第1話 太助とティカとリン

 一番、トトランタで力を有している冒険者ギルド、ダンガ。


 いや、それは正しくないかもしれない。


 毎年のように順位が入れ替わるように海の向こうのザガンの冒険者ギルドという競い合う相手がある。もしかしたら既に入れ替わりをしているかもしれない。


 少なくとも大陸一の冒険者ギルドという表現であれば間違いはない。


 40年ほど前からそう言われるようになったのはダンガに君臨する守護者、雄一の存在が大きい。


 冒険者の質の向上もあるが生活水準、技術革新などの目覚ましい発展を生み出した。


 そんな雄一がいるダンガが本来であれば常にNO.1に君臨してそうだが、雄一は下地作りをした後、舞台から降りた。


 次の世代がそれを引き継いで練磨していくもの、と笑って言って現役を引退した為であった。


 今は学校の食事と10歳以下の教育に多少、口を出す以外には何もしてこない。


 そして、その雄一の意志を継ぐ北川チルドレン、血の繋がりあるなし問わず、高い志を胸に世界に飛び出した。


 引き継がれていくモノは親から子へ、そして孫へと引き継がれていった。



 そんな意志の引き継ぎを同じように果たし、他の北川チルドレン達ですら未開拓な険しい道を歩く16歳の少年がいた。


 それは雄一がもっとも深く愛を注いだとされる双子の娘とその娘達と強い運命の交差をした少年がもたらした副産物、2つの世界が繋がって新しい住人がやってきた事が関係していた。


 ドラゴンですらいるトトランタですら架空の生き物と思っていた者達であった為、大混乱を生んだ。


 その混乱も時間の経過と共に緩やかにはなったが迫害も偏見も付き纏う。


 新しい隣人である架空の生き物達、人々に亜人と呼ばれ、決して楽な生活は出来ていなかった。


 堂々と差別する者ばかりではないが、積極的に手を差し伸べる者もいないなか、賢くない生き方を選んだ少年が現れる。


 そう、雄一の孫、太助がトトランタ初の亜人を互助するコミュニティを立ち上げた。

 新しい物語はそこから始まる。





 ダンガの冒険者ギルドの受付近くにある少し拓けた場所に大きなガタイを縮こまらせるようにして申し訳なさそうに露店をしてる肩より少し長い黒髪を綺麗に縛る少年が通り過ぎる冒険者にペコペコと頭を下げる。


 露店に並べているポーションなどに目を向けてくれない事に溜息を零す少年の上着の甚平のような袂から見える逞しい胸板から只の木偶の坊ではない事が分かる。


 そんな少年を死んだ魚のような目で楽しげに見つめる受付の男のエルフはカウンターの外に出て少年に近づいて話しかける。


「ちゃんと許可を得てやってる商売なのですからもっと堂々とされて良いのですよ、タスケ君」

「ミラーさん、そうは言われてもやっぱりジッちゃんの名前のおかげな気もしますから」


 羞恥を感じているようで頬に朱を入れる太助を見てミラーはとても好意的な笑みを浮かべる。


 太助の言葉にミラーは首を横に振ってみせる。


「ふふふ、彼、ユウイチ様の名で優遇受けれるとなれば、どれだけ対象がいるでしょ? さすがにそれを網羅するのは不可能ですよ。これはあくまでタスケ君、君自身に対する評価、待遇です。なにせ、君は最年少……」

「あはは、昔の事ですし、今はコミュニティ代表で意味のない過去の肩書ですから」


 何でもなさそうに笑う太助を見て不器用な生き方をする、とミラーは思うが太助が歩んでいる道が既に不器用の極みであると苦笑する。


 タイプこそ違うが祖父である雄一と良く似ているとミラーは思う。それこそ、似ているのは見た目以上かもしれないと思うほどであった。


 だから、ミラーは太助の存在が気になり、普段ならわざわざカウンターの外に出てこないミラーが近くに来て話しかけていた。


 ミラーが何かを言いかけた瞬間、冒険者ギルドの入口から小さなお客さんが2名飛び込んでくる。


 飛び込んできた2名は辺りをキョロキョロして目標を見つけると顔中に笑みを浮かべて真っ直ぐに走り出す。


 狙い違わず、露店をする太助の胸に飛び込んできたのは4歳ぐらいの幼女であった。


 1人は白いワンピースに艶やかな黒髪を膝裏ぐらいまで伸ばし、やや太めの眉をキリリとさせ、無駄に自信を溢れさせてる垂れ目気味の幼女。


 そして、毛質が豊富な黒い毛皮で作られたビキニのようなものを纏い、軽くウェーブがかかったピンクの髪を肩で揃え、やや吊り目で八重歯がチャームポイントで頭頂部からは可愛らしい蝙蝠の羽根が見える幼女であった。


 太助の胸でグリグリと頭を押し付ける2人の頭を優しく撫でながら笑みを浮かべる太助が2人の名を呼ぶ。


「ティカ、リン、お昼寝は終わったのかい?」

「ばっちりなのだ! だから一緒に遊ぶのだ!」

「うんうん、タスケ兄ちゃん遊んで欲しいデシ」


 遊んでと太助の甚平を掴んで揺する2人を申し訳なさそうに見る太助。


 いきなり頭を下げる太助に可愛らしい目をパチクリさせる2人。


「ごめん! まだ今日の分が売れてないんだ。悪いけど2人で遊んできてくれないか?」


 言われて2人が露店に並んでるものを見てびっくりする。


「ホントなのだ、一杯なのだ」

「うん、一杯デシ」


 一杯と言われて微妙に傷つく太助であるが実際の所、一個すら売れてない状態で乾いた笑いを洩らすしか出来ない。


 その実情を知る傍で見つめるミラーは本当に楽しそうに笑いながらティカとリンと目線を合わせるように膝を折る。


「では、こういうのはどうでしょう? 2人がタスケ君を助けてあげれば?」

「ちょ、ミラーさん!?」

「なるほどなのだ! このスーパー女神であるアタチにかかれば余裕なのだ!」

「うん、タスケ兄ちゃんのお手伝いするデシ!」


 乗り気全開の2人の幼女は両手を突き上げる様をミラーは楽しそうに見つめ、太助は情けなさそうに顔を片手で覆う。


 早速、行動する2人。


 ティカは可愛らしい手を掲げると自分の前に木箱が現れる。その上に売れ残り必至に見えたポーションを並べ始める。


 目の前を歩き去ろうとするスキンヘッドの冒険者を呼び止める。


「ハゲ、待つのだ!」

「ああん!? って良く見たらティカちゃんじゃねぇーか?」


 一瞬、強面全開になったスキンヘッドであったがティカと分かると相好を崩す。


 僅かな時間といえ凄まれて涙目になったティカが「こ、怖くないのだ!」と強がるのを見てスキンヘッドは苦笑いを洩らす。


「良く聞くのだ! このポーション、南の地からやってきた由緒正しいポーション……」

「おいおい、ティカちゃん嘘は良くないぜ? ティカちゃんはダンガで住んでるし、これはタスケが作ったんだろ?」


 話の腰を折ったスキンヘッドの横に行くとティカは駄女神奥義、駄々っ子パンチを入れると元の位置に戻る。


「嘘を言ってないのだ! ティカのお家はここから南にあるのだ!」

「ああ……確かにタスケのコミュニティは南にあったっけ?」


 物は言いようだとスキンヘッドだけでなく、ミラーまで変な感心をしてる様子に太助は穴に入りたい衝動と戦う。


 するとスカートの中からハリセンを取り出して、バンバンと木箱を叩いてみせる。


「用法と容量をしっかり守れば立ちどころに傷も塞がる由緒正しい印、ティカブリューシル……」


 突然、喋るのを止めたティカが両手で口を覆うようにしてしゃがみ込む。


 わたわたしたスキンヘッドが同じように屈む。


「大丈夫か? 舌を噛んだのか?」

「……買え!」


 ポロポロと舌を噛んだ痛みに耐えるティカの潤んだ瞳で見つめられたスキンヘッドは魂から零れ落ちるような溜息を零す。


「分かった。全部、買うでいいよな?」

「毎度ありなのだ!」


 泣いてたカラスがもう笑う、と言わんばかりの変わり身の早いティカにスキンヘッドは苦笑しながらポーションを全部、お買い上げする。


 スキンヘッドに申し訳ないと頭を下げる太助の肩をバンバンと叩いてくる。


「いいってことよ。消耗品だし、お前のポーションも悪くねぇーしな」

「は、はい、有難うございました!」


 ホッとしてティカを見ると自慢げに鼻の下を指で擦っている。


 そんなティカの頭を撫でて礼を言っているともう一人の幼女、リンも女冒険者と交渉中であった。


 可愛らしくウィンクしてシナを作るリン。


「毒消しを買ってデシ!」

「も、もう可愛過ぎるぅ!」


 黄色い声を上げる女冒険者に抱き締められるリンは「ついでに軟膏もどうデシ?」と逞しい営業で売上に貢献。


 ホクホク顔の女冒険者に見事に商品を売り切ったリンも同じように頭を撫でろと言わんばかりに頭を突き出してくる。


 売れた事は嬉しいが酷く情けない気持ちにさせられる太助の肩にポンと手を置くミラーがイヤラシイ笑みで言ってくる。


「よっぽど2人の方が商売に向いてそうですね?」

「……ほっといて下さい」


 不貞腐れる太助に笑みを浮かべるミラーは背中を押すようにして言ってくる。


「用がないならさっさと出て行ってくださいね? ここは子供預り所ではないんですから」

「わ、分かりました。急かさないでくださいよ……」


 そう言う太助であったがテキパキと露店を仕舞っていく。


 片付け終えると木箱に乗って宙に浮くティカの紅葉のような手を優しく掴み、両手を上げて抱っこを要求するリンを抱き抱える。


 見送るように後ろにいたミラーに会釈をする太助。


「また来ます」

「お待ちしてますよ」


 元気良く手を振るティカとリンに優しい微笑みを浮かべて手を振るというミラーの珍しい光景に太助は目を丸くした後、クスリと笑みを洩らす。


 太助の心情を読んだミラーが何事もなかったように目を逸らすのを見て太助は今度は隠さずに笑みを浮かべてティカとリンに話しかける。


「遊ぶのは一旦、家に荷物を置いてからだからね?」

「「はーい!」」


 素直だったのは返事だけだったと太助は帰り道で思い知らされた事は別の話であった。

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