翡翠/失踪





「ん?エルナ何処行った?」


貴族の娘を救出するために移動している最中、ふと後ろを振り返ったリギルがそう呟いた。

それを聞きとった他のメンバーも同じように止まり辺りを見渡すが、エルナらしき影は見えない。


「ほんとだ……エルナいないね」


パーティーの斥候職であるミルファは暫く辺りを見渡したあとでそう呟いた

この中で一番捜索能力があるミルファがそう言ったということは、少なくとも近くにはいないということになる

普段はアホみたいなミルファだが、斥候能力は人一倍高いのだ


「ただ先に行って情報を集めているだけじゃねえのか?」

「確かに、サルガスさんの言う通りかもしれませんね。エルナちゃんは、あれで結構思い立ったらすぐ行動しますから」


サルガスの言った言葉に、普段からよく行動することが多いスハルが同意する

それを聞いても、リギルはどことない違和感を感じたが、すぐに気のせいだと思いなおす

このメンバーの中で最も勘の鋭いアルが何も言わないのも、リギルが気のせいだと思った理由の一つだろう。


「そうか。じゃあ、先に行こう。確か、あの建物だ。ここからは陣形を組んでいくぞ」


リギルがそう言うと、今まで順を気にせず走っていたクランのメンバーが迷うことなく陣を組んでいく

先頭を歩くのは斥候役のミルファと剣士のアル

そして、その後ろを行く中衛が、近接も魔法も使えるシャウラとシェアト

さらに、その後ろには後衛職のリギルとスハルがおり、後ろからの奇襲への対策として、最後尾に盾職のサルガスが位置する

七人は敵のアジトに近いので、周囲を警戒しながらも急いで進む


(目標の建物のドアの前に見張りがいる。数は五。実力は大したことないけど、連絡用の魔道具を所持)


風魔法を使ったミルファがメンバーだけに聞こえるようにそう伝えた後、サブマスターのリギルを見る

その視線の意味を受け取ったリギルはこくんと頷くと、周囲の地図を考えて作戦を立て、精霊魔法を使って皆に伝えた


(まず、シャウラとアルは建物の裏手に回って合図があるまで待機。サルガスとスハルは右手側に回れ。ミルファとシェアトは遊撃として参加、人質の救助を最優先にしろ

 俺が弓で見張りを始末するのを合図として一斉に仕掛けろ)


それを聞いたメンバーはそれぞれ頷くと、音もなく移動を開始する

所定の場所へ移動していくメンバーを見送ったリギルは、ふうっと息を吐いた後弓を構え、弦を弾く

矢は魔力を使うことで、魔法以上の精度と速度、弓以上のコントロールを可能にする、リギルの得意な技だ


(おーけーだって~)


風の精霊が耳元でそうリギルに話し、他のメンバーが所定の位置についたことを教えてくれる

気まぐれで見ることすらなかなかできない精霊をこのように使えるのは、リギルがエルフであり精霊魔法の使い手だというのが大きい


(今だっ!)


見張りの注意が逸れた一瞬の隙に、リギルは魔力の矢を放つ

空気抵抗が全くないため、音もなければ速度が落ちることもない

そして、その矢が見張りの一人に着弾した瞬間、そこを起点に精霊魔法の中でも高位の魔法が発動する


―ーゴウッ


大きな音を立て、見張りを一瞬で焼き尽くした炎は、存在そのものが嘘だったかのように一瞬で消えた

そして、それを確認した前衛の4人がそれぞれ建物の中へ突撃していく


リギルは、中から逃げる者がいないかどうかを確認しながら、辺りにエルナがいないかを探す

一旦は気のせいだと納得したリギルだったが、やはり何かの違和感が残る

それに、情報を集めているのであれば、この周辺にいるはずであり、救出に参加しないのは不自然だ


(さて、そろそろ制圧が終わってるかな……っ!!)


時間的に、そろそろ救出されるだろうと思った矢先、リギルの第六感が異様なものを感じた

反射的に腰から短剣を抜くと、振り向きざまに『何者か』に斬りつける


ーーキンッ


甲高い金属音を立てて、リギルの短剣はあっさりと防がれる。いや、リギルの短剣が、迫りくる大剣を止めたというべきか

リギルはバックステップで距離を取り、襲撃者を確認する

そして、リギルはその顔を見た瞬間、叫びたくなる衝動に駆られたが、何とか堪える

その代わりに出たのは、とある一つの単語だった


「魔族……」

「くくっ、正解。エルフごときがよくわかったな」


真っ赤な目に、青い髪。頭から生える一対の角は不自然に黒い

その顔は地球で言うところの悪魔を連想させるような見た目で、裂けたような口は人の恐怖心を煽る


ーー魔族



「何故、ここにいる……」


かつて、メルと一緒に行動していた時に一度だけ魔族を見たことがあるリギルは目を見開きながらそう尋ねる

警戒心を露にしながら魔族を睨みつけているリギルに、魔族の男はくくっと笑いを漏らす


「何故って、そりゃあ復讐に決まってるだろ?人類や、おまえらエルフへのな!」


魔族の男はそう言うと、リギルが予備動作なしで放った精霊魔法を片手で弾く

あっさりと弾かれた魔法にリギルは舌打ちをしながら、魔族との距離をとる

後衛型のリギルにとって、距離とはそれだけ有利なものになるからだ

そして、それを理解している魔族はリギルとの距離を詰めようと、大きく一歩を踏み出す

いくら相手が魔族より種として劣るエルフであっても、クラン『紺色の霧』のサブマスターを侮ったりはしない


「【精霊よ 壁を】」


リギルは本来ならば数秒はかかる詠唱をたったそれだけの呟きで終えると、一瞬で魔法を構築する

刹那、精霊たちの手によって後退するリギルと追撃を試みる魔族との間に厚い土と氷の壁ができ、魔族を足止めする


「小癪な!」


しかし、魔族の持つ魔力と身体能力をこの程度・・・・の壁で止めることはできない

膨大な魔力を込めた魔族の右手は厚い壁を一瞬にして破壊し、一瞬足を止めたが、それだけ

だがしかし、リギルは仮にも『夜霧』の片腕と称される男である

その一瞬があれば、魔族にとって脅威となりえる一撃を繰り出すには十分だ


「【討ち 砕け 止まるな 止めるな】」


リギルは弓を構えながらそう呟き、魔族の心臓めがけて矢を放つ

精霊に力を借り十分に引き絞って放たれたその矢は、音すらも置いていく速度で魔族を襲う

その様子は、『必殺の弓』の異名にふさわしいものだった


「っ!!?」


右手を振りぬいた直後の魔族は、リギルの放った矢を躱すことができず、急所から外す程度しかできなかった

その結果、リギルの放った矢は魔族の左腕に命中したうえ、その威力の高さから命中個所の周りを吹き飛ばす

その痛みに、魔族は思わず表情を歪ませる

しかし、その隙を見逃すリギルではない

即座に弓を構えなおすと、大量の魔力を込めて詠唱精霊と取引をする


「【討ち 砕け 止まるな 止めるな 全てを 貫通せよ】」


先ほどよりも長い詠唱の末放たれた矢は、通常であれば魔族が動けもせずに撃たれるほどの速さを持っていた

そう、通常であればだ


「なっ!」


何処からか現れた炎が、リギルの放った矢を焼いたため、矢は魔族に届くことはない

リギルは慌ててその炎の原因を探す

そして、自分の後方にいくつもの膨大な魔力があることを感じ取った

リギルは慌てて振り返り、その魔力の原因を目視で確認する

実際、魔力だけで大方の予想はついていたが、やはり目視で確認したかったからだ


「っ!!?

 お前らっ!?」


リギルが振り返った先にいたのは、九人の魔族とよく見知った人の仲間クランメンバーだった

自分の味方が捕らえられている、そんな光景を見せられたリギルは、すぐさま脳内でこの状況を切り抜ける策を考える


(くそっ!真っ向から挑もうにも魔族全員を相手にするだけの余裕はない……

 しかし、九人も魔族がいては逃げることは不可能か……さあ、どうするのが最適か……っ!?)


リギルは急に自分の体の近くに現れた一つの小さな気配を感じ取り、腰の短剣を抜いて迎撃しようとする

しかし、短剣がその気配の主を仕留める前に、リギルは自分の脇腹に何かが刺さるのを感じた


「ぐっ!」


リギルはそんな声を漏らしながらも短剣を振るが、急に体中の力が抜けて短剣を落としてしまう


(毒かっ!)


それならばと精霊魔法を試みるが、何故か魔力が言うことを聞いてくれない

先程脇腹に刺された何かのせいだと察したリギルは、無理に動くのを諦める

しかし、ただでやられるのは面白くないと考えたリギルは、せめてもの抵抗として自分に毒を盛った相手を見ようと体を動かす

だが、リギルはその選択を後悔することになる


何故なら、リギルが見たのはほかでもないーー


「ごめんね、リギル」


エルナだったからだ





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