第18話 気になる3人組は常連さん

 昼食をロスワイゼに作って貰う為に家の入口とは逆の裏手に向かう。


 裏手にいくと温かみがある作りといえば聞こえはいいが手作り感が前面に出た店、喫茶店がある。実際に太助とロスワイゼの2人でリフォームしたから当然ではあった。


 コミュニティの裏方仕事をするロスワイゼは家事と土地と建物だけ広いドラゴンテイルコミュニティの敷地を使って喫茶店を営業していた。


 しかし、お昼時だというのに喫茶店の中には人の姿がまばらにあるだけである。


「こんな僻地にわざわざ来てくれるお客さんがいるだけでも凄いんだけどね?」


 苦笑いを浮かべる太助はゆっくりと店に近寄る。


 こんな南門傍で通り道に使う者も碌にいない、辺りに住んでいる人もほとんどいない店に来てくれる人がいるだけでも凄い事であった。


 それなのに来てくれる客がいるという理由は2つある。


 1つは、ロスワイゼの出す料理がダンガにある店の中で5本指に入る美味しいと評判である為であった。

 勿論、評判だけでなく味は本物で、コミュニティ創設時メンバーであるロスワイゼは訳あって冒険者になれなかったので5年前に雄一に料理指導を1年、叩き込まれた過去があった。


 雄一の直接の指導を受けた料理屋、『喫茶のーひっと』、『王様のレストラン』、そしてロスワイゼが経営する『軽食処 三代目』である。


 ドアの上に掲げられている看板を見て溜息を零す太助。


「今から思えばうま過ぎる話だと気付くべきだったよ……」


 店を作った4年前に宣伝を冒険者ギルドでしていいかとミラーに許可を取りにいった。


 その時、ミラーは「もっと良い方法がありますよ。私にお任せください」と自信ありげに頷くのを見て感謝して太助はお願いした。

 しかも、開店祝いにミラーが実費で看板製作までしてくれると言われ、太助は本当に喜んだ。


 だが、その判断が間違いであった。


 太助は店が開けると浮かれていたので見逃してしまっていたのだ。自信ありげに頷くミラーの口許が悪魔的に喜んでいる事に……


 そして、本来は『ルイーダ』という名前だったのだが、気付けば『軽食処 三代目』と周りに認知されており、届いた看板を見て犯人を初めて知る太助であった。


 しかも、看板は職人が気合いを入れて作ったと思わせる無駄に良い出来だった。


 手渡してきた職人が「どうでぇ?」と嬉しげに鼻の下を指で擦りながら言ってきたものだから突き返す事も出来ずに今日に至っている。


「確かにミラーさんの宣伝でお客が来てくれているし、固定客も出来て助かったんだけど……」


 最初のうちは赤字経営を覚悟していたが初っ端から黒字スタートで、今も大きな利益はないが日銭が稼げる程度にはお客がやって来てくれている。


 本当は文句を沢山言いたいところだが、感謝して頭を下げるしかない太助であった。


 味は確かだが、こんな僻地の店にやってくるのはノンビリしたい者や、他の食事処が混み過ぎててやってくる者、そして……


 太助はドアを開ける。


「ロス姉、俺達のお昼を作って欲しいんだけど?」

「分かったわ、ティカちゃん、リンちゃん、カリーナちゃん、タスケちゃんの4人分でいいのよねぇ?」


 中に入るとタンクトップにエプロンという只でさえスタイルが良いロスワイゼがするものだから男であればある一点に目が引き寄せられる姿で出迎えてくれる。


 そんなロスワイゼをカウンターで軽薄そうにヘラヘラと笑う金髪をオールバックにした男に手を握られていたが、太助の頼みを了承すると淀みない流れで手を抜きとり、奥の厨房に姿を消す。


 あっさりと振り払われた30歳ぐらいの金髪の男は分かりやすい程、肩を落として落ち込んだように見えたがすぐに復帰すると太助に詰め寄ってくる。


「やいやい、もうちょっとでロスちゃんを口説けそうだったのにどうしてくれるんだい、タスケ君!?」

「あはは、こんにちは、シロウさん」


 怒り心頭とばかりに詰め寄ろうとする安物の皮鎧を着込む金髪の男、シロウが太助の胸倉を掴もうとしたところでシロウの隣に座っていた剣胴着を着た色素の薄い栗色の髪をした男が剣の柄でシロウの鳩尾を打ち抜く。


「げふぅ……何するの?」


 そう言うとお腹を押さえて蹲るシロウを見て苦笑いを浮かべた太助は、鳩尾を打ち抜いた耳にエルフの特徴が少し出ている男に向かって頭を下げる。


「こんにちは、テッシさん。助かりました」

「悪いのはシロウだ。気にするな」


 そう言うとカウンターに置かれた緑茶を啜るように飲んで口許が優しげに緩める。


 テッシ、太助にとって兄弟子と言える存在でテツとティファーニアの間の子供でもある。


 落ち着けて、緑茶が出る店という事で好んで利用してくれる上客である。


 シロウ達は『軽食処 三代目』の常連客である。


 ダンガに居る時はいつも3人でこの店に入り浸っている。


 シロウ、テッシ、そしてもう一人が……


 店に設置されているトイレのドアが開き、そこから白のワイシャツに黒のベストがスタイリッシュに着こなしたベレー帽を被った痩身痩躯の眼鏡をかけた男が現れる。


 口に咥えていたハンカチで手を拭く痩身痩躯の男は床で蹲るシロウを見て肩を竦めて太助とテッシを交互に見つめる。


「いつものですか?」

「ああ、いつものだ」


 身も蓋もない事を言ってのける痩身痩躯の男の眼鏡の奥にある糸目の目が楽しげにした。


 同意も否定も出来ない太助はとりあえず笑っておく事にする。


 痩身痩躯の男が太助を見て思い出したかのように言ってくる。


「そういえば、兄がタスケ君に個人的に頼みたい事があると言っているので良ければ……」

「はい、俺で出来る事なら任せてください、エビンさん」


 快諾する太助に感謝するように頷く痩身痩躯の男、エビン。


 エビンは世界一と言っても過言ではない王都を拠点にするエイビス商会の次男坊である。

 長男ではないからと言って商会を兄のジイビスに任せて放蕩しているらしい。


 噂ではジイビスに引けを取らない商才があると言われているが本当の所は不明であった。


 そして、エビンがカウンターに置かれているコーヒーを美味しそうに飲み始めた頃、ロスワイゼが戻ってくる。


「タスケちゃん、家のテーブルに用意したから、もう食べられるわよ?」

「有難う、ロス姉」

「他に欲しいモノがあったら何でも言ってね?」


 そうロスワイゼが言った瞬間、死に体であったシロウが復活すると両手でロスワイゼの手を優しく包むようにして唇を尖らせて目を瞑って近寄り始める。


「俺が欲しいのはロスちゃんの熱いキッスぅ!」


 まさに危険な状況であるがロスワイゼは勿論、他の客達もびっくりする様子がない。


 そんななか、煙草を咥えて火を付けたエビンが流れる動きで鉄製のお盆をロスワイゼに手渡すと裏拳する要領でシロウの顔に叩きつける。


 バンと鈍い音をさせ、シロウは真後ろに引っ繰り返る。


「じゃ、そろそろ、仕事に行きますか」

「そうだな、美味かったぞ、ロスワイゼ」


 そう言いながらテッシはカウンターに代金を置き、エビンは目を廻しているシロウの襟首を掴んで引っ張る。


 その背中を見送るロスワイゼが明るい声で「有難うございました。またのご来店をお待ちしてますぅ」と言っているのを眺める太助。


 お辞儀をするロスワイゼになんとなしに聞く。


「そういえば、シロウさん達の仕事って何だろう?」

「さあぁ? 少なくともテッシさんは冒険者は辞めたわよねぇ?」


 色々と謎ばかりの3人組ではあるが、ロスワイゼの美貌に釣られたシロウに巻き込まれる形で『軽食処 三代目』の常連として黒字経営を支える一助となっていた。





 ロスワイゼが昼食を用意してくれたという事をカリーナ達に伝えて家に戻って昼食を始めた。


 食べながら、カリーナの練習はティカ達がいるから大丈夫だろうと思い、ポーションの在庫作りをしようと心に決める。


 そして、食べ始めてしばらくした時、玄関から人の気配がしたと気付いた太助がそちらに意識を向けていると姿を現したのは魔女ルックの箒を抱えるようにしたテルルであった。


「ま、マスター……」

「ど、どうしたんだ?」


 上ずった声音で言ってくるテルルを見て太助達は顔を見合わせて近寄る。


 エメラルドのような色を称える大きな瞳に涙を浮かべる。


 大きな問題が発生したのかと目線を合わせるようにして生唾を飲み込む太助の胸倉に縋りつくテルル。


「マスターを冒険者ギルドに……ごめんなさい……びえぇぇぇん」


 太助の胸元に顔を埋めて泣き始めたテルルの頭を撫でながら太助は思う。


 事情は分からないが、ポーション作りは延期だと。


 零細コミュニティの代表、太助は毎日、大忙しであった。

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