第7話 小さなキッカケでいい

 ダンガの西門を抜けた先、数キロ行った所に50名程の色んな種族、いや、亜人と呼ばれる存在が集まっていた。


 整列して前を見据えるようにして見つめる先には燕尾服より紳士服というのがイメージが近い服装をする青白い顔をする若い男がいた。


 その若い男は太助に蹴り飛ばされた者であったが蹴られた形跡はこの短時間で綺麗に治っており、見た目と回復能力から判断して吸血鬼の特徴を色強く持っている。


 若い男は「聞け!」と横に腕を振ってみせる。


「我らは数十年、苦渋の飲まされ続けた。全ては怨敵、ユウイチ……そう、半神半霊のあの男、たった1人にだ!」


 若い男に整列する男達が「そうだ、そうだ!」と叫ぶのを悦に入った表情で見つめてゆっくりと手で制するようにして黙らせる。


「いつか一矢報いると思っていたところ、私の子を孕ませる予定だった女がこちらに逃げた。初めは腹が立った。しかし、これは好機と判断した。自分の女を捜す大義名分で女を追いながら、こちらでちょっかいを出せばユウイチがどうするかを見る事にしたところ……ヤツは動かなかった」


 若い男がニヤリと笑うのを見た男達は雄一を馬鹿にするように嘲笑い始める。


 それに気分を良くした若い男は両手を広げるようにして続ける。


「正確に言うならヤツ、ユウイチはダンガにいなかったのだ。それは今日、確認した……いない、この時が復讐のチャンスだ。父、四天王レヴァティーンも一万の軍勢を引き連れて来てくれる」


 四天王が来てくれると鬨の声をあげる男達の声に酔ったように見渡す最後のシメを口にする。


「皆の者、レヴァティーンの息子である私、ディンガに力を貸せ!」


 さあ、こい、とばかり男達の称賛の声を両手を広げて待とうとした若い男、ディンガとそれに合わせて声を張ろうとした男達の僅かに生まれた一瞬の静けさを挟むように高めの音で響く拍手が中断させる。


 拍手の出所を慌ててみると男達は訝しげに睨むがディンガは顔を真っ赤にして牙を覗かせる。


「良い演説だったと思うよ。ただ、それが怨恨、しかも逆恨みなうえ、女の子に逃げられるような男の愚痴じゃなかったら、だけどね?」

「き、貴様! あの時の下郎!」


 ディンガが振り返った先にいたのは甚平のような服とズボンを履いた肩にかかる程度の黒髪を後ろで縛る少年、太助がいた。


 呆れる表情を隠さず、ゆっくりとディンガの方に歩き始めると男達がディンガの壁になるように移動する。


 壁が生まれて強気になるディンガを見つめながら言う。


「まったく……ジッちゃんが居ない時にダンガを攻めたからといって何の意味がある? 少なくともジッちゃんに勝つ見込みがないうちは下策でしょ……ああ、本当は逃げた女の子を追う理由が欲しかっただけかい?」

「ふざけるな! アレは私のモノだ! 女など子を産む道具に過ぎん」


 モノという件で太助の目が引き絞られる。


 そこから発する威圧にディンガを始め、男達が息を飲む。


「まあ、発端はどうでもいいんだ。どうして人を殺した。俺が知ってる限り、吸血鬼と言ってもほんの少しの血があれば問題なく、多く摂取しても特に利点はないだろう?」


 太助に問われたディンガは虚勢を張って笑うと喋る、いや、喋ってないと落ち着かない自分を誤魔化すように勿体付けて口にする。


「愚か者め! 弱き者を蹂躙するのが楽しいからに決まっているだろう? 不味い血だったわ」

「そうか、情状酌量の余地なしか……」


 そう言うと太助は腰の所に隠すようにしてる物の柄を掴むと前傾姿勢になる。


 太助を囲むようにしてそれぞれ身構える男達を冷静に見つめる太助にディンガが疑問の声をあげる。


「どうして、そんなに落ち着いている。不意を打ったとはいえ、私に一撃を入れたお前は人としては優秀なのだろうが……この戦力差に絶望しない?」


 50人の部下、そして自分、ディンガを前にしても動じた様子を見せない太助に眉を寄せる。


 腰に添えた手はそのままに前傾姿勢を止めた太助がディンガを見つめ返す。


「俺は師に『諦めない心』を教わった。祖母に『決まり切った』事に抗う覚悟を叩き込まれた。そして……」


 ゆっくりと腰に収めていた柄が木で出来ている小太刀を引き抜くと静かにディンガに突き付ける。


 太助の威圧、いや、覚悟を秘めた瞳に見つめられたディンガだけでなく男達の太助に飲まれる。


「俺は人と亜人が手を取り合える世界があると信じたい。夢物語と言われるかもしれない。気が遠くなる長い年月が必要とするかもしれない。だけど、俺は小さなキッカケでもいい……決めたんだ、5年前にその道を歩くと! ジッちゃんと父さんの背を見て継いだ『貫く意志』、それが折れない内は絶望なんかしない」


 太助は昔、雄一を見て歯痒く思った幼い自分を思い出して苦笑が浮かぶ。


 雄一ほどの力があれば亜人の王を屈服させて言う事を聞かせればいいのに、と何度となく考えた。


 正しい事なのだからその方が良いし、逃げてきた亜人の女性達が救われると思っていた。


 太助の苦笑を余裕の笑みを勘違いしたディンガが無意識に後ずさりながら指を突き付けてくる。


「め、女神様が居ればお前等のような下郎など……」

「そう、ジッちゃんは分かってたんだ。女神とやってた事と変わらないって」


 太助が何を言いたいか分からなかったディンガであったがある事に気付いて顔中に汗を浮かせて「ジッちゃんだと?」と恐れを隠さずに1歩、2歩と太助から遠ざかろうと下がり始めた。


「その黒髪、その顔……ヤツに似ている……お、お前は何者なんだ!」

「俺か? 俺は太助。君達の恨みつらみがある雄一の孫だ……一番、出来の悪い孫さ」


 そう言うと太助は飛び出し、小太刀を取り出すと前面にいる壁になる男達に向かって横に振り抜くようにして半円の弧を描くと後追いするように放電して男達に襲いかかる。


 放電したものを直撃した男達は声なき悲鳴を上げて倒れる。


 一振りで20名程の男達を薙ぎ払った太助を恐怖の視線で見つめるディンガを無視して小太刀を構えるとヒッと悲鳴を上げるが何かを思い出したかのように口の端を上げる。


「そ、そうか、あのユウイチの孫か……さすがと言っておこう。だが、盗み聞きをしてたから知っているだろう? 父が軍を出す。しかもだ、私の腹心がダンガの街に侵入して女を確保に行っている。手段は問わないと命令してな? 分かっているな? 止める事が出来るのは私だけだ」


 急に強気になったディンガと男達がゆっくりと近寄り、「武器を捨てろ」と言ってくるが太助はその言葉を無視して構えて突き出す。


 そうくると思ってなかった太助の行動に尻モチを付いてしまうディンガ。


 口をパクパクさせ、つっかえつっかえになりながらもディンガが言ってくる。


「わ、分かっているのか? わた、私達に勝ったとして……部下が街で暴れたら亜人との手を取り合う未来などこないことに!」

「俺1人がダンガを守ってると思っているのか? 沢山のダンガを愛する者達がいる」


 きっちりと片を付けるとばかりに細く息を吐き始めた時、ダンガの街にキラキラと舞う光の粒子が振り降りるのに気付いた太助の目が細まり、引き締まった表情でディンガを睨みつける。


 太助に睨まれて固まるディンガに告げる。


「ノンビリしてる時間がなくなった。ウチのお姫様達が俺を呼んでいる。殺しはしないから無駄な抵抗は止めろ」


 太助の言葉が切れたと同時にディンガ達の目で追えない速度で斬り込んできた。

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