第5話 ティカとリン、出会う
太助がテツにしごかれた次の日の早朝、リンが目を覚ますといつも一緒に寝ている太助の姿がなく眠い目をこすりながら辺りを見渡す。
「……タスケ兄ちゃんがいないデシ?」
いくら見渡しても隣には大の字になって大きく口を開いて寝るティカの姿以外見当たらない。
小さく欠伸をして可愛らしく首を傾げるリンは隣で気持ち良さそうに寝ているティカを揺すって起こそうとする。
「ティカ、ティカ、タスケ兄ちゃんがいないデシ」
リンに揺すられて「んがぁ?」と声を洩らしたティカが半身を起こして目を擦り、隣でベッドの上で正座するリンを眠そうに見つめる。
見つめられたリンが「タスケ兄ちゃんがいないデシ」と繰り返されて寝ぼけ眼でティカも辺りを見渡す。
「……きっとシッコなのだ……ティカもしたくなってきたのだ」
ブルルと身震いしたティカがンションショとベッドの上でお尻を滑らせるようにして降りるのを見たリンも慌てて一緒に降りる。
眠いらしいティカがふらつきながら歩くのを心配げにワタワタと手を上げて「あ、危ないデシ」と壁にぶつからないかとハラハラして後を追う。
ドアの前にきたティカが足下があやしい状態で両手を突き上げて開けようとするのを見たリンが代わりに背伸びをして開ける。
出た2人はトイレに向かう。
トイレは台所の勝手口を抜けると近道なので通り抜けようとすると朝食の準備をしていたロスワイゼに見つかり、びっくりしたような顔をされる。
「あらあら、2人とも早起きね? どうしたの?」
竈にかけている鍋の状態を見てしばらく放置しても問題ないと判断したロスワイゼが膝を折り、ティカとリンと目線を合わせて「おはよう」と笑みを浮かべる。
2人もロスワイゼに釣られるように挨拶をした後、屈んでいるロスワイゼの腕を掴んで矢継ぎ早に質問する。
「タスケ兄ちゃんがいないデシ」
「そうなのだ、タスケはどこなのだ? ティカはシッコなのだ」
「タスケちゃん? 調べる事があるって言って陽が昇る前に家を出たわよ」
そう言われたティカは不満そうに唇を尖らせ、リンは寂しそうに指を組んで俯く。
様々な反応を見せる2人に微笑を浮かべるロスワイゼは2人の頭を撫でる。
「2人共、そんな顔しないの。タスケちゃんも2人におはようして出かけたかったと思うわよ」
ロスワイゼがそう言うが表情が改善されない2人に苦笑いを洩らす。
肩を竦めるロスワイゼがトイレを我慢してるらしいティカがモジモジしているのを見て首を横に振る。
「ティカちゃん。またタスケちゃんにおトイレさせて貰おうと思ってたでしょ? いい加減、1人でする練習しなくちゃ? 私が付き添ってあげるわ」
「ひ、1人で出来るのだ! ロスワイゼは厳しいから嫌なのだ!」
色々とオシッコ以外のものをお洩らししているティカの背を両手で押してトイレがある方向に歩き始めるロスワイゼが1人の残るリンを振り返る。
「リンちゃんも行く? 行かないなら朝食までだいぶ時間があるから寝直してもいいのよ?」
そう言われたリンは少し考える素振りを見せた後、顔を横に振る。
「もう眠くないデシ。顔をばしゃばしゃしてくるデシ」
「そうお? だったら、そこにある手拭を使っていいわよ」
ロスワイゼが椅子にかけるようにしている手拭を指差すと嫌がるティカの背を押しながらトイレに向かって歩き出した。
2人を見送ったリンは素直に手拭を手にするとボソッと呟く。
「タスケ兄ちゃんがいないとつまんないデシ……」
可愛らしい口で零した溜息を台所に残してリンは顔を洗いにトイレとは違う方向にある冷たい水がコンコンと湧く洗い場へと向かった。
▼
しばらくの時間が経ち、朝食が済み、テルルが冒険者ギルドへと出て行くのを見送ったティカとリンは少し遅い時間になったが日課の市場に散歩に出ていた。
この習慣は本来、朝食前に鍛錬をして帰ってくる太助を待つ暇潰しに2人が市場でウロウロするようになって生まれた日課だったりする。
雨の日以外は毎日行われている習慣だったのでしないと気持ち悪さを感じた2人が短い歩幅を目一杯広げて市場を練り歩いていた。
市場の人達に手を振られ、笑みを振り撒く2人は市場のちょっとしたアイドルのような人気者である。
頭を撫でられたり、売り物をお土産に持っていけとばかりに手渡しされたりしていた。
いつもなら太助と合流して家に帰る流れだが、そうでない今日は家に帰らず寄り道をする事にしたらしく、普段なら通らない路地裏を探検しようと騒ぐティカに不安そうに手を引かれるリンの姿があった。
危険な行為に思われるかもしれないがそうでもない。
一般的に路地裏は治安が悪いと考えるのは間違いない。決して思い込みという事でなく、人の目が少ない以上、良いとは言えないがダンガに限って言えば、そうでもない。
何十年前とかであれば、ストリートチルドレンやゴロツキがたむろしていたが、今はそんな事はなかった。
近くのメインストリートが主であるが警邏する冒険者は沢山いるし、路地裏に住む人の意識が高くなっているので犯罪臭がしたり、巻き込まれた人を見れば報告するのでそこまで危険はなくなっていた。
むしろ、そんな所にたむろってるのが常習化してる者がいれば職質されている。
だから、ティカ達のような子供達が歩き回った所で道に迷うぐらいの危険ぐらいしかない。
そんな特別危険がない探検をするのを路地裏に面する窓から覗く住人達がティカ達に手を振っていたりする。
ティカ達ぐらいの子供が同じようにするので住人達も慣れっこであった。
ご機嫌そうに鼻歌を歌うティカが後ろで知らない道を歩く事に不安そうにするリンに気付いて市場で貰った赤いものを両手で掲げる。
「怖い事は何もないのだ! アタチ達にはこの伝説のブラッドオーブがあるのだ!」
「ブラッドオーブ? それは只のトマトデシ?」
意気揚々と言ってのけるティカに真面目に答えて首を傾げるリンも自分が貰ったジャガイモを見つめる。
正論を言われて地団太するティカは顔をトマトのようにして食い下がる。
「ち、違うのだ。神聖な女神がこの魔性のブラッドオーブを生み出したのだ!」
「……神か悪魔か、はっきりして欲しいデシ。ティカはどっちでもないデシ!」
リンに女神説すら否定されたティカは「ティカはスーパー女神なのだ!」とリンと小競り合いをしながら路地裏を進む。
ついに路地裏を抜けて拓けた場所、大きな木が1本あるだけで他には何もなく、デコボコの地面で遊ぶには不適切な場所に出る。
しかし、来た事がない場所にやってきたティカとリンは秘境の奥に眠る古都を見つけた探検隊のように瞳を輝かす。
じゃれ合いのような喧嘩をしてたのを忘れたように2人は顔を見合わせると申し合わせたように大きな木を目指して走り出す。
悪い足下に足を取られそうになりながら走る2人の視線の先では1人の少女が木に凭れるようにして座る姿が目に入る。
顔を見合わせた2人が少女に近づくと辛そうに目を瞑っているのを見て、困った顔をしたリンがゆっくりと栗色の髪をツインテールにする少女の肩を揺らす。
「大丈夫デシ?」
リンに揺すられて綺麗な眉を寄せて眉間に皺を作るとゆっくりと目を開ける。そして、ティカとリンに気付いた栗色の髪の少女は弱々しく笑ってみせる。
「……大丈夫よ。悪かったわね、遊び場を占領しちゃって」
ティカとリンに申し訳なさそうにした後、木を支えにして震える手で立ち上がろうとするが腰を上げたところで栗色の髪の少女は力尽きたように腰を降ろして深い息を吐きながら情けなさそうに失笑する。
そして、可愛らしいクゥ~と言うお腹の音を聞いた2人が顔を見合わせるのを見た栗色の髪の少女が薄らと赤面してそっぽ向く。
「お腹が減ってるデシ?」
「おまけにヘロヘロポンなのだ」
「違うわ。寝起きで足下がふらついただけで、さっきの音は……」
再び、クゥ~という可愛らしい音が鳴り響き、黙り込んだ栗色の髪の少女は顔を真っ赤にさせる。
リンはティカに顔を向けて手にしてるトマトを指差す。
「ティカ、トマトをお姉ちゃんにあげるデシ。ボクが貰ったジャガイモはこのままでは食べれないデシ」
「しょうがないのだ。アタチのブラッドストーンをくれてやるのだ」
栗色の髪の少女が「ブラッドストーン?」と首を傾げるのを無視して手渡すティカを見るリンが、
「オーブなのか、ストーンなのかはっきりして欲しい気がするデシ」
と困ったように呟く。
トマトを受け取らされた栗色の髪の少女は齧り付こうとしたがすぐに躊躇したように踏み止まる。
ギリギリの自制心を持ってティカにトマトを返そうとする栗色の髪の少女。
「受け取れないわ。私は何も対価を払えない……」
「いいのだ。きっとタスケならこうするのだ。だから、アタチもこうするのだ」
タスケ? と首を傾げ、ティカとリンを見つめると頷かれる。
「お姉ちゃんも亜人デシ? なんとなく分かるデシ」
リンが自分の頭頂部から出ている蝙蝠の羽根を引っ張ってみせる。
そう言われた栗色の髪の少女は思わずと言った様子で自分の口許を掌で隠す。
「お姉ちゃん、お家がないデシ? リン達のお家に来るデシ。きっとタスケ兄ちゃんは歓迎してくれるデシ!」
「亜人を歓迎してくれる訳がない。その人も亜人?」
栗色の髪の少女の言葉にフィーリングしたようにティカとリンは首を横に振る。
「タスケ兄ちゃんは人間デシ。とっても優しいお兄ちゃんデシ!」
「ふっふふ、このスーパー女神のアタチのお膝元でロスワイゼもテルルも一緒に生活しているのだ!」
「ロス姉ちゃんもテル姉ちゃんもティカより先にいたデシ。それにティカは女神じゃないデシ」
リンに突っ込まれたティカは「ウガァ!」と両手を突き上げるとリンに飛びかかる。
そして、取っ組み合いを始める2人を目を丸くして見つめる栗色の髪の少女。
「そんな変な人がいるの?」
「「タスケ(兄ちゃん)は変じゃない!」」
喧嘩してたと思っていたらピタっと止めると栗色の髪の少女に詰め寄るようにする2人。
何やら説明したいらしいが上手く言葉が出ない2人が「うぅぅ!」と唸るのに気迫負けしたように仰け反る。
すると、ティカ達の方向にやってくる子犬サイズの獣がヒョコヒョコとやってくるのが目に入る。
怒っていた2人だったがその生き物に気付くと目を輝かす。
2人に見つめられている事に気付いた獣が立ち止まると首を傾げるようにするのを見てティカとリンはテケテケという足音が聞こえそうな走り方で近寄る。
逃げずにおとなしく2人が近寄るのを待っていたようにする、眉間には黒い筋模様があり、目立つ白いひげをもち、尻尾が黒と灰色といった毛色で交互に縞を作る獣をティカが抱き抱える。
「おお、タヌキなのだ!」
「タヌキ……デシ?」
堂々と言い切るティカに動揺するように首を左右に振る獣とやや疑問そうに首を傾げるリン。
そんな2人を眺める栗色の髪の少女は苦笑いを浮かべる。
「似てるけど、あれはアライグマの一種だと思うけど……」
栗色の髪の少女の声は届いてないようで名前をどうすると言い合っているが、ティカが「タヌキ」と言い張り、譲る様子がない事に困るリンが何かを思い出したように振り返ってくる。
「そうだったデシ! 初めて会った人には挨拶するように言われてたデシ!」
リンはそう言うと栗色の髪の少女にペコリと頭を下げて名を告げる。そして、アライグマのタヌキを抱っこしながら胸を張るティカも挨拶と名を告げるのを見て栗色の髪の少女は笑みを浮かべる。
「そうね、挨拶は大事よね。私はカリーナ。よろしくね、ティカ、リン」
ニコリと笑う栗色の髪の少女、カリーナはトマトを大事そうに抱えるようにして優しげに細めた瞳でティカとリンを見つめた。
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