不機嫌の闇魔法



これは、クランのメンバーではリギル以外気が付いていないことなのだが、実はメルの睡眠はとても浅い

廊下を誰かが歩いただけで目が覚めてしまうし、半径二十メートル以内で少しの殺気があっただけで武器に手が伸びる

他人より優れすぎている感覚を持っているメルならではの問題点だった


「……眠い」


メルは、ハンモックの上で不機嫌そうにそう呟くと、両耳を手で塞いで騒音を遮断しようとする

しかし、聴覚が鈍くなったことでその他の感覚がより鋭くなってしまい、ヒトの気配を感じてしまって寝れない

不機嫌全開のメルは、ゆっくりとハンモックから降りると、メルの安眠を妨害している原因のもとへ向かう


「だから!馬鹿はおめえだろ!!」

「はぁ!?そっちより頭いいし!!」


盾を振り回す大男のサルガスと、短剣を振り回すミルファは、怒気を隠すことなく放ちながら戦っている

庭で繰り広げられるそれは、簡単に言うと喧嘩なのだが、そのレベルが高すぎる

結局止めるのを面倒になってそのまま放置になっている

しかし、昨夜色々あってほぼ寝れていない寝不足のメルからすれば、止めるのに使う労力よりも眠れないデメリットの方が大きい


「二人とも、煩い……」


メルは大層不機嫌そうにそう言ったのだが、既に熱くなってしまっている二人には聞こえない

仕方ないので、メルは二人を闇魔法で強制的に眠らせる

それは早すぎるあまり、二人は声を出したり受け身を取る間もなく眠らされた

そして、それを絶句しながら見るのは、隣で訓練していたリギルとシャウラ

普段はいくら眠くてもそんなことをしないメルが急にそんなことをするとは思ってもいなかったリギルとシャウラは、かなり驚く


(メル、なんか今日苛々してないか?)

(確かに……何かあったんですかね?)

(……無理だ。苛立っているメルに聞けない)

(同感です)


二人はアイコンタクトでそんな会話をすると、不機嫌そうにハンモックのところに行くメルを恐る恐る見る

『夜霧』の異名を持つメルに八つ当たりなんかされたらたまったものではない

確かにリギルもシャウラもかなり強い冒険者だが、メルには全く勝てる気がしない


「リギル、シャウラ。二人を片付けといて」


ローブのフードを被りながらそう言ったメルは、誰がどう見ても不機嫌オーラ全開であり、そんなメルの言うとおりにしないという選択肢は、リギルにもシャウラにもなかった


(とりあえず、二人を回収して、あとはクランハウスの中で静かにしてるぞ)

(了解)


二人はまたしても心の中で会話をして、さっさとサルガスとミルファを回収する

サルガスとミルファをテキトーにその辺の床に寝かせると、リギルとシャウラは向かい合わせにソファーに座る

それを不思議そうに見ていたアトリアは、「どうしたんですか?」と尋ねながら二人に紅茶を出す


「……実は、メルの機嫌が悪いみたいなんだ」

「メルさんの機嫌が?何かあったんですか?」

「わからない。アトリアには何か思い当たるところはないか?」

「オレたちだけだと分からないからね」


メルが不機嫌な理由が全然分からない二人は、常に家に居るアトリアにそう尋ねた

不機嫌なのがメルでなければ、不機嫌だろうがどうだろうが関わらなければ問題ないのだが、規格外の力を持つメルが不機嫌となるとそうもいっていられない

最悪、辺り一帯が阿鼻叫喚の地獄絵図になる可能性も否定できないのだ。まあ、苛々程度でそこまでしないとは思うが


「うーん……最近、エルナさんのことを見る回数・・が増えた気がするんです」

「回数?」

「はい。見ている時間は変わらないんですけど、ちらちら細かく見ているっていうか、一挙一動に気を使っている感じがするんです」


それを聞いて、リギルは少し考える

確かに、エルナ関連のことならばメルがあれほど苛立っているのも頷ける

頷けるのだが、リギルにはエルナとメルの間で何があったのかの想像がつかない

あのメル大好きなエルナが、メルを苛立たせているなんて考えにくいのだ


「……あー、ダメだ。さっぱりわからん」


リギルはそう言って匙を投げる

分からないものは分からない。そう割り切る能力も冒険者には必要なのだ





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