第2話 我らのコミュニティ

 夕焼けに照らされた3人組が南門の外れに見える広さはそこそこあるがみすぼらしい建物を目指して歩いていた。


 黒髪を縛る大男は一張羅の甚平のような上着と白いズボンをヨレヨレにし、土埃で汚れ、疲れ切った表情を見せていた。


「こ、子供の体力は無尽蔵だよ……」


 大男、太助は両手に抱っこする2人の幼女を苦笑を浮かべて眺めるが見つめられた幼女は元気一杯に太助の顔を掴んでくる。


「ティカはまだまだ遊べるのだ! タスケ、もっと遊ぼうなのだ!」

「うんうん、ボクもタスケ兄ちゃんともっと遊びたいデシ!」


 遊ぼう、遊ぼうと可愛く駄々を捏ねる2人を目を細めて笑みを浮かべて見つめるがこの後の事を思い、説得にかかる。


「もう夕飯の時間だよ? いいのかい、ロス姉に怒られるかもしれないよ?」

「ろ、ロスか……あ、アタチはちっとも怖くないのだ!」

「タスケ兄ちゃん、ボクはお家に帰ってご飯をちゃんと食べるデシ」


 ロス姉、ロスワイゼ、太助より2つ年上の家の家事を仕切っている女性がいる。

 普段は優しいロスワイゼではあるが、どうしてか食事時をくだらない理由で遅れたり、まして、食べないような事があれば恐ろしい目に遭う。


 ティカはあっさりと太助の意見に乗ったリンを裏切り者のように見つめる。


 口をパクパクさせてリンを指を指すが、ガクガクと震えたリンは「ロス姉さんは怖いデシ」と太助の胸に顔を埋める。


 太助の襟元を力強く握り締めて目を彷徨わせる引っ込みがつかなくなったティカに太助は助け舟を出してやる。


「ティカもそろそろお腹が減ってきたんじゃない?」

「え、えっ?……言われてみれば減ってきたのだ。しょうがないから帰ってやるのだ!」


 プイッと顔を横に向けて言うがティカの小さな手で太助の襟元を掴んでいた手が緩む。ティカの内心を現しているようで太助の口許が緩む。


 太助が2人の名を呼ぶと向けてきた顔の間に自分の顔を挟んで抱き寄せる。


「俺もお腹ペコペコだから早く帰ろう!」

「「うん」」


 破顔させたティカとリンは家路に急ぐ太助に引っ切り無しに語りかけてくるのに一々、嬉しそうに頷く太助。


 そんなやりとりを過ごして我が家、太助のコミュニティの前に到着すると横手から呼び掛けられる。


「ま、マスター……」

「ん? おおう、今日もまた凄いね……」


 太助達が振り返った先には真っ黒のローブに真っ黒の円錐形の帽子を被る10歳になって間もない肩の位置より少し短い金髪の少女が藁などで生け花されたようにする姿で青い瞳を廻して箒を杖代わりにするようにかろうじて立っていた。


 太助の言葉に反応するように精一杯の笑みを浮かべる努力をしようとしているようだが、だらしなく口が開いたとしか表現出来ない様子でうわ言のように言う。


「きょ、今日のカラスさんはいつもより……手強かったで……みゅうぅ」

「ちょ! テルル!?」


 箒を持ってる余裕すらなくなったらしい少女、テルルは箒を手放すと振り子のように揺れる様を見せたので慌てた太助がティカとリンを降ろすと倒れゆくテルルを抱き抱える。


「みゅうぅ~」

「危なかった……」

「ナイスなのデシ!」

「いつもながら情けない顔なのだ」


 テルルの事を馬鹿にするような事を言うティカに「家族にそんな事を言ったら駄目だろ?」と言うと一瞬、申し訳なさそうにした後、負けん気を発揮したらしく再び顔を背ける。


 間に挟まれる形になったリンが右往左往した後で、ティカに「ボクも一緒に謝ってあげるデシ」と体を揺すられたティカがしょうがなさそうに振り返るとリンと一緒になって目を廻して気絶するテルルに頭を下げる。


「ごめんなさいデシ」

「……ごめんなのだ」

「……2人ともえらいぞ!」


 空いてる手で2人を抱き抱えるようにして褒めると喜色を浮かべるティカとリン。


 キャッキャと騒いでいるとドアが開き、グラマーなモデルのようなパンツスタイルで腰まで伸ばす銀髪の女性という表現がはまる少女が首を傾げて顔を出す。


「あらぁ? タスケちゃん達じゃない。家先で何してるの、もう夕飯の時間よ?」

「あっ、ごめん、ロス姉。テルルが気絶しちゃったんだ」


 太助にそう言われた髪飾りのように大きめのネジを頭に差すロスワイゼは「あらあら、まあまあ」とネジを捩じりつつ慌ててるのか慌ててないのか分からない様子で気絶するテルルを覗き込む。


「大変ねぇ、テルルちゃんは私が面倒を見るからタスケちゃん達は外で土埃を落とした後、手と顔を洗っていらっしゃい」

「ありがとう、ロス姉」

「その必要はないのだ。これぐらい汚れた内に入らないのだ!」


 そう言うティカが太助とロスワイゼの間を駆け抜け、家に一歩踏み込んだ瞬間、その場の空気が一変する。


「ティカちゃん、お家を無暗に汚しちゃ駄目って言ったわよね?」


 地から響くような声にティカは動きが錆びたロボットのように軋ませるようにして振り返るとヒッと短い悲鳴を上げる。


 自分の悲鳴で呪縛が解けたように脱兎の如く逃げ出すティカ。


「ティカちゃ~ん!」

「ひぃぃ、タスケ、助けてなのだ!!!」


 逃げるティカを走ってる訳でもないのにロスワイゼは一定の距離を維持してティカを追いかける。


 それを眺めながらテルルを抱える太助は溜息を零す。


 女神幼稚園の入学失敗し続ける駄女神のティカ。


 繋がった先の世界の1つの国の女王の姉の娘のサキュバスのリン。


 トトランタとは違った魔法系統を操る魔女のテルル。


 そして、改造人間、フランケンシュタイン一族のロスワイゼ。


 特色はある面子ではあるが生産性には期待できない面子。


 太助はドアの横に張り付けているが剥がれそうになっているうえに破れもある張り紙に目を走らせる。



『手と手を繋ぎ合うコミュニティです。大袈裟な事なんてない。ほんの日常にするような簡単な事。ちょっと相手に優しくなれれば……

 そんな貴方をお待ちしております。


 可愛い娘が沢山在籍して明るいアットホームなコミュニティです。


 さあ、叩こう、ドラゴンテイルコミュニティのドアを……   』



 最後に破けて読めなくなっている文章を太助が口にする。


「急募:男性ファミリー……か、一回も訪ねてくれた人いないんだよな……」


 項垂れる太助を見上げるようにする幼女、リンがニパァと笑みを浮かべて言ってくる。


「タスケ兄ちゃん、タスケ兄ちゃん、ボク、パンパンして綺麗になったデシ!」

「リンは偉いな。じゃ、一緒に裏の井戸に行って手と顔を洗いに行こうか?」


 嬉しそうに頷くリンにズボンを握られ、太助は置き去りにされているテルルを抱き抱えると裏庭にある井戸を目指して歩き始める。


 後ろで悲鳴を上げるティカをどうしようかと思い、一瞬、足を止めた太助だがすぐに歩くのを再開する。


「まあ、ロス姉に捕まったら裏庭に連行されるからロス姉に任せよう」


 そう呟く太助の耳にティカが太助を求める声が届くが聞こえないフリをした。


 太助もまたロスワイゼに逆らうのは極力避けたいという事実は決して本人は認める事はなかった。

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