第6話 三代目は三人目
陽が昇る前からダンガの街を奔走していた太助は陽が昇り始めた町外れの岩に腰をかけながら手にしている手帳と睨めっこをしていた。
「事件現場は全部、廻って見たけど新しい情報はないか……」
分かっている事は全員、血を抜かれ切って失血死という事と現場が同じ場所ではないが路地裏で起こっているという共通点である。
いや、もう1つ共通点はあった。
それは女性ばかりだという事だ。
「ジッちゃんがダンガに来た頃なら危ないとされた路地裏だったけど、今はメインストリートと大差がなくなって気軽に女子供が1人で歩ける道になって久しいしな……」
眉間に皺を寄せる太助はペンで頭をコリコリと掻きながら溜息を吐く。
だから、住人も安心して路地裏の道を使う。本当ならその危険を訴えて使用を禁止したいところだが……
「正体がはっきりしてない段階で話を広げる事は避けたい。やっとダンガだけではあるが積極的に亜人を迫害しなくなりつつあるのに昔に戻す訳には……」
そう、犯人がコイツだ、とはっきりした段階で開示するのであれば犯人本人に嫌悪感が向く。だが、はっきりしてない今、分かっているのが吸血鬼である事だけで開示すれば、対象が曖昧で『亜人が悪い』という発想の流れになる可能性が高い。
太助はそれだけは避けたいと必死に頭の回転を上げる。
ダンガの西門がある先にある空を太助は見つめる。
そこには空間が切り裂かれ、違う世界、亜人とトトランタの住人が呼称する者達が住む世界があった。
亜人達の世界では酷い男尊女卑な世界で男にとって女は物とされ、女の亜人が中心で構成される国はいつも弄ばれるように蹂躙されていた。
それは全て、その世界を作った女神を男達が自分だけを崇める、唯一の女であるというくだらない思いを満足させる為に仕向けた為である。
「亜人の王はジッちゃん達に完敗させられたらしいけど……」
学習しないのか、過去の栄誉が忘れられないのか反省する素振りはないらしい。
時折、調子に乗った奴等がこっちで悪さをしていたらしいが雄一達に圧倒されて強制送還させられていた。
そんな懲りない奴等がいるせいで世界の壁を切り裂かれた事により、逃げるようにやってきた亜人の女性、少女達がトトランタに来てから何十年という月日が流れた。
迫害を受け続けて辛い歴史がある女達が救いを求めてやってきた。
太助は思う。
誰しも幸せになる権利はあると。
しかし、太助には出来る限界がある事を5年前にイヤという程に思い知らされていた。
だから、太助の手の届く範囲の人は助けたいと願う。
落ちつけていた岩から腰を上げて尻に付いた汚れ払うようにして昇り始めている太陽を見つめる。
「足を止めている時間が惜しい」
次の行き先を求めて歩こうとした時、太助の耳に少女の悲鳴を届く。
声がした方向にアタリを付けた太助は土埃を舞わせる走りで駆け始めた。
「建物のせいで廻り道になる。だけど、そんな猶予はなさそうだ……よし!」
頷いた太助は建物の壁を駆け上がるようにして屋根の上に身を躍らせる。
「一直線に行く!」
言葉通りに屋根を伝い、時には空を蹴ってアタリを付けた場所を目指して疾走した。
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アタリを付けた場所近くに来ると2つの気配とその場所から引き攣った悲鳴が聞こえてくる。
「そこか、間に合え!!」
太助は安全も確認せずに気配がある路地裏の上空に身を躍らせると赤い髪をポニーテールしている袴姿の少女に紳士服を着ている若い男が首元に顔を寄せようとしてるのが見える。
このまま滑降していたら間に合わないと判断した太助は口許に手を添えると気合いを入れる。
「ミュウさん直伝『遠吠え』」
ウォン!!
太助の遠吠えが2人に届いた瞬間、いきなり冷水をかけられたように背筋を伸ばして固まる。
一瞬の固まりで時間を稼げたと2人に迫る太助を若い男が見上げてくる。
その行動で更に時間の余裕が生まれた太助が若い男を見つめると口許に見える牙と青白い顔色を見て吸血鬼だと確信する。
男の吸血鬼は青白い顔色で女の吸血鬼は薄化粧をしてるかのような白さという特徴があった。
見上げる若い吸血鬼の顔を蹴り飛ばして赤いポニーテールの少女を左手で抱き寄せるようにして後方に飛ぶ。
「大丈夫かい!?」
太助は赤いポニーテールの少女の首元を急ぎ、確認するが白い肌には傷らしい傷が見当たらない事に安堵すると若い吸血鬼を見ると太助に蹴られて口許から血が出たらしく拭いながら立ち上がるところであった。
「お前がここ最近の事件の首謀者か!」
「に、人間め! この高貴な私の顔をよくも!!」
臨戦態勢に入ろうとした若い吸血鬼であったが、辺りから人の声が増え始めた事に気付いて顔を顰めると身を翻して逃亡を計る。
「覚えておれ! この屈辱は必ず返す!!」
それに返事をせず見つめていた太助であったが若い吸血鬼が背を向けた瞬間、ポケットに手を突っ込んで取り出すと同時に親指で小さな何かを放つ。
若い吸血鬼に向かって飛ぶのを見守った太助は視線を隣で固まったままの赤いポニーテールの少女に向ける。
「もう大丈夫だよ……? あれ、君は……エンティだったっけ?」
どうやら朝の訓練の為に道場を目指していたらしく、確かにこの路地裏を使えば近道だな、と太助は納得する。
目をパチパチさせる太助が見つめると恐怖と太助の遠吠えのショックから立ち直り始めたらしく徐々に眉尻を上げて頬を赤くすると太助を力一杯押し退けようとする。
しかし、体格、体重共に倍近い差がある太助を押し退けられずにエンティが太助の腕から飛び出る形になり躓いてこける。
「な、何をされるんですかっ!! 生まれて11年、お父様以外の男性に抱きよせられた事なかったのに!」
「あ、そうなんだ。ごめんね? それはそうと家のテルルと同じ年なのか、良かったら友達になってあげてね」
倒れたままのエンティに手を差し出すが手を払われて歯を見せて威嚇される。
助けた恩を感じて欲しいとは言わないがどうしてこうも自分に攻撃的なんだろう、と悲しくなりかけるがテツが丸投げした理由にその秘密が隠されてそうだとこっそりと溜息を零す。
エンティは立ち上がると傍に落ちていた木刀を手にすると目をあやしく輝かして太助を半眼で見つめる。
「穢された事実はそのままにしてはおけません……」
「えっと、さすがにそれは大袈裟じゃない? もう少し別のやり様があったかもしれないけど緊急事態だったし?」
ゆっくりと後ずさる太助に合わせてエンティも前に進みながら木刀を振り上げる。
太助はイヤイヤするように首を振る。
「話せば分かると思うんだ」
「問答……無用!」
躊躇なしに木刀を振り下ろすエンティに恐怖した太助が「お助けぇ!!」と情けない声を出して逃亡する。
逃げる太助に「大人しく脳天を叩き割られなさい!」と怖い事を平気に言うエンティに泣かされながら珍妙な早朝鬼ごっこはテツの道場に着くまで続けられた。
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最後まで太助に追い付けずに道場で、はしたないと思いつつもエンティは大の字になって荒い息を必死に整えていた。
エンティ以上に速く走っていた太助は道場の近くでへばって動けなくなってしまったエンティを連れてくると疲れを見せずに道場を飛び出した。
その余裕ぶりに苛立ちを感じていると奥からテツが微笑みながらエンティの傍にやってきた。
テツの前で醜態を晒す事を嫌ったエンティは必死に起き上がると弾む肩を必死に抑えながら正座をしてテツを見上げる。
「タスケにお礼を言ったかい?」
そう聞いてくるテツの言葉に何かを飲み込むようにしたエンティは黙り込んで俯く。
困ったとばかり嘆息するテツはエンティから視線を外して太助が出て行った入口を見る。
「君がタスケに微妙な感情を持て余しているのは分かっているつもりだよ。でも、これとそれを混同するのはどうかな?」
年を経て、色んな子を見てきて、この年齢の子、特に少女は感情と理屈とのバランスを取るのが難しい事をテツは良く分かっている。
自分がこの年頃の時は今ほど平和とは言えずにがむしゃらに戦い、自分を高める事に必死だった。だが、今の平和と言っても過言ではない今だから大事なモノが見えていても素直にそれを受け止めるのが難しい事をテツは経験として知っている。
若いな、とも思うし、羨ましくも思うテツはエンティを目を優しく細めて見つめる。
エンティは手を床板に付けて頭をテツに下げる。
「後日、師匠が仰るようにお礼を言いに行かせて頂きます。しかし……」
「なんだい?」
口を真一文字にしたエンティが顔を上げる。
「ダン様達以降、規制強化されて約40年間で1の冒険者になれた3名の内の1人であるあの人、しかも最年少10歳で達成した神童と言われ、師匠が御子息以外で認められたあの人が、たった1年でそれを返上して……亜人なんかを助けるコミュニティを……」
「エンティ……」
悲しそうに見つめる瞳から逃げるように立ち上がると一礼すると道場から出て行く。
その背を目で追うテツは悲しそうに溜息を洩らす。
瞳を閉じて顔を上に向けるテツはエンティの疑問に答えとして伝える言葉はあるが言うつもりはなかった。
聞かされて知る事ではなく、エンティが自分から知ろうとして受け止めないと本当の意味で理解する事が出来ないと判断したからである。
特にエンティの身の上を知るテツは黙って見守る事を決めていた。
「タスケ、君に頼る情けない師を許して欲しい」
エンティが出て行った入口に背を向けて反対側に向かって歩くテツであったがすぐに振り返る。
振り返った先では煙草を咥えた初老の女性が入口に凭れるようにしてテツを見つめ、テツが気付いたと知ると話しかけてくる。
「ガキの喧嘩にシャシャリ出ようとする無粋な馬鹿がいるようさ。来るかい、テツ?」
「ええ、お供します。お恥ずかしい話ですがヤツ当たり出来る場所を求めてましたので」
微笑むテツが見つめる先の初老の女性は鼻で笑うように煙草をピコっと揺らすと同時に背を向けて道場から出て行く。
テツは梓の名を呼び、腰に収めると出て行く初老の女性を追ってテツも道場を後にした。
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