第10話 歴史は繰り返された

 僅かに頬を朱に染めるカリーナに四苦八苦していた太助は周囲が騒がしくなり始めている事に気付き、視線を走らせると今回の騒ぎに気付いた人々が集まり出しているのに気付く。


「少し、派手にやり過ぎたかな……」


 太助が生み出した雷撃で焦げた大地から立ち昇る煙と陥没した場所を困った顔をして見つめる。


 確かに太助が攻撃による騒ぎもあったが、ティカとリンが引き起こした舞い降りる光の粒子がダンガの住人達にも目撃された。


 それはともかく、太助は焦りを感じていた。


 何故なら、最近の吸血鬼騒ぎの噂は広がりを見せていた。


 この騒ぎに太助が気付くのが遅すぎたと言え、後手に廻らされた。


 そんななか、首謀者らしき吸血鬼が倒れているのを見た住人が騒いだ場合、太助が一番恐れた『亜人が悪い』という感情が暴走する可能性がある為である。


 出来れば、秘密裏に処理と言っても元の世界にお帰りして貰うという意味で強制送還させたかったが、発覚してしまえば太助は積極的に動けない。

 被害があった家族、友人を納得させる術がない為である。


 近寄り始める住人達をどうしたものかと眉間に皺を寄せる太助の両足に縋りつくタヌキを抱えたティカとリン。


 自分が不安と焦りを感じているのを敏感に察したらしい2人が太助を見上げるのを見て叱咤する。


「大丈夫。何も問題はないからね?」

「タスケ……」

「タスケ兄ちゃん……」


 小さな手で太助のズボンをギュッと握る2人の頭を撫でる太助にカリーナも住人が集まり出して不安を感じているようで眉尻を下げながら太助の背に隠れるようにする。


「何が起きてるの?」

「カリーナ、決して無駄に口を開かないで。君は牙を見られない限り、亜人と気付かれる恐れは低い」

「だから、何が起きてるの!?」


 思わず大きく口を開いて声を出したカリーナの口を掌で押さえる太助。


「後でちゃんと説明するから今は俺を信じて言う事を聞いてくれ」


 モゴモゴと叫ぶようにして顔を真っ赤にするカリーナに申し訳ないと分かる表情を向ける太助はすぐに辺りを見渡して打開策を考え始める。


 近寄ってくる住人が到達するまでに思い付かないといけないが良案が思い浮かばす、強引にディンガを抱えて逃げるしかないかと腹を括り始めた時、背後から肩に手を置かれて太助はビクッと驚いて振り返る。


 考えに更けていたと言っても警戒は怠ってなかったと思っていた太助の背後を取ったのは死んだ魚のような目をするエルフ、ミラーが薄い笑みを浮かべて見つめていた。


「タスケ、すぐにここから離れますよ」

「で、でも……」


 ディンガを置いて行けないと言おうとした太助の背後を指差すミラー。


 振り返ると住人達が近寄るのを阻止するように周囲を固め始める冒険者達の姿があった。


「あ、あれは……」


 太助には見覚えがあったが野次馬根性全開の先頭を歩いていた男が食ってかかる。


「邪魔すんな! どんな権利があってやってんだ? 何様だ?」

「俺様だと言えばいいか? 名を問われるのは久しぶりだな」


 冒険者に食ってかかった男の後ろから長い金髪を雄一のように縛る初老な偉丈夫の頬の傷がその男の渋みにもなっており、歴戦の強者を思わせる。


 男の後ろに着いてくるようにしていた者達がモーゼの十戒のように割れていく道を金髪の初老の大男が悠然と歩いてくる。


 それを見た男は仰け反り、顔から脂汗をダラダラと流す。


「ゲッ……北川コミュニティ代表代理……ラルク!?」

「なんだ、知ってるじゃないか?」


 驚く男に僅かに口角を上げるラルクは悠然と男を通り過ぎてディンガの方向に歩き、太助に目を向けると顎を僅かに動かして『行け』と伝えてきた。


 太助はそれに頭を下げると顔を真っ赤、肌が白いせいで余計に変化を感じさせるカリーナを引きずるようにして先導するようにするミラーの背を追う。


 トコトコと太助に着いて歩くティカとリンが首を傾げる。


「カリーナ、暴れてるのだ」

「カリーナお姉ちゃん、息が出来てないデシ?」

「いや、出来てるはずだけど……」


 カリーナの口を押さえる太助の手に鼻からの呼吸を感じていたので不自由で息苦しさはあるだろうが少し間であれば問題はないはず、と首を傾げるのを見たミラーは嘆息する。


「本当に君はそういうところがユウイチ様とソックリですよ。そんな事より先を急ぎますよ」


 唯一、この状況を理解しているらしいミラーに問いたい太助であったが、無視したミラーが歩き出すので諦めの吐息を洩らしてその背を追って歩き始めた。






 ミラーの先導で冒険者ギルドの裏口から入り、ある一室で太助達は胸を撫で下ろす。


 だが、1名だけは顔を真っ赤にして地団太を踏む者がいた、カリーナである。


「乙女の唇を何だと思ってるの!? それにだいたい……!」

「ご、ごめん、緊急事態だったんだ。少しでも人の目につかない内に君をあの場から引き離す必要が……」


 太助の胸倉を掴んでテンパっている様子のカリーナは必死に揺らそうとするが実際に動いているのはカリーナであった。


 ティカとリンは2人が喧嘩をしてると思い、ワタワタするのを横目で見ていたミラーが嘆息と共に指を鳴らすとカリーナの上空からバケツの水を引っ繰り返したような量の水が降りかかる。


「キャッ!」

「落ち着きなさい。タスケ君に感謝こそすれど、文句を言える立場ではないんですよ?」


 そう言うミラーはどこから取り出した? と問いたくなる大きめのバスタオルをカリーナの頭から被せる。


 いきなり怒りで血が昇ってた頭に冷水をかけられて体の芯から震え、バスタオルを引き寄せる。


 恨みがましい視線をミラーに向けるカリーナが拗ねるように言う。


「……確かにディンガから助けてくれた事には……」

「それもあるのですが……あのまま、あそこにいたらどうなったか分からないのですか?」

「あの……ミラーさん、多分ですけどカリーナはこっちに来たばかりで事情が分かってないんじゃないかと……」


 擁護に廻ろうとする太助をやや強めの視線で黙らせるミラーは「言われなくとも分かっていますよ」と型を竦める。


 2人のやりとりを見て、カリーナもさすがに自分が大きな勘違いをしているらしい事に気付き始める。


「貴方がこちらの世界に逃げてきたのを追ってきた吸血鬼、ディンガと言いましたか? 間違いありませんね?」

「ええ……そうよ、間違いないわ」


 目の前のエルフが只者じゃないと感じ始めたカリーナが怯えを見せ始めるがまったく気にした素振りを見せないミラーは続ける。


「ここ最近、ダンガで吸血鬼の仕業と思われる事件が発生しました。犠牲者は5名、全て、ミイラのような姿にされた女性が発見されています」

「――ッ! 待って、もしかして私がしたと思ってるの? 吸血鬼は異性の血しか飲めないわ!」

「そうですね、ここにいる私とタスケ君はそれを知っています。しかし、ダンガの住人は『吸血鬼は血を吸う亜人』という認識どまりです。ただでさえ、ピリピリしている状況でどうやって説明出来るというのです?」


 絶句するカリーナにミラーは敢えて言葉を伏せた。あの場にいたかもしれない遺族にどうやっても説明して納得させる術はない、それはあの場で私刑が起こる可能性があったという事実である。


 先程までは顔を真っ赤にしていたカリーナであるが白を通り過ぎて青くしてるの見て太助が手を差し出そうとするがミラーに止められる。


「そう、こちらの者達が貴方達について知らないように貴方、カリーナさんもこちらの住人の事を知らない、つまりそういう事です」

「だったら……ここに私の居場所が……元の世界にも帰れる場所も」


 辛そうに下唇を噛み締めるカリーナを感情、いや、魂すら抜けてなさそうな視線を向けていたが太助にスライドすると頷いてみせる。


「後はお任せします」

「ええっ!? こんな状況で無茶ぶりな……はぁ」


 ミラーの無茶ぶりに2度目の溜息を洩らしそうになるが飲み込むと誤魔化すように頭を掻く太助。


 俯くカリーナの前に来ると太助はしゃがみ込み、少し困ったような照れた笑みを浮かべて見上げる。


「大丈夫。居場所ならあるよ。言ったでしょ?」

「えっ? 何の話?」


 言われて何の事か分からなかったカリーナが向ける疑いの視線に苦笑する太助を見つめていると小さく声を洩らす。



『俺かい? 俺は亜人を互助するコミュニティ、ドラゴンテイルの代表の太助って言うんだ。カリーナ、ドラゴンテイルは君を歓迎するよ』



 と太助が言った言葉を思い出す。


「ドラゴンテイルって言ってたアレ? それが私の居場所だと言うの?」

「あ~、うん。零細コミュニティで楽な生活は出来ないけど君のように向こうの世界の子がいるよ」

「ボクも住んでるデシ」

「ふっふふ、女神のお膝元とありがたい場所なのだ!」

「女神の卵のようですけどね?」


 無駄に胸を張るタヌキを抱えたティカの言葉に茶々をいれるミラーの脛を短い足で蹴ろうとするが弄ばれるようにかわされる。


 ティカの相手をしながらカリーナにミラーが懐から出した一枚の紙を手渡す。


「何これ?」

「タスケ君のコミュニティへの入団書類です。もう貴方の名前だけを書き込めば良いようにしてます」


 堂々と言い切るミラーは再び、どこから出したか不明の筆記用具一式をカリーナがいる目の前の机の上にソッと置く。


 書類と太助を交互に見るカリーナは勘違いとはいえ、酷い誤解と攻め立てた事を気にしているらしい事に気付いた太助は笑いかける。


「俺は気にしてないよ。この場にいない同じ亜人、ロス姉さん、テルルも歓迎してくれるよ」

「本当にいいの?」


 ああ、と迷いを感じさせない笑みを浮かべる太助から先程から辛辣だったミラーに目を向けられると肩を竦められる。


「タスケ君が良いというならコミュニティの問題。私は介入する気はありませんよ?」


 素知らぬ顔で嘯くミラーであるが今回、充分関わっていると苦笑いを浮かべる。


 苦笑いを浮かべていた太助であるが、首を傾げるような事実に気付く。


 書類にサインをするようにカリーナに促すミラーを見て、「ミラーさんが介入するのって本当に珍しいな」と呟くが綺麗に無視される。


 何やら不安になってカリーナの書類を覗き込もうとするとカリーナが突然、太助に振り返る。


「ねぇ、アンタのコミュニティの名前はドラゴンテイルよね?」

「う、うん、そうだけど……」


 何やら嫌な予感が急上昇を始める。


 何故なら、隣にいるミラーが「へっへへ」と悪戯を楽しむような笑みを分かりやすいぐらいに浮かべた。


 慌ててカリーナが持つ紙を奪うように引っ手繰り読もうとするがすぐに気付く。


 プルプルと震える太助にミラーは珍しく薄らと感情の色がある瞳で見つめてくる。


「ふっふふ、既に全ての書類の改ざん済みです」


 膝を地面に付けてしまった太助に申し訳なさそうな声音でカリーナが太助とミラーを交互に見つめつつ質問する。


「あの……この『DT』って何?」

「『DT』? どこかで聞いた気がするのだ!」

「ねぇねぇ、タスケ兄ちゃん、どういう意味?」


 3人の視線を独占する太助は膝だけでなく両手も地面に付けながら目から溢れる塩水が頬を伝う。


 疲労困憊な太助は腹の底から必死に捻り出したような掠れた声で答える。


「頼む、そんな無くていい言葉を知らない3人のままでいて……」


 シクシクと泣く太助を見て嬉しそうにする悪魔ミラー



 ドラゴンテイル、『D』ドラゴン、『T』テイル



「ふっふふ、本当に君はユウイチ様と良く似てますよ」


 笑うミラーに変な略し方をされた太助の悲しそうな啜り泣きはそれからしばらくの時間をかけて行われた。

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