チョコは美味しくできるかな?




「チョコ?」


エルナの口から飛び出してきた単語を、アトリアは思わず繰り返す

それにエルナは頷いて返すと、「チョコ、作る」と言った

確かに、チョコは普通に手に入るし、市販のチョコをとかして固め直すこともできる

だが、アトリアには何故エルナがそんなことを言いだしたのかが分からなかった


「どうして、チョコを作るんですか?」

「メルに、あげる」

「あげる?」

「うん。今日は、そんな日だって言ってた」


この場合、恐らく言っていたのはメルだろうとアトリアは考える

だが、そもそもチョコをあげる日というのをアトリアは聞いたことが無かったし、想像もつかなかった

そんなアトリアの困惑に気が付いたのか、エルナは詳しく話し始める


「前に、メルが二月の十四日は『ばれんたいん』で、女の人が男の人にチョコをあげるんだって言ってた」

「えっと、つまり、今日はメルさんが言ってた『チョコをあげる日』だから、エルナさんはメルさんにチョコをあげたいと?」

「うん。好きな人とか、お世話になってる人にあげるんだって。メルが、一年くらい前に言ってた」


それを聞いてアトリアは察した

恐らく、メルは雑談の中でそう言うものがあるとつい言っただけなのだろう

しかし、記憶力が飛びぬけているエルナはそれを覚えていて、メルにチョコを渡そうとしているのだと

ちなみに、その予想は大体当たっている


「そうですか……うん。わかりました。じゃあ、せっかくなのでチョコ作りましょう」

「ありがと」


エルナは、いつも通りの感じでお礼を言うと、手に持っていた大きい紙袋をアトリアに差し出す

それを、アトリアは首を傾げながらも受け取る


「これは?」

「材料。調べて買った」


何ともまぁ準備が良い

そこまで準備できるのなら一人でも作れそうだとは思うが、メルに贈るものを失敗したくないので、アトリアに助けを求めたのだ

まあ、何かと器用なエルナなら一人でも成功したとは思うが


「……エルナさん、何人分作る気なんですか?いっぱいありますけど」

「失敗したら嫌だ。余ったのは、アトリアにあげる。お礼」


やはり、斥候役であるせいなのか、エルナの行動は慎重である

まあ、同じ斥候役でもミルファは全然慎重ではないので、単に性格のせいかもしれないが


「じゃあ、作っていきましょう。どんな形が良いですか?」

「ハート」


エルナは何故か少し胸を張りながらそう言うと、腕を捲って手を洗う

アトリアは、手を洗い終わったエルナにタオルを渡すと、チョコを作るための調理器具を準備し始める









「……できた……!」


エルナは珍しく顔を輝かせながら、抑揚のついた声でそう言う

そんなエルナの前には、綺麗にラッピングされたチョコレートが置いてある


「おめでとう!すごい手際よかったですよ?絶対メルさんも喜んでくれますよ!」

「そう?嬉しい……」


そう呟くと、エルナはちらりと時計を見る

時間はまだ午後三時

「王様に呼びだされたから嫌だけど行ってくる」と言って家を出たメルはまだ帰ってきていない

まあ、今まで面倒という理由で王城に行くのを拒否していたので、その間に溜まった色々なことがあるのだろう


「メル、早く帰ってこないかなぁ……」


そう呟くエルナの表情は、どこか嬉しそうで、鼻歌が聞こえてくるようだった

そんなエルナを、アトリアは暫くの間微笑ましいものを見るように見ていたが、ふと一つ疑問が出てきた


「そういえば、エルナさんってメルさんのことが好きなんですか?」

「ん?当然でしょ?アトリアは、メル、嫌い?」

「あ、すいません。言い方が悪かったですね。エルナさんは、メルさんに恋愛感情とかあるんですか?」


そんなアトリアの問いかけに、エルナは一瞬キョトンとした後、何かを考えるそぶりを見せる

暫くしてから顔をあげると、じっとアトリアのことを見る


「アトリア。恋って、どんなの?」

「え……」


思わぬことを尋ねられて、アトリアは返答に困った

アトリアも女の子なので、女子向けの小説などを読んではいる。が、アトリア自身恋をしたことが無かったので、エルナの問いに上手く答えられなかったのだ


「そうですね……例えば、その人が大好き、とか……その人となら、キスしたい、とか、結婚したいとか?」

「じゃあ、ボクは、メルが好き」


アトリアの言葉を聞いたエルナの答えは実にシンプルなものだった


「えっと……その好きは、家族に対する好きではないんですか?」

「違う。ボクは、メルとキスとかしたい。家族ではあるけど、どちらかというと、夫婦?みたいな感じ」


つまり、エルナは『今自分とメルは家族だけど、エルナの感覚だとメルとエルナは夫婦』だということを言っている

それを聞いたアトリアは、恋人という過程を抜かしていたことにツッコミを入れたくなったのだが、エルナに普通の感覚を求めても無駄だと気が付き、それは胸にしまっておいた


「ただいまー」


玄関のドアが開く音とともに、眠たそうなメルの声が聞こえてきた

エルナは、その声に反応すると、目の前のラッピングされたチョコレートを持って、メルの元へ駆け寄る


「おかえり」

「うん。ただいま」

「メル、これあげる」


エルナはそう言うと、手に持ったチョコをメルに差し出す

急に何かをもらったメルは、訳が分からなかったが、エルナからのプレゼントは嬉しかったらしく、笑顔で受け取る


「今日、バレンタインだって、メル言ってたから」

「え?覚えてたの?エルナすごいね……じゃあ、これは」

「うん。メルの為に作ったチョコ」


エルナがそう言うと、メルは一瞬目を見開いて驚いたものの、すぐに満面の笑みを浮かべると、右手でエルナの頭を撫でる


「ありがとう!すごく嬉しいよ!アトリアも手伝ってくれたんでしょ?ありがとう」

「いえ。あたしは少しアドバイスしただけです」

「そんなこと、ない。アトリアのおかげで、美味しくなった」


メルに頭を撫でられてさらに機嫌がよくなったエルナは、そう言うとメルの服の裾を掴んで、ソファーまでひっぱる


「美味しくできたから、食べて?」

「うん。じゃあ、いただこうかな」


メルは、エルナに言われるままソファーに座ると、丁寧にチョコの包装をはがす

そして、一粒チョコをつまんで口の中に入れる


「っ!!美味しい!!エルナ、ありがとう!とっても美味しい」

「そう?良かった」


メルが喜んでくれた。それだけで十分なエルナは、今日一番の笑顔を浮かべてメルに頭を撫でてもらうのだった




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