかのように時間を過ごした。

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