十年前の雨の日
およそ十年前
その日は、酷い雨が降っていた
「……メルさん、遅いね」
既に夜の十時を過ぎているので、今起きているメンバーは百歳を超えているリギルと、十代のシャウラ、ミルファ、サルガスの計四人
彼らは、明日以降の打ち合わせを今日中に終わらせるために、こうして起きていた
しかし、肝心のクランマスターであるメルが帰ってこない
ここにいる全員は、メルの実力を知っているため、そこまで心配はしていない
しかし、万が一の可能性もあるのだ
「……リギルさん、メルさん何処行ったか知ってる?」
「いや。『依頼に行く』としか聞いてない」
冷静に
つまり、誰もメルの居場所を知らないのだ
これでは、捜索に行くことすらままならない
「ぎ、ギルドに何の依頼受けたか聞きに行けば!」
「落ち着け、ミルファ。万が一メルの居場所が分かったとして、メルがやられるような相手に勝てると思うか?」
「でもっ!!」
「……明日。明日までに帰ってこなかったら、探しに行こう」
当たり前だが、既に外は暗い
しかも、雨が降っている現状では、視界が悪く捜索すら難しい。獣人の血を引いているため鼻のいいミルファでも、雨のせいで匂いは追えないだろう
魔力を探すにしても、メルのいくような場所は魔物の宝庫だ。魔物の魔力と混ざってしまうので、メル並みの魔力探知能力が無ければ、どうしようもないだろう
つまり、既に手はないのだ
全員がその結論に至ったことで、場を重苦しい空気が支配する
(どうする?どうするのが正解だ?)
リギルの中では、そんな問いが延々と繰り返されている
しかし、答えは出ないままただ時間だけが過ぎていく
そんな時間が続き、日付が変わろうかというときだった
エルフなので魔力に敏感なリギルと、斥候役なので魔力に敏感になっているミルファは、クランハウスの前に唐突に現れた魔力を感じ取る
二人は慌てて席を立つと、急いで玄関へと向かう
そして、二人が動いたことで何かがあったと察したシャウラとサルガスも、二人に続いて玄関へ向かう
シャウラとサルガスが玄関に着いたのと、リギルが玄関のドアを開けるのが、ほぼ同時だった
慌てているリギルによって開けられた扉は、結構な速さで開く
そして、その扉の向こうに立っていた人の顔が、光に照らされてよく見える
黒に青のメッシュが入った髪は濡れていて、俯いている顔を知ることはできないが、それがメルだと、四人は一目見て確信した
だが、この近距離だからこそ、ミルファは分かった
――メルさんの体から、ヒトの血の匂いがする
メルに飛びつきそうだったミルファは、その匂いを感じて踏みとどまる
それと同じタイミングで、他の三人はメルが大事そうに抱えているものに気が付いた
濡れないようにだろうか。メルのローブを着ていて完全に肌は隠れているし、ほとんど動いていないが、魔力からそれが人間だと分かる
「……メル?」
リギルは、目を見開いて、メルの名前を呟く
メルはリギルの言葉に応じるようにゆっくりと顔を上げると、一切の感情を殺した顔で、リギルたちを見て、体から魔力を放出した
しかし、メルはすぐにいつもの笑顔に戻ると、空気中に霧散した自身の魔力を回収する
「ただいま。遅くなってごめんね」
軽い調子で言うメルに、その場の誰も返事をすることはできない
どうしても、先程のメルの表情が頭から離れないのだ
「この子、ちゃんとした布団に寝かせてあげたいから、中に入ってもいいかな?」
メルは手に抱えた黒いローブを見てそう言う
それを聞いてハッとした四人は、急いで道をあける
何故こんなことになっているのかは後で聞けばいい。今は、メルのローブに包まれている『誰か』を暖かい部屋に入れる方が先だ
メルは玄関で靴を脱ぐと魔法で濡れた体を乾かしてから中に入る
「じゃあ、この子は僕の部屋で寝かせるね。打ち合わせは、明日でいい?」
メルは階段の前で四人にそう尋ねる
リギルは、一瞬「先に説明をしろ」と言いそうになったが、いつになく真剣なメルの目を見て、「ああ」と返した
「ありがと。じゃあ、おやすみ」
メルはそう言うと、ゆっくりと、慎重に階段を上がっていく
その動作にすら、四人は違和感を覚える
しかし、その違和感の原因を探ることもできなければ、その違和感を消すこともできない
何とも言えない思いを抱きながら、四人はメルに続くように階段を上がり、それぞれの自室へ入っていった
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