第20話 1~10、行動が全て

 村に到着した太助達は沈痛そうに眉を顰めて、村に到着するまで太助を非難するのに忙しかった魔女ギルドの面々と若い村人達が茫然と村の様子を見つめていた。


 見つめる先には村の畑があったはずの場所にはブーンと羽音をさせる真っ黒なドーム状に包まれていて奥が見えない。


 頭を抱えた村長が力なく両膝を付くのを見て太助が優しく起こしながら、アホの子のように口を開いたままの者達の若い村人達を見つめて告げる。


「これが村長を始め、年長者の言葉に耳を傾けなかった貴方達がしでかした事です」


 ドーム状に見えるのは虫、ホシテントウムシが集団で畑に襲いかかっている。どれほどの数がいるのか見当も付かない。


「だいたい、ホシテントウムシは害虫じゃない、益虫なんだ。益虫とはいえ増え過ぎると作物には良い事はない。程良く駆除の必要性はあるが、駆除し過ぎると普段温厚なホシテントウムシが……説明はもういいですよね?」

「し、知らなかった……ッ! お、俺達は駆除を頼んだだけでやり方は指示してない!」


 アイツ等が勝手にした、と先程まで同士のように味方面していた相手、魔女ギルドの面々に指を突き付ける。


 突然の裏切りに目を白黒させた魔女ギルドの代表、ミントリ―が取り乱す。


「ッ! 待って、私達はこの使えない子がチンタラしてるから手っ取り早く処理してくれと頼まれたから……」


 テルルを指差して下唇をワナワナさせるミントリ―の様子を見つめていた太助の片眉が跳ねる。


 若い村人達と魔女ギルドの面々が口で喧嘩を始めるのを見て、どうしたらいいか分からなくなった村長が一番冷静な太助に縋りつく。


「本来は畑の周囲にホシテントウムシが嫌う香を焚きながら地道に追い払うのじゃが、もう手遅れじゃ。なんとか出来んじゃろうか?」


 責任の擦り付け合いしかしてない若い村人達と魔女ギルドの面々を横目に言ってくる村長を黙って見つめる太助の後ろにいたテルルが前に出る。


「わ、私が何とかします!」


 箒の柄をギュッと握り締め過ぎて真っ白になる小さな手を見つめる太助に気付くテルル。


 引き攣ってはいるが必死に笑みを浮かべるテルルは深呼吸を1つしてゆっくりと頷く。


「マスター、こ、これは私が受けた依頼ですぅ。頑張る!」


 頑張るというのを態度でも示すように両手を握り拳にしてグッとするテルルであるがどうみても強がりとしか見えない。


 太助の返事を聞く前にテルルがホシテントウムシが飛びまわるドーム状に向かって走り出す。


 公私、公としては止めるべきではないが、私、としてはテルルを止めたいという気持ちに揺れる太助の耳に未だに生産性のない言い合い、責任の擦り付け合いをする声が届く。


 そちらに目を向けると最初よりヒートアップしている様子を見て、そんなところでエネルギーを使う場所じゃないだろう! という思いに駆られた苛立ちを感じる太助が低い声で罵り合う集団に声をかける。


「……おい」


 必死に感情を殺す太助の声を拾わない愚者達を据わった目で見つめる。


 そして、太助の握られた右手にバチバチと放電が始まると近くにいた村長が短い悲鳴を上げて太助の背の方向へと後ずさる。


 愚者達を見つめる太助は一切の躊躇も見せずに言い合いをする中央の地面に拳に込めたものを放つ。


 愚者達は、ぎゃあぁぁ! と声と共に地面に叩きつけられた時に散開した雷に当てられたショックで口を始め、体も一瞬硬直する。


 硬直は一瞬の事ですぐに太助の仕業だと気付き、怒りと恨みを募らせた瞳で睨んでくるがすぐに怯えた瞳に変わる。


 見返してくる太助の瞳に込められた意志が威圧となって愚者達を貫いたからであった。


「くだらない責任転嫁をしてる場合じゃないだろう? 被害を最小限に留める為に一歩でも踏み出さないのか?」

「しょ、しょうがないだろう! 俺達は只の村人で……」

「私達も魔法陣を描けるだけで身体的には対して差はないわ! あんな虫の飛び回る中で描く事なんて……」


 双方が話し終える前にソッと太助は畑の方に指差す動きに釣られて目を向けると絶句する。


 見つめた先では、身体的に人並、いや、幼い分、村人達より劣るだろう。魔女としての能力だけで見れば彼女達より劣る少女がホシテントウムシが飛び回り、体当たりされ、ふらつきながらも必死に畑を覆うような魔法陣を描こうとしてる姿があった。


 必死に魔法陣を描こうとしているテルルを指を指したまま太助は怒りを押し殺した声音で告げる。


「只の村人だから? 身体的に? それが何だ……あそこで必死に魔法陣を描いているテルルが勝っているとでも? 本来ならお前達がしでかした事だから静観しても文句を言われる筋合いはないテルルに負けているのは精神的、心だ」


 黙って目を地面にやる若い村人と魔女ギルドの面々を見た太助は呆れるように嘆息する。


 握り拳を作る様子を見て、義憤に駆られていたらとは思うが俯いた表情からそれは伺えない太助は若い村人達と魔女ギルドの面々から視線を外してテルルを見つめる。


 ホシテントウムシを追い払う、もしくは、結界のようなものを作ろうとしているテルルであるが、元々、描くのが早い方ではないが更に体当たりしてくるホシテントウムシに四苦八苦させられ、遅々した動きで描かれていく。


 時折、掠るように通るホシテントウムシに浅い切り傷を作られて苦痛に歪む姿を眉を顰めて歯を食い縛る。


 本当であれば、すぐにでも飛び出してテルルを助け出したい。


 しかし、祖父、雄一と祖母であるホーラに代表になると決めた5年前に送られた言葉が押し留められていた。





「太助、良く聞け。代表とはコミュニティメンバーの面倒、責任を持つ事だが勘違いをしてはいけない事がある」

「どういう事なの、ジッちゃん?」


 キセルを咥えて片目を閉じて口の端を上げる雄一の言っている意味を汲み取れてない孫、太助に笑いかける。


 そんな雄一に一歩詰め寄る太助の尻を蹴っ飛ばすホーラ。


 たたら踏んで雄一に抱き止められた太助が目を白黒させて振り返ると苛立ちげに紙煙草をピコピコと揺らすホーラが紫煙を吐き出しながら言ってくる。


「1から10までするなってことさ」

「えっ?」

「ホーラ、説明が適当過ぎるだろう?」


 雄一にそう言われたホーラは鼻を鳴らして明後日の方向を見るのを見て説明する気がないと判断した太助は頭をポンポンと叩くようにする雄一に目を向ける。


 そんな太助を面白そうに口の端を上げる雄一が優しく見つめ返す。


「代表とコミュニティメンバーは親と子の関係に近い。面倒、責任を持つのは当然だが、子が理解したうえで覚悟を決めて行動したら……」





「『黙って信じて見守ってやれ』、ジッちゃんはそう言ったけど……」


 ホシテントウムシに翻弄されるように体をふらつかせるテルルが必死に箒の柄で地面に魔法陣を描くのを見て太助は拳を強く握り締める。


 隣で太助とテルルを交互に見て溜息を洩らす村長が太助に語りかける。


「のう、お若い代表さん、どうしてお嬢ちゃんを助けてやらないのかね?」

「……テルルが責任を背負うと覚悟を決めた事を邪魔する訳には……」


 苦悩する太助に「なるほどのぉ」と遠い目をする村長はテルルの奮闘を眺めて言う。


「確かに理想な代表の態度かもしれんが……お主、自分がどんな顔をしてるか分かるか? とてもじゃないが理想の代表から縁遠い顔をしておるよ?」

「くっ!」


 横目で見つめる村長の瞳には心配でしょうがない、と言葉にせずとも表情で力強く語る太助がいた。


 太助は思う。自分でも、きっと泣きそうな顔をしているのだろうな、と自覚してるだけ、村長の言葉はとても重く感じる。


「最善策じゃなくても良いだろうに……どうして次善策じゃ駄目なのかね?」

「えっ?」


 驚く太助に年を取ったものだけが出来る深みのある笑みを浮かべて太助を見つめる。


「もしかしたら間違いかもしれんが、間違ってもいいんじゃないかな? 半分、背負って共に歩く代表がいても?」

「――ッ!」


 そう言われた太助の背筋に電撃が流れたように思わず背筋が伸び、表情も引き締まる。


 雄一の背を見て育った太助は心のどこかで雄一が言う全てが正しく、それが求める解だと思っていた。


 だが、太助と雄一は違う。祖父と孫という違いがあるように同じ事が出来るという訳でなく、また、太助にとってそれが正解かどうかは遠い未来でしか確認が出来ない。

 ならば、太助は今、自分がすべき、進むべき道を進むだけである。


「有難うございます、村長」


 村長に力強い笑みで頷く太助はホーラの言葉も思い出していた。


「1から10までするなってことさ」


 そう、これは1~10の間でする匙加減の話である事に気付くと太助の口許に笑みが浮かぶ。


 つまり、雄一とホーラはグルで雄一の言葉を鵜呑みするかどうかを試されていた事を5年越しに気付かされたからである。


 テルルを見つめながら「時々、ジッちゃんもイジワルだ」と呟きと共に傍にいた村長を始め、村の若者達、魔女ギルドの面々の瞳で捉えきれない速度で飛び出す太助。


 一気にホシテントウムシの中に突っ込んだ太助はテルルの上空で両手を広げて放電を始める。


 放電に晒されたホシテントウムシが地面に落ちていき、テルルに襲いかかるホシテントウムシが減った事に気付いたテルルが慌てて太助を見上げる。


「マスター! だ、駄目ですぅ!」

「分かってる。殺してはいない。電撃でマヒさせてるだけだよ。それより、今の内に魔法陣を完成させるんだ!」


 太助の強い言葉に「はひぃ!」と返事するテルルが慌てて魔法陣を描き始める。


 それを見た太助は辺りに飛び回るホシテントウムシを見て眉を寄せる。


 力のコントロールが不得意という訳ではないが、虫が死なないように力調整するのはとても疲れる。


 使っている魔力の何倍も集中力を消費して、ちょっと油断すると辺りにいるホシテントウムシを完全に駆除してしまいそう、と困っていた。

 しかも、テルルの周りに以前、カリーナの依頼に着いてきたティカとリンに使っていた防壁の弱いタイプを張っているので更に難易度が上がっていた。


 テルルの魔法陣完成までだいぶかかりそうな雰囲気があるので、どうしたものかと悩んでいると前方から木の枝を持った村の若者達の代表で一番騒いでた奴が振り回しながらこちらにやってくる。


 太助と同じようにテルルがいる場所に飛び込んだ若者は木の枝を振りながらテルルを庇う動きを始める。


 正直、あのまま遠くから見守ってるだけだと太助も思っていたから驚いていたがテルルの驚きのほうが大きいようだ。


 若者は振り返ってテルルに頭を下げる。


「すまない、お嬢ちゃんが言ってた通りに任せるべきだった!」

「い、いえ、済んだ事はもう……」

「いいや! 悪かったのは俺達だ!」


 テルルの言葉に反応をしたのは残る若者達が駆け寄ってくる。薪を持っているモノもいれば、最初の若者のように木の枝、中には自分が着ていた上着を振り回しながら参戦してくる。


 口々に詫びを言ってくる若者達を見つめるテルルの瞳に涙が浮かぶ。


 そんな様子を見て安堵する太助の隣に向かってくる人影に気付いて目を向けると魔女ルックの魔女ギルドの面々であった。


「そこのチンチクリン、 テルルって言ったわね、ここの魔法陣の文字、間違ってるわよ!」

「えっ? みゅうぅ……本当ですぅ!!」


 テルルが描いた魔法陣のある一点を指差す魔女ギルドの代表ミントリ―が明後日に目を向けながら言ってくる。


 戻って直そうとするテルルを止めるミントリ―は指差した場所に自分の箒の柄の先を当てる。


「ここは私達が直しておくわ。貴方はそのまま描き続けなさい。私達は逆から行くから!」

「はいぃぃ!」


 せっせと描き始めるテルルを横目に太助は少し意地悪な気分になってミントリ―に話しかける。


「君達は謝らないのかい?」

「不躾な殿方ですわね……後で謝るわよ……私に不躾にした詫びに一緒に同席しなさい」


 ミントリ―の照れた様子に笑みを浮かべた太助が「了解!」と告げる。


 太助は辺りを見渡し、奮闘するみんなを見て叫ぶ。


「さあ、一気に片付けるぞ!!」


 太助の言葉に気合いの入った返事が響く。


 これは無事終わる、と確信した太助の予想を違わず、10分後、太助の周りには大の字に倒れるテルル達の姿があり、村の被害は最小限に収められた。

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