第4話 太助の師匠

 太助は北門の近くにある道場を目指して歩いていた。太助のコミュニティがある方向とまったくの逆であるぐらいしか違いがない場所である。


 ダンガの北と南の門は交通に使うには不便で門に近づけば近づく程、辺鄙になっていき、色々と不便である。


 そんな場所に住むのは物好きか貧乏のどちらかであった。


 当然、太助のコミュニティ、ドラゴンテイルは貧乏である。


 そんな太助の事情と違う理由、物好きに分類される男が40年ほど前に建てた道場が北門傍に落ち着きは感じられるが立派であるが嫌味を感じさせない。


 道場主曰く、幼い頃に鍛えられた場所、北門を抜けた先から近い方が身が引き締まると理由だ。


 道場に近づくとどうやら道場に通う少女、女性といった年齢層は様々であるが袴や剣道着を着ている姿で沢山出てくる。その沢山出てくる中に何故か男の姿が見当たらない。


 相変わらずの師匠の女性に好かれる性質は健在と苦笑いを洩らす太助。


 すると、出てくる面子の中で古参の冒険者風の格好する女性が太助の存在に気付くと笑みを浮かべて手を上げてくる。


「タスケじゃないか。久しぶりじゃない?」

「はい、お久しぶりです」


 ペコリと頭を下げる太助は金髪の30を過ぎたぐらいの女性、リセット、校長シャーロットの娘が手拭で汗を拭いながら近づいてくる。


 良い汗を掻いたらしく気持ち良さそうに汗を拭うのを見た太助が話しかける。


「学校に出勤……にしてはちょっと遅い気もしますがその前に汗を流しにですがリセ姉さん?」

「ふふふ、サラッと嫌味を言えるようになったじゃないか? まあ、違わないんだけどね。母さんに押し付けられた書類整理しかないから出勤時間は関係はないんだ」


 その書類整理が相当あるようで何日も寝る以外で自由がなく溜まったストレス解消に来てたらしい。


 そうそう、ちなみに太助にとってリセットは叔母にあたるが、姉と呼ばされているらしい。


「ところでタスケは何をしに?」

「師匠に久しぶりに揉まれようかと……」


 そういうとリセットに背中をバンバンと叩かれ「足腰立たなくなるまで揉まれてきな」と笑われる。


 後ろを指差すリセット。


「師匠なら道場で精神統一してるよ」

「有難うございます」


 リセットに頭を下げると太助は道場に入って行った。





 道場の入口に立つと先程まで訓練されてた熱気と木の香りが胸を一杯にする。


 幼い時、毎日通い、木刀を握るだけで楽しかった自分が道場に駆けて入る幻視を見るように思わず笑みが浮かぶ太助。


 辺りを見渡す太助は、しっかり清掃された床の先を目で追うと黒一色のシャツとズボンを履いて正座する白髪の初老にさしかかるエルフの男が目を瞑っているのを発見する。


 確かに年齢は初老であるが、座っているだけで溢れるような生気とその初老から流れてくる清廉された風が太助を包む。


 目を瞑ったままなのに突然、太助に話しかけてくる。


「よく来たね、タスケ」

「ご無沙汰しております、師匠」


 太助は入口で膝を付くと正座をして深々と礼をする。


 そんな慇懃な礼をする太助に苦笑するように目を閉じたまま口許を手で軽く隠すようにする白髪、生まれ持った白い髪を僅かに揺らす。


 初老の男は壁の方向に右手を突き付けると「来い、梓」と呟くと壁にひっそりと立っていた巫女姿の少女が笑みを浮かべながら頷くと霞みのようになって、その手に収まる。


 そして静かに立ち上がる初老。


 それに合わせるようにして立つ太助は右手を後ろ、腰の位置に持って行く。


「錆落としにきたんだろ? いつでもかかっておいで」

「はい、一手、よろしくお願いします、テツ師匠!」


 そう答えた瞬間、太助は初老、テツが目を見開き現れた赤い瞳に見つめられ、飲まれそうになりながらも気合いを入れて一足飛びで間合いに飛び込んだ。




 それから1時間後。



 太助は道場の真ん中で大の字になりながら荒い息を吐くという醜態を晒していた。


 たいして、テツは手拭で汗を拭うような素振りは見せるが太助の目で見る限り、汗らしい汗は掻いてない。


 実際に掻いてないが、一定の実力があると認めた相手だけに気遣いも兼ねて拭いてみせると雄一が言っていた。


 太助が知る限り、そういう気遣いを見せるのは太助とテツの息子、テッシだけである。


 呼吸が整い始めた太助にテツは話しかける。


「うん、最低限の鍛錬は欠かしてないみたいだけど、実践から離れてるせいでカンに狂いが生じてるね?」

「や、やはり鈍ってますか」


 手拭で顔を覆うようにして恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにする太助に「この手合わせで多少は補正出来たと思うよ?」と言われて胸を撫で下ろす。


「有難うございました!」


 立ち上がってそう言うと太助のせいで汚れてしまった道場の床を掃除しようとするとテツに止められる。


「錆取りに来たのは『吸血鬼』の一件だろう? 時間が惜しいはずだ、後片付けは彼女に任せるから」


 テツが右手の方向に顔を向けて「エンティ」と名を呼ぶと雄一が見れば赤い髪以外は大和撫子といった袴姿の少女が出てくる。


 長い髪をポニーテールにする少女はテツの傍に来るとテツにだけ一礼する。


「師匠、お呼びでしょうか?」

「何度も悪いんだけど、道場の掃除を頼めるかい?」


 そうテツに言われたエンティは零れるような笑みを浮かべて頷く。


 やり取りを見ていた太助がさすがに悪いとばかりに「あのぉ~」と手を出すと迎撃するように手を叩かれる。


 キッと睨むように太助を見るエンティはテツを見る時と別人かと疑う視線を向けてくる。


「これはテツ師匠に任された仕事。手助け無用です!」


 そう言うと掃除道具を取りに出て行くのを茫然と見送る太助に申し訳なさそうにテツが肩を叩いてくる。


「本当は良い子なんだけどね……なんというか……タスケ、色々と頼むよ?」

「へっ? 何を頼まれてるんですか、ねぇ、師匠!」


 去ろうとするテツの肩を掴もうとするが無駄に技を発動させたテツの蜃気楼を掴もうとして空を切る。


 うん、色々、と頷くテツが短い距離を縮地して去っていく背を見て太助の脳内で危険を知らせるアラームが鳴り始める。


「テツ師匠のあの態度……女の子絡みで自分の手に負えないと判断した時に類似している……しかも俺に頼むという事は可能性は2つでテツ師匠のあの困り様だとすると……」


 考え続けると怖い想像が生み出されそうな予感がした太助はとりあえず考える事を止めると判断したと同時に廻れ右して道場を後にする。


 このアラームを告げるカンも鈍っている事を切実に祈りながら太助は情報集めをする為にダンガの中心、市場を目指して足早に歩を進めた。

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