第8話 駄女神の絵本
カリーナがトマトを食べ終えるのを見守った直後、ティカとリンはカリーナの手を取って引っ張る。
2人の顔を見れば嫌がらせの類ではなく、純粋に遊び相手を見つけた子供がしそうな楽しそうな顔をしているので苦笑しながらも立ち上がろうとする。
空腹による辛さが当面クリアされてたといえ、さすがに疲労もあるカリーナは立ち上がらされると軽くふらつく。
「ごめん、少し休ませて?」
「あ、ごめんデシ。でも、ここより休むなら向こうの方がいいデシ」
リンがそう言うとティカがカリーナの手を離し、前方にあった小さな花畑の上に向かい到着して振り返るとティカの後を着いてきたタヌキに気付き、両手で抱えて無駄に自慢げに胸を張る。
「こっちにはちっちゃいのが一杯いるのだ。こいつ等がいるところは魔力が安定しやすいのだ!」
「ちっちゃいの? 虫でも沢山いるの?」
ティカの言葉で嫌そうに眉を寄せるカリーナにリンが笑みを浮かべて首を横に振る。
「違うデシ。タスケ兄ちゃんが言ってたデシ。妖精さんって」
「虫で充分なのだ。ティカというスーパー女神の前では等しく全てが虫なのだ!」
ふんっ、と鼻を鳴らすティカに眉を寄せたリンがカリーナの手を引いて花畑に来ると手を離したと同時にティカの頬を引っ張る。
「ボク、虫じゃないデシ! ティカはタスケ兄ちゃんも虫って言うデシ?」
「た、タスケは……そう、カブトムシなのだ!!」
名案だっ! とばかりに表情を明るくするティカであるが結局は虫である事をリンに突っ込まれて「ぐぬぬぅ!」と唸る。
負けん気を発揮したティカがタヌキを手放すと空いた手でリンの頬を抓るティカと取っ組み合いが始まってしまう。
一瞬、慌てる素振りを見せかけたカリーナであったがすぐに破顔させるとその場に座り込む。
ティカとリンにとっては必死なのだろうが、傍目で見てると只のじゃれ合いにしか見えなかった為であった。
2人の取っ組み合いに巻き込まれたら堪らないとばかりに座っているカリーナの膝の上に避難してきたタヌキの背を撫でながら花や辺りを見渡すカリーナが深呼吸のような深い溜息を洩らす。
「本当に楽になった……血を摂取してない辛さが和らぐ」
いくら楽になるとはいえ、やはり血を摂取するのとは大違いで魔力が練れるほど回復する事はなさそうだと今度は本当に溜息を洩らす。
落胆するカリーナの目の前では先程まで取っ組み合いをしてた2人であったが気付けば抱き着きあってゴロゴロと転がるのが楽しいのかキャッキャと楽しそうな声を上げているのを見て柔らかい笑みを浮かべる。
転がるのを見ていたカリーナだったが2人が飽きる前に手持無沙汰になってしまい、何気なく目の前の花を摘み始める。
すると、無意識に指を動かしていき、懐かしい気持ちになりながら無心に手を動かし続けた。
しばらく夢中になっていたらしいカリーナが気付くとティカとリンがカリーナの手元を見つめて口を半開きにしていたのを見てびっくりする。
「ど、どうしたの!?」
「綺麗なのだ……」
「カリーナお姉ちゃん、それは何デシ?」
言われて気付いた風のカリーナが手にしてるものを見て苦笑いをしながらも何かを思い出すような表情を浮かべる。
「花冠って言うの。小さい頃にお母さんに教えて貰ったの」
そう言うと一番、興味を持っていたらしいリンが近くにいたのでソッと頭に載せてやると少しビックリしたようだが、横に居たティカが目を大きく見開き驚く様を見て少し照れたように目を伏せる。
口をへの字にしたティカがその場で寝そべると玩具売り場で良く見かける光景を生み出す。
「リンだけズルイのだ! アタチも欲しいのだ!」
「て、ティカ、落ち着くデシ!?」
「ふっふふ、今から作るから待ってね?」
嬉しそうに花を編み出すカリーナを見て機嫌を戻したティカが詰め寄ると「リンより大きくなのだ!」「はいはい」といった温かい雰囲気が生まれる。
出来た花冠をティカに載せてやると2人は花畑を駆け回る。
それを眺めていたカリーナの膝の上で前足でフミフミしてくるタヌキに気付いて見つめて苦笑する。
「アンタも欲しいの?」
「クルルゥ」
頷く素振りを見せたタヌキに噴き出したカリーナは肩を竦めると再び、花を摘んで編み始めた。
▼
タヌキに首飾り、というより首輪を作った後、静かになっている2人を見ると木の枝を持って何もない地面に突き立てて滑らせるようにしていたのを見て近寄る。
近寄って眺めたカリーナの瞳に映るものに息を飲まされる。
そこにあったのは2人が描く絵でカリーナはその絵に引き込まれそうになった。
決して、2人が描く絵はお世辞にも上手いとは言えない。年相応の拙い絵が描かれていたがそこには温かみがあった。
大きな人の周りには笑顔を浮かべる人が何人か集まっている、そんな特別でも何でもない絵。
それに魅入られたように2人の絵を見つめるカリーナは掻き終えたらしいティカとリンの顔を交互に見つめて問う。
「何を描いたの?」
「家のみんななのだ!」
「そうデシ。これがボクでそれがティカ……」
丁寧に指を指して説明していくリンは「ロスお姉ちゃんにテルルお姉ちゃん……」と続けて、大きな人を指差すと嬉しそうに破顔させるティカとリン。
「タスケ兄ちゃんデシ!」
「タスケなのだ!」
「……本当に大好きなのね」
カリーナが呆れ気味に言うが2人は元気良く頷くので毒気を抜かれたように肩を竦める。
そして、カリーナが最初から実は気にしていた、まだ説明されていない頭の両端から細い何か飛び出すようにして描かれている人物を平静を装って指を指す。
「こ、これは誰?」
「ん? カリーナに決まってるのだ!」
「そうデシ、ボク達はお友達デシ」
2人の言葉を聞いたカリーナが口許を両手で覆って瞳を潤ませる。
思わずといった様子で2人を抱き締めようとしたカリーナの背後から男の声がする。
「良かったな、カリーナ。もしかしなくても初めてのお友達だろ?」
弾けるように立ち上がったカリーナは後ろを振り返る。
そこには傲慢を着て歩くような筋肉しか自慢が出来なさそうな半裸の頭の悪そうな男が10名程の部下を率いていた。
「ベルミン……!」
「おいおい、ベルミン様だろ? 口の利き方を忘れたか?」
凄まれ、反射的に後ろに下がるカリーナの顔色が悪くなる。
カリーナの様子を見たティカとリンが眉尻を上げてベルミンに両手をグルグルと廻して駄々っ子パンチを敢行する。
「カリーナお姉ちゃんを虐めるなデシ!」
「虐めるのは悪者なのだ! タスケがそう言ってたのだ!」
「ちぃ、鬱陶しい!」
そう言うとベルミンは押し出すような蹴りで2人を蹴飛ばす。
体重の軽い2人は転がるようにして吹き飛ばされる。
「ティカ、リン!」
慌てて駆け寄ろうとするが派手に吹き飛ばされたように見えたが本当に転がっただけのようで口をへの字にして泣くのを耐えるようにして半身を起こす2人。
起き上がるのを見たカリーナは恐怖を押して、ベルミンと2人の射線上に立つと両手を広げ、とうせんぼをする。
「2人に酷い事しないで!」
「だから誰に口を利いている!?」
訴えるカリーナに掌を突き付けたベルミンは小さな魔力弾を放つ。
後ろにティカとリンがいる為、逃げれないカリーナは歯を食い縛って耐えるが苦悶の声が漏れる。
「シャアァ!!」
いつの間に忍び寄ったかは誰も気付かなかったがタヌキが横手から飛びかかると突き出していたベルミンの右手に噛みつく。
「こ、このケダモノがっ!」
激昂したベルミンが空いてた左手を握り締めると振り被り、噛みついているタヌキを打ち抜くようにする。
「――――!」
声なき悲鳴を上げたタヌキが弧を描くようにしてティカとリンの目の前に叩きつけられる。
「「タヌキ!!」」
自分達の痛みを忘れたように駆けよるとリンがタヌキを抱き抱える。
抱き抱えてもピクリとも動かないタヌキに慌てた2人が泣き始める。
「タヌキが動かないのだぁ! うわぁぁん」
「ぼ、ボク、どうしたら……ぐすっ、た、タヌキ、動いてデシ!」
泣く2人に苛立ちを感じたベルミンが舌打ちする。
「本気で煩いガキだ。おい、お前等、あのクソガキを始末しろ」
「なっ!?」
ベルミンが命令すると後ろに控えていた部下達が動き出すのを見たカリーナが叫ぶ。
「この子達は関係ないわ! 用があるのは私だけでしょ!?」
「煩いガキは嫌いでな……なんだ、あれは!!」
焦った様子のベルミンの視線の先を追うようにカリーナが振り返る。
声を上げて泣くティカとリンを中心に金色の煌めきが起き、その周りを舞う可視化した精霊が飛び回る幻想的な空間が生まれていた。
いち早く立ち直ったベルミンが叫ぶ。
「あのガキ共が何かする前に殺せ!」
「――ッ! 待って、殺さないで!!」
遅れて我に返ったカリーナが道を塞ごうとした時、部下達の中から悲鳴が上がる。
端末魔を上げて倒れる部下の背後から冒険者風の30代ぐらいの金髪の女が剣を振り下ろした姿で現れる。
「そこのあんた、誰だか知らないけど、早くティカとリンを連れて逃げな!」
助けに入ったのはシャーロットの娘、リセットであった。
そう言ったものの不意を打ったから先手が打てて1人倒す事が出来たが、残った9名に襲いかかられて舌打ちしたリセットは防戦一方になる。
リセットと部下の応酬を見て嘆息したベルミンは大袈裟に肩を竦める。
「使えない部下共だ。仕方がない煩いガキは私が……」
振り返ってティカ達の方向に顔を向けると正面からタックルするように抱き着くカリーナの姿があった。
必死に押そうとしているカリーナであるが力もそうだが、単純な重量の違いからまったく押せてるようには見えない。
「何をしている?」
「やらせない! ティカとリンを守ってみせる!」
更に力を込めようとするが嘆息したベルミンが両手を組むようにして振り上げるとカリーナの無防備な背中に叩きつける。
叩きつけられたカリーナは喀血して蹲る。蹲ったところを更に追い打ちするよう踏みつけられる。
それだけで身動きも取れなくなり、弱々しい呻き声だけになったカリーナをティカとリンの傍に蹴り飛ばす。
「カリーナ!」
「カリーナお姉ちゃん!」
ティカとリンの呼び掛けにも答える余裕もなく、口の中に広がる血の味に顔を顰めながら訴える。
「お願い、ティカとリンは見逃して……」
「クソガキは殺すのは決定事項だ!」
嘲笑うように口の端を上げるベルミンを目尻に涙を浮かべたカリーナが睨むが逆効果で喜ぶように笑みを深める。
倒れて動けないカリーナと、どんどん息が細くなっていくタヌキと交互に見つめた2人が顔をクシャクシャにして大声で泣く。
2人に逃げるように言おうとするカリーナであったが喀血で喉が詰まって上手く声が出せない。
「タスケ――――!!」
「タスケ兄ちゃん!!」
2人にとって最後の砦であり、もっとも頼りにする男、太助の名を口にして天を仰ぐ。
遂にティカとリンに目の前にやってきたベルミンが拳を振り上げる。
「死ね、ガキ共!」
振り下ろそうとするベルミンを睨みつける事と涙を流す事しか出来ない自分が悔しくて更に涙を増量する。
涙で濡れた瞳でベルミンの拳を見つめていると一瞬、ベルミンの背後が何かが光ったと思ったと同時に「ドーン!」という音と共に地面も軽く揺れを感じたカリーナは身を硬くする。
すると、ベルミンがカリーナの視界から消え、背後からバキッという音が鳴る。
恐る恐る振り返ると一本だけあった大木に叩きつけられて木がへし折れ、気絶させられたベルミンがいた。
「2人共、大丈夫か!?」
慌て、そして、どことなく頼りなげにオタオタする少年の声がする。
声がする方向に動きの悪い体を叱咤して向くと泣くティカとリンを抱き締める甚平にズボン姿の黒髪の大男がいた。
「タスケ兄ちゃん、怖かったデシ!」
「遅いのだ! タスケ!!」
安堵した2人がまだ上があったのかと思わされる泣き声を上げる。
黒髪の少年、太助が喀血して苦しそうなカリーナを申し訳なさそうに見る。
「もうちょっとだけ我慢してね?」
そう言うとティカとリンから体を離すと太助の姿が掻き消える。
リセットが引きつけていた部下達が一瞬で無力化されてその場で突っ伏す。
「遅いよ、タスケ」
「すいません、リセ姉さん」
ペコリと頭を下げると再び、ティカとリンの傍に来ると目尻には涙は残るが笑みを浮かべる2人に笑いかける。
何やら一生懸命に太助に訴えようとするが言葉に出来ずにもどかしそうにする2人の頭を撫でると頷く。
ティカとリンの傍に舞うようにあった金の煌めきに掌を広げて両手を突き出す太助。
すると、金の煌めきは太助の両手の上に集まり出し、一冊の本、いや、絵本になると太助はページを捲る。
そこに描かれていたものを見て頷くと優しげに2人に笑いかける。
「2人の気持ちを受け止めたよ」
「タスケちん、いつでも大丈夫だよ」
また新しい子供の声が聞こえたが姿はない事に太助は驚いた様子も見せずに懐から銀色の単発銃を取り出すと天に向けて構える。
構えた銃に絵本が吸い込まれるように消えると太助は引き金を引く。
青い空に放たれた金の軌跡は弾け、そこに現れたのはティカとリンの描いた絵と思われるものが映し出される。
イヌのように見えるが何故かカリーナにはアレがタヌキであると分かってしまう。
そして、逃げる小さな2人、ティカとリンを追うカリーナとそれを見守る太助。
胸が熱くなるのを耐えれずに涙が零れると同時に絵が粒子になって降ってくる。
光の粒子がカリーナの体にもかかると痛みが和らぎ、気付けば身を起こせていた。
ぼぅっと見つめる先では、ゆっくりと銃を降ろして仕舞う太助の目の前でタヌキがティカとリンに駆け寄るのを見て驚く。いつ死んでもおかしくないように見えたタヌキが短時間で全快したのが信じられなかった。
タヌキの無事を喜ぶティカとリンから離れてカリーナに手を差し出してきた太助にカリーナは質問する。
「あ、アンタは何者なの?」
「俺かい? 俺は亜人を互助するコミュニティ、ドラゴンテイルの代表の太助って言うんだ。カリーナ、ドラゴンテイルは君を歓迎するよ」
差し出された手を無意識で掴んだカリーナ。
「本当にアンタって何者?」
同じ質問を繰り返すカリーナに苦笑する太助は困ったように答える。
「うーん、ティカとリンのお兄ちゃん?」
「……なんか、アンタの事、むかつくわ!」
眉間に皺を作り、怒りの感情を持て余すカリーナは無防備な太助の足をかかとで思いっきり踏みつける。
太助は悲鳴を上げて飛び跳ねるのを見たティカとリンも遊びと勘違いして飛び跳ねるのを見て、眉間の皺を維持出来ずに自然な笑みをカリーナは浮かべた。
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