翡翠/反応





十年前


小さな翡翠色の髪をした女の子を優しく抱えながら、メルは人が多く集まっている村に入る

二人に、村人からの視線が集まっているが、メルは全く気にせず、メルの腕の中で寝ている女の子は気が付かない


「おお、どうされましたか?冒険者さん。」


村の長老らしき人物は少し震える声でそう言うと、こわばった表情を無理に笑顔へ変える


「ええ、ちょっといろいろありましてね。あの山にいるという賊討伐はやめておきます

 ただ、その代わり……」


メルはそう言うと、密かに構築していた魔法を一瞬で展開する

足元を起点に魔法が発動し、誰も反応できないほど早いその魔法は、地面を一気に凍らせ、村人全員の脛より下を氷漬けにして動けなくした


「……あなたたちに、復讐しますよ」


その言葉とともに、様々な魔法が一気に展開された

















現在


「な、なんで……」


リギルは動かない体を無理に動かしてそう声を出すが、エルナはそれに答えることはせず、代わりに答えたのは先程までリギルと戦っていた魔族の男だった。


「決まってんだろ?こっち側魔族側についたからだよ」

「は、はっ……笑わせ、るな……」


動かない体を無理やり動かして声を出しているため途切れ途切れではあるが、リギルは嘲るようにそう言った


「おいおい、ふざけてなんかいねぇぜ?だったら、なんであんたたちがこんな簡単につかまったと思う?

 そこの嬢ちゃんが、俺らに情報を流したからだよ

 おかげで、あんたがどういう風にメンバーを分けるのかがまるわかりだったぜ」

「はっ、どうせ、脅しか何かだろう?」


リギルはそう話をしながらも、逆転の一手を考える

しかし、相手は一対一でも勝つのが難しい魔族である。それが九人もいるのだから、どうしようもない

だからと言ってあきらめるわけにもいかず、結局リギルは打開策を考えるための時間を稼ぎ続けるしかなかった


「エルナ、が……メルを、裏切るわけ、ねぇ……」

「……ボクは、メルを裏切ったわけじゃない」


リギルの言葉に、エルナはそう反応する

その口調はいつにもまして平坦で、感情を感じさせないものだったが、リギルはそこに謎の違和感を感じた

しかし、その違和感を言葉にはできない


「ああ、だから最近エルナはオイラたちにいろいろ質問してきたのか」


魔法で拘束されているアルは、納得したようにそう言う


「なるほど、じゃあ、マスターがイライラしてたのもなにか関係が?」


拘束から抜け出そうと体を捩らせながら言ったミルファの言葉に、エルナは何故か怪訝そうな顔をした


「……メルが、イライラ?」


そう呟いて少しの間何かを考えたエルナは、何かに気が付いたような顔をして近くにいた魔族を見る

いや、もはや見るというより、睨むに近い


「どういう、こと?」


明らかに怒気のこもったその声は、一般人なら悲鳴を上げて逃げ出すレベルのものだが、魔族の男は平然とした様子を崩さない


「ああ、そういえば、わざと俺たち・・・の痕跡が残るようにしたかもな」

「約束が、違うっ!」

「はっ、何のことかわかんねぇな。俺はただ『夜霧』を殺すためだけに行動していただけだぜ?」

「この、嘘つきっ!」


魔族に向かって敵意をむき出しにしてそう叫ぶエルナ

しかし、それを見る『紺色の霧』のメンバーたちからすれば意味が分からない

そもそも魔族とエルナの間にあった約束がどんなものかもわからないのだ


「ははっ!何のことかわかんねえな!」


魔族の男が笑いながらそう言った瞬間、エルナは短剣を抜き魔族の男へ斬りかかる

それと同時に、強力な身体強化魔法を使用するそのエルナの技量は、見事の一言に尽きる

しかし、魔族からすれば『その程度』


魔族の男は、ぱちんと指を鳴らすと、自分を守るような防御魔法を展開する

エルナはその防御魔法ごと切り裂こうと、魔力を込めた短剣を振った

……が、エルナの短剣は魔族の防御魔法を突破できず、あっさりと阻まれる


弾かれる形となったエルナは、空中で体勢を立て直そうとするが、その隙を見逃す魔族ではない

一瞬で拘束魔法を発動すると、エルナの体を一気に拘束する


「ははっ!怒りに身を任せても俺らには勝てねぇぜ?」


そう言う魔族の男に、エルナは睨むような視線を向けるが、魔族の男はただくくっと不快な笑い声を響かせるだけだ


「……くっ!」


エルナは魔法を使って脱出を試みるが、何故か魔法がうまく発動しない


「無駄無駄!その魔法は、『夜霧』を捕まえるために開発した魔法なんだから、逃げれるわけないだろう?」


魔族の男はエルナに向かってそう言い、何が面白かったのか更に大きな声を出して笑う

しかし、暫く笑っているうちに、エルナが見ているのが自分ではなく、自分の斜め上であることに気が付く

目を見開くエルナの様子が気になった魔族は、エルナの視線を追って自分の後ろを振り返った


「いやぁ、見事な魔法だったよ。まさか、エルナをあんな鮮やかに拘束するなんて

 もし二百年前だったら、今頃君は魔王になれてたかもしれないよ?」


その場の重苦しい空気に似合わないほど軽い調子で言い放った、青いメッシュが入った黒髪の少年は、建物の屋根の上からすたっと降りる


「……夜霧っ!」

「どうも、初めましてかな?」


魔族の恨めしそうな声にそう軽く返事をしたメルは、見事に拘束されている八人の仲間をくるりと見渡す

全く抵抗もできていないその様子にはぁっとため息を吐くと、頬を膨らませながらこう言った


「まったく、僕は君たちをこんな弱い子に育てた覚えはありませんっ!」




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