第9話 面倒な奴がお好き

 太助がカリーナに八つ当たりの逆切れをされて泣かされている頃、遠く離れた位置にある高い建物の屋根から見つめる視線が3つあった。


 そこにいたのは梓を鞘に戻して、ゆっくりと息を吐く事で動から静へと切り替えを計るテツとそのテツが姉と呼ぶ2人のうちの1人で太助の祖母、ホーラが不味そうに煙草を咥えて足下で転がるモノを踏み抜く。


「ギャッ!」

「煩いさ。まったくアンタは何度アタイに踏まれたら気が済むさ? まさか、そういう趣味とか?」


 ホーラの足下には装飾華美な黒のスーツを着た顔色の悪い男、ディンガの父、レヴァティーンであった。


 何やらレヴァティーンは言いたげであるがホーラに頬を踏まれて声が出せないらしく憎々しくホーラを睨むだけである。


 喋りたいのならホーラの足をどかそうとすれば良いように思うが触るだけで顎を砕こうと踏み抜こうとするのを過去に何度となく体験させられ、実際に砕かれた事もあるレヴァティーンは耐える。


 トトランタと亜人の世界が繋がって以降、数十年、何度となく攻め込んできた女神に擁護されてきた男達が主体の国の者達。


 その度に雄一は言うまでもなく、テツ、ホーラを中心に手加減されて死人も出さないように調整されるほどの実力差を見せつけられても挑み続けていた。


 最近は、ホーラ達は余程の事以外では手を出したりはしなくなった。別に戦うのが難しくなったという訳ではなく、後進達の成長の邪魔にならない為である。


 だが、今回は同じ世代同士の喧嘩、太助とディンガ達だけの間で決着を着けるべき問題に親が出てきたのでテツとホーラが出張ったという流れであった。


 レヴァティーンは、今回の事でホーラとテツの力が未だ健在である事を骨身に刻まれたであろう。


「まったくガキの喧嘩に親が出ていってどうするさ? なんでアタイがアンタの躾させられてるやら……お母さんじゃないさ?」


 呆れるように紫煙を吐き出すホーラを見つめるレヴァティーンの瞳は言っていた。


『こんな母親は願い下げだ!』


 その気持ちに気付いたのはどうやらテツだけのようで苦笑しているとホーラに見咎められる。


「何を笑ってるさ? 暇なら、このゴミを捨ててきな」


 顔から足をどけると立ち上がる隙を与えずに腹を蹴っ飛ばしてテツに渡す。


 テツにぶつかるように飛んだレヴァティーンをかわすようにして襟首を掴んで持ち上げる。


「ホーラ姉さん、もうちょっと手加減してもいいんじゃないですか?」

「もっと強いぐらいでもいいさ。本当にこいつ等は相変わらず懲りないからねぇ」


 太助を鍛えた時は、という話が始まり出したので長くなると判断したテツは苦笑してその場を離れ始める。


 テツは思う。


 確かに太助を鍛えるホーラの加減を考えればレヴァティーンにした動けなくする攻撃ですら撫でた程度である事をテツは良く知っていた。


 振り返り、太助の周りで楽しそうに跳ねるティカとリンを見て目を細める。


「タスケ、君は本当に良く死ななかったね?」


 ある意味、尊敬に値すると思うテツは子供の時に鍛えた相手が雄一であった事の幸せを噛み締める。


 テツは被り振ってその先の事を思い出すのを止める。


 ここに居続けてホーラの昔話に付き合わされたら長くなる事を嫌という程に体験してきているからであった。


 逃げるように去るテツに苛立ちを感じたらしいホーラが眉間に皺を作って紫煙を吐き出す。


「何十年、経っても不味いさ?」

「しょうがないだろ? お前が無茶した結果がそれなんだからな」


 ホーラに気配を感じさせずに声をかけてきた人物に慌てた様子も見せずに振り返る。


 トトランタで上から数えた方が早い強者であるホーラが気配を掴めない相手など片手で足りる。


 しかも、ダンガにいそうな人物となるとホーラは1人しか心当たりがなかった為であった。


「そのお小言は聞き飽きたさ、ユウ」

「まったく、都合の悪い事は聞かないのはいくつになっても変わらないな」


 ホーラにそっぽ向かれた黒髪の大男、雄一は肩に載せている金髪で空色の瞳をする4歳ぐらいの家に住む元祖、駄女神に瓜二つの幼女に苦笑いを浮かべる。


 そっぽ向くホーラを呆れるように見つめる金髪の幼女は足をバタバタさせてぼやく。


「ホーラ、年を考えるのじゃ。少しは落ち着いても良いじゃろう?」

「うっさいさ、アカ。アンタも見た目と喋り方がギャップをなんとかしな。あのアホ毛と一緒の顔してるからやり難いさ」


 ガンと飛ばし合いが始まり、間に挟まれるようにする雄一は困ったように頭を掻く。


「しょうがないじゃろ? 我のほうがあの馬鹿より年長じゃ!」

「そうかい? 年長の割に甘いモノに対する執着は良い勝負してるさ?」


 甘い食べ物に目がない事をちょっとテレがあるアカはホーラに痛いところを突かれて頬を朱に染め上げる。


 プルプルと握られた紅葉のような手に黒い炎を宿らせ、剣呑な視線をホーラに向ける。


「少しばかり、年長者として躾てやろうかのぉ?」

「上等さ、かかってきな?」


 ホーラも懐から投げナイフを十本ほど取り出して扇状にして後方に飛んで臨戦態勢になるのを見て雄一が慌てる。


「ちょ、ちょっと待て、ホーラ、太助が頑張った事を無駄にする気か? アカも一万の軍勢をあっちの世界に吹き飛ばす力を久しぶりに使って高揚してないか?」


 とりあえず落ち着けと暴れ馬にするようにドウドウと言うが余計に怒りに燃料を注いだがその矛先が変わる。


「アタイは馬じゃないさ!」

「お主にも上下関係を叩きこんでやらんといかんようだな?」


 と、まるで呼吸を合わせて待っていたかのようにピッタリのタイミングで雄一の両目に片方ずつに拳を入れる。


 うがぁ! と両目を押さえてその場で転がる雄一に嘆息するホーラとアカ。


 離れた位置でカリーナに踏み抜かれた場所を痛がって足の甲を撫でる孫の太助と目の前で転がり続ける雄一を眺めると先程より深い溜息を零す。


「どうしてユウとタスケはこういう機微が分からないさ? そういや、馬鹿息子もだったさ。ウチの男共は揃いに揃って……」


 転がる雄一とアカを放ってこの場から離れ始めるホーラはテツがしたように太助を振り返って見つめる。


「アタイにはアンタみたいな使い方は出来なかっただろうね……道理でアタイを主に選ばないはずさ」


 太助が冒険者になったと同時にホーラが使い続けていた銃は太助を選んだ。


 仮の契約で結ばれていたホーラから銃に認められた太助と契約がなされた。


「剣でしか戦わなくなったアンタと契約し続ける……まったく矛盾してるさ」


 訳が分からないと肩を竦めようとするがよくよく考えると雄一と契約する巴、テツと契約する梓ですら何を考えて契約したか、未だに理解出来ないと肩を竦める。


 しかし、ホーラの脳裏に確信に近い答えが過る。


「ああ……分かったさ。アイツ等って面倒臭い奴等が好きなんだろうね」


 自分の事を棚に上げて訳知り顔で頷き、スッキリした様子のホーラが紫煙を吐きながらこの場を後にした。

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