第19話 特別依頼

 泣くテルルから時間をかけて漸く分かった事はテルルが受けていた依頼が他のコミュニティメンバーとバッティングしたようだ。

 最初に依頼を受けていたのはテルルで3日前から仕事をしていた。当然、優先権を主張出来る立場であるから問題がないように見えるがややこしい事になっていた。


 後から来た者達がテルルと話をつけずに勝手に依頼を遂行してしまった。しかも、テルルが3日かかって終わってない事をたった1日でやってしまったので依頼人が報酬は後から来た者に払うと言い出した。


 しかし、冒険者ギルドとして、今回のような事を認めると前例になり取り締まるのが大変になるうえ、冒険者ギルドの存在価値が問われる事は必至なので各々の代表者を呼び出しという事になったようだ。


「酷いのだ! テルル、ガッツンと言ってやればいいのだ!」

「テルル姉ちゃん、可哀想デシ……」

「確かに相手のやり口は気に入らないけど、仕事が満足に出来てないアンタも悪いんじゃない? 冒険者って実力主義なんでしょ?」

「ち、違うんです! これはちゃんと理由があって……確かに私の仕事が遅いのは違わないんですけどぅ……」


 ワタワタと説明しようとするテルルを見て、ちょっと言い過ぎたかと思ったらしいカリーナであったが、引き下がり時を見失ったようで虚勢を張って胸を張る。


 負けないとばかりにカリーナの顔を見つめ返していたテルルであったが気の弱いところがあるせいか自然と視線が下がり、年相応に育っている胸を見つめた後、平坦な自分の胸に手を当てるとシクシクと悲しげに涙を流し始める。


 太助にテルルの現状の心境は理解出来てるとは思えないが頭を撫でながら目線を合わせる。


「とりあえず、冒険者ギルドに行こうか。相手側を待たせるのはいいけど、間に立つ冒険者ギルドに迷惑がかかるからね?」

「みゅぅぅ……はいです」


 そう言った太助は残った昼食を掻っ込むように食べ終え、カリーナ達に目を向ける。


「じゃ、俺は冒険者ギルドに行ってくるよ。昼からは……」

「いいわよ、アンタがいなくても練習するから!」

「……ティカ、リン。カリーナの先生を頑張ってね?」


 なっ!? と驚きの表情を浮かべるカリーナに苦笑する太助の太股を叩く幼女が2人。


「お任せデシ! タスケ兄ちゃんのお願い叶えるデシ!」

「ふっふふ、さあ、ティカ先生と呼ぶのだ」


 意気込む2人の隣に当然のような顔をして澄まし顔をするタヌキの姿もある。


 口をパクパクさせて、頬を紅潮させるカリーナは太助に指を突き付けて言う。


「み、見てなさいよ! アンタが帰る頃には急成長したカリーナちゃんを見て驚き過ぎて足腰がガクガクするわよ!」


 言った後で、たかが石投げである事を思い出したらしいカリーナは混乱の極みに陥ったらしく目をグルグルと廻す。


 そんなテンパリ気味な様子が面白くてクスッと小さく笑う太助。


「楽しみにしてるね? じゃ、行ってきます」


 残る3人にそう言って手を振ると太助は落ち込みが継続中だったテルルの手を取って歩き始める。


「――ッ!」

「はぅはぅ……みゅうぅぅ~」


 意識をせずにした太助の行動に絶句するカリーナと一気に顔中を赤面させたテルルはブレーカーが落ちるように目を廻して引っ繰り返る。


 慌てて抱き止めるとすぐに目を覚ましたテルルが飛び跳ねるようにして太助から離れると奇声を上げて家を飛び出す。


 それを茫然と見送った太助が訳が分からないとばかりに首を傾げていると不機嫌そうな声音でカリーナが言ってくる。


「アンタ、本気で分かってないようね?」

「えっ!? カリーナは分かるのかい?」


 聞き返す太助に可愛い笑顔を向けるカリーナ。


「色んな意味で一回、死ねばいいと思うわ」


 言われた太助が「えええっ!」と声を上げて理由を問おうとするがイヌを追い払うように手でシッシッとされて項垂れながらテルルを追うように家を後にした。





 家を出た太助とテルルは並んで歩いて冒険者ギルドへ向かっていた。


 あの後、家を飛び出したテルルは太助と一定の距離を保ち、警戒心を露わす行動に太助もほとほと困らされた。


 その様が子リスのように見えたのでしばらく静観したい気持ちに駆られた太助であったがこの後にする予定を思い、こうなった事情が分からないのでひたすらに平謝りをした。


 長い戦い、太助がそう思っているだけだが、5分もかからずにテルルが冷静になって落ち着いてくれて今に至る。


 などと馬鹿な事をしていて気付けば、ちゃんとした説明も受けずに冒険者ギルドに到着してしまった。


 思わず、冒険者ギルド前で足を止めた太助に気付いたテルルが振り返る。


 本来ならここに至るまでに話をして状況を確認しようとしてたので、入る前にする予定だった話をしようとしたが先に冒険者ギルドの入口から金髪の大男が現れる。


「タスケ、やっときたか。相手さんがだいぶ痺れを切らしているぞ」

「ら、ラルクさん? 結構、待たせてるのかな? でも、まだテルルから詳しい話を……」


 姿を現したのは北川コミュニティ代表代理のラルクであった。


 ラルクとテルルに挟まれるようにワタワタする太助にラルクは近寄ると拳を優しく握り、その拳を太助の胸、心臓の位置にソッと触れるように当てる。


「いらないだろう? こういう時、コミュニティの代表には求められるものがある。当然、受け継いできている、俺も、お前もな」

「何の話ですか?」


 そう言ってすれ違おうとするラルクの背に太助が問いかける。だが、ラルクは振り返らずに後ろ手で振りながら言ってくる。


「タスケ、難しく考えるな。ただ、取り繕わずに信じるだけだろう?」

「ラルクさん……」


 その後ろ姿を見つめていた太助を冒険者ギルドの入口から呼ぶ困った顔をした受付嬢に呼ばれ、ラルクに後ろ髪を引かれる思いを振り切ってテルルと共に建物の中へと入って行った。



 中に入ると村の青年達らしき者達とテルルよりも上等そうな魔女ルックの女性達、合わせて10名程の姿があった。


 入ってきた太助に視線を集中し、太助の後ろにいるテルルに気付くと魔女ルックの女性達が侮蔑な視線をぶつけてくる。


 女性達が何かを言いかけようとしたタイミングに合わせたかのようにミラーが割って入る。


「役者は集まりましたね? では始めましょうか」

「待ちなさい。遅れてきたのに謝罪もなしになさるつもり?」


 その言葉を目の前の黒、いや紫色の長い髪をした容姿は良いが無駄に気位が高そうな魔女ルックの女性達の先頭に立つ20前後の女が不機嫌そうにテルルを睨みつけて言ってくる。


 もしかしたら、交渉のイニシアチブを取ろうとしてるだけかもしれないがその女を見つめる太助は僅かにあった待たせた事に対する申し訳なさが霧散した。


 紫の髪をした女の視線からテルルを守るように自然に視線の矢面に立つ太助を見てミラーは嘆息すると何も分かってない紫の色の髪をした女に言う。


「ミントリ―、貴方が魔女ギルドの代表だから軽く見られない為に……と善意的に解釈してあげますが、呼び出した側である以上、待たされるの道理でしょう?」


 ミラーに流し目をされながら微笑されてミントリ―はビクッと体を震わせる。


 それを見た太助もミントリ―に少々、怒りを覚えていたが背筋に氷を放り込まれたように背筋が伸びる。


 太助は知っていた。あのミラーが普通の人が何気なくしそうな表情をする時は怒っている時である事を……


「か、関係ないわ! 依頼人がこっちを支持してる。冒険者ギルドが話し合いというから仕方がなく……」

「そうですね。確かに話し合いを提示しました。依頼人が支持していなければ一発処罰対象であるミントリ―、魔女ギルドの解散の危機ですが、仕方がなくドラゴンテイルに御足労を願いましたですよ」


 ミラーに放たれた言葉に恐れを感じたミントリ―を見てホッとする。公平である冒険者ギルドとしての立ち位置をミラーが示してくれた事に心から安堵する。


 それと先程から魔女ギルドとは言っているが決して冒険者ギルドと対等の関係ではない。

 何故なら、魔女ギルドというのはコミュニティ名で太助のドラゴンテイルと同じであった。まあ、規模は太助のような零細コミュニティとは大きな違いはあるが……


 魔女ギルドは亜人である魔女だけで構成されたコミュニティである。魔女同士の互助組織といって間違いはないが酷く排他的な集まりであった。


 全ての頂点にいるのが魔女であると本気で信じているような集団と言えば分かりやすいだろうか?


 以前に雄一に絶賛求婚中のあちらの世界の女の元魔王、ロゼッタから魔女の事を聞かされた事を思い出す。


「なかなか言う事を聞かないクセに男共に追い込まれると当然のように助けを求めてくるから何度、見捨てようかと思ったか分からないわ……それと、タスケ。私の事はお婆様と……」


 最後のは余談だと忘れる太助は協調性がなく他のコミュニティと歩調を合わせない魔女ギルドとまともに接したが本当にロゼッタの称した種族のようだと溜息を洩らす。


 魔女といえばテルルしか知らなかった太助は何故か裏切られた気分になりながらミラーとミントリ―のやり取りを眺める。


 一度はテルルもその門戸を叩いた事がある訳であるが今はこうしてドラゴンテイルに所属していた。

 本当にテルルが魔女ギルドに行かなくて良かったと思う太助であった。


「待ってくれ! 依頼料を払うのは俺達だ。俺達の要望が全てじゃないか!」

「確かに依頼料を払うのは貴方達です。しかし、私達、冒険者ギルドを仲介している以上、守って頂かないといけない決まりがあるというのですよ」


 そんなやり取りを繰り返している男達の集団で浮いていた老人が太助、ではなくテルルの下にやってくると静かに頭を下げる。


「済まない。お嬢ちゃんはワシ等、年寄り達の言葉を信じて行動してくれただけなのに……本当に済まない」

「それはどういう事なんですか?」


 太助は近寄ってきた老人に問いかける。


 そして、老人は村長と名乗り、テルルにした説明をして貰い、納得したように頷く。


 漸く、太助は今回の騒動の全容を理解した。


「村長の仰る通りの方法が正しいです。俺も以前、冒険者だった時に失敗した奴等を見た事があります。間違いの手段、完全駆除をしようとしたりすると……」

「それをあの魔女達がした。ワシが名前だけの村長でなく皆を言い聞かせられたら良かったんじゃが……」


 ワタワタと焦る素振りを見せる村長を見て太助は片手で顔を覆う。


 村長も分かっている。もうここでチンタラと話し合いをしてる場合じゃないという事に。


 太助の態度を見てウルウルと涙を瞳に溜めるテルルがいるのに気付くと頭を抱くようしてやる。


「大丈夫、テルルは何も間違ってない」

「ま、マスター……」


 ヨシヨシと頭を撫でて落ち着かせてる背後ではミラーの声音に変化があった。


「ホシテントウムシを完全駆除をしたと言いましたか?」

「ああ、俺達が依頼したのは大量に発生したホシテントウムシの駆除だから達成したのは魔女ギルドのミントリ―さんだ」


 依頼人の男に言われて自慢げに胸を張るミントリ―を見て頭を抱えるミラーは大きく溜息を零す。


 すぐに気持ちの切り替えをしたミラーが背後にいた受付嬢に何かを伝えると慌てた様子で受付嬢が奥へと消える。


 ミラーの様子を見て、戸惑う様子を見せる男達と魔女ギルドの面子達。


 恐る恐るミラーに事情説明を求める男達と魔女ギルドを無視してミラーは太助をジッと見つめる。


「タスケ君。ドラゴンテイルの代表である君に冒険者ギルドから特別依頼を指名します。受けて頂けますか?」

「ええ、勿論です」


 そう言う太助は傍にいるテルルと村長に頷いてみせると冒険者ギルドを早速出ようとする。


 振り返るとテルルと村長は太助に着いて来ているが青年達と魔女ギルドはキョトンとした顔をして見つめて動いてはいなかった。


 そんな奴等に苛立ちが募り始めた太助が低い声で告げる。


「さっさと着いてこい。アンタ達がしでかした結果を見せてやる。いかに無知で無能なのかをな」

「な、零細コミュニティの分際で!」

「依頼人に向かって何様だっ!」


 後ろで他にも色々言っているが太助は無視して村長とテルルの案内を受けて、村を目指してダンガを後にした。

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