翡翠/凍結
「ドルっ!」
「大丈夫!まだ
ドルと呼ばれた魔族は仲間からの声にそう返しながらも、メルから視線を外さない
「へぇ」と言葉を漏らしたメルは、くすっと楽しそうに笑う
「なるほど、つまり君たちは僕があの魔法を解除できる可能性を考えたうえで勝負を挑んだと
だったら、君たちが持っているであろう秘策にも期待していいかな?」
メルがそう言い終わった瞬間、魔族が動いた
バックステップでできる限りメルから距離をとると、大量の魔力を使った詠唱を開始する
魔族はそれぞれ別の詠唱をしており、その中にはメルが知らない詠唱もいくつかあった
「詠唱か。教本通りではあるけど、確かに魔力の効率と威力は無詠唱魔法と比べものにはならないね」
「【――撃ち抜け】」
「【――爆破せよ】」
真っ先に詠唱を終えたのは、中級魔法の〈氷塊連弾〉と同じく中級魔法の〈大爆破〉を唱えていた魔族
彼らの放った魔法は、込められた魔力量が多いため必然的に一般の魔法使いが放つそれよりも威力が上がる
メルは右手を振ると、土を凍らせた壁を出現させ、爆風と無数の氷の礫を防ぐ
「お返し【水雷双槍】」
メルが珍しく魔法名を唱えると、ワイバーンとの先頭の時にスハルが使った水の槍と雷の槍を出現させる魔法が展開され、魔族に襲い掛かる
「【――敵を討て】」
「【――叩き落とせ】」
「【――地を砕け】」
メルの魔法が当たる前に、長めの詠唱をしていた魔族の魔法と、先程魔法を放った後再び詠唱を始めていた魔族の魔法が発動する
長めの詠唱から放たれた魔法は炎と氷の槍でメルの魔法を迎撃し、ぶつかった瞬間衝撃とともに大量の砂埃が舞う
その脇を抜けるように、人ほどの大きさがある岩の塊がメルに向かって飛んでいき、足元には地割れが広がる
メルは右手の短剣で岩を真っ二つに斬りつつ弾道をずらすと、地割れの上から魔法で土を生み出し無効化した
次はメルの攻勢かと思いきや、その前に別の魔族が長い詠唱を終える
「【――命に従い切裂け】」
半球状の結界に届くほど大きな風の刃によって作られた竜巻が、その大きさに見合わぬ速さでメルに向かって進む
メルもさすがにそれを受けるのは拙いと判断したのか、真面目な顔で短剣に魔力を流し魔法名を呟く
「【飲み込む黒波】」
刹那、メルの足元から黒い水が大量に出現し、全方向へ向かって同心円状に大きな波となって襲い掛かる
その波は魔族の作った竜巻とぶつかり一瞬威力が弱まるものの、すぐに竜巻を打ち消した
「【――凍てつく世界を創れ】」
メルの生み出した波をすべて凍らせるほどの威力を持った氷魔法が魔族によって唱えられ、すべての波が黒い氷となった
しかし、メルは自分の魔法が凍らされたことを気にした様子もなく、奥で一語一句同じ詠唱をしている魔族四人を警戒する
「【――氷の極めし――】」
詠唱の一節をメルが聞き取った瞬間、大量の魔力がメルの周りに放たれる
あの魔法は自分の脅威になりえると判断したメルは、久しぶりに本気の魔法を使うことにした
まず、相手が良く確認できるように氷の波を爆発魔法で砕き、その欠片を風魔法の応用で魔族に射出する
魔族は防御魔法で氷の欠片を防ぐが、それによって相手に短い詠唱をさせないようにすることがメルの目的だったので何の問題もない
自分が放出した大量の魔力を操り、魔族四人が協力している魔法に対抗する魔法を構築する
「【凍れ 氷れ 時間凍結】」
魔族四人が詠唱を終えた瞬間、メルの動きが停止する
それによって勝利を確信した魔族はニヤリとした笑みを浮かべた
今魔族が放った魔法は、二百年間の研究の末作り出した
膨大な魔力と詠唱時間の代わりに対象の時の流れを完全に停止させるものだ
まさに切り札と呼べるその魔法が決まったのだから、勝利を確信して笑みを浮かべるのは当然だった
だが、笑顔でいられるのはメルが再び動き出すまでの僅かな間でしかなかった
止まっていたメルが一瞬蒼く光ったかと思うと、次の瞬間にはもうメルが動き出す
「なっ――!」
想定外の事態に、変な声を漏らす魔族
だが、それも致し方ない
対象の時間を停止させる魔法を放ったというのに、メルは動き出したというのだ
氷魔法に改善を重ねた末に生み出した自分たちの魔法が破られる想定はしていない
というか、時間が止まっているのに解除する魔法が使える意味が分からないのだ
「これは想定外でしょ?」
メルはにっこりと笑いながらそう言うと、魔族が何か行動を起こすより先に大量の魔力を使用して魔法を発動した
魔族はメルの魔法に対して対応しようとするが、そこで自分の体の異変に気が付く
首から下が何故か動かせないのだ
いや、動かせないというよりは、首から下を動かそうとすると固いものに邪魔されているといったほうが正しい
急に起きた異変の原因は、一つしか考えられない
「『夜霧』!何をした!!」
魔力は通常通り動かせるものの、肉体が全く動かない。そんな奇妙な状況を作り出した犯人であるメルに向かって魔族は声を荒げる
すると、メルは疲れたのか土魔法で簡易的な椅子を創るとそこに腰掛けて話し始めた
「単純な話だよ。君たちの放った時間停止魔法に空間固定魔法も付け加えてお返ししただけ」
「……は?」
メルの想定外の発言に、魔族もメルのクランメンバーも固まるしかなかった
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