メル以外も朝起きない可能性がある





雨が降る中、黒髪の少年と一人の幼い女の子が向かい合っていた

翡翠色の髪を持つ女の子の手にはナイフが握られており、その切っ先は少年を向いている


「もう!どうしようも、ない!」


女の子はそう叫ぶと、ナイフを向けたまま少年に突撃する

しかし、ナイフが少年に当たる寸前で少年の体が霧のように変質したため、ナイフは少年に刺さらない


「なんで!なんでじゃまするの!」

「そりゃあ、僕だって死にたくないし」

「そんなのっ!」


女の子は再びナイフを突き刺そうとするが、メルの魔法によって体が拘束される

メルは女の子からナイフを奪うと、ポイっと投げ捨てた


「君の事情は大体想像がつく。でも、本当にあの村の人たちは君を受け入れてくれるの?

 君は幼いけど、それが本当かくらいは想像がつくよね?」

「うるさい!じゃあ、どうすればいいの!!」


女の子はそう叫ぶと、必死に拘束から逃れようとする

しかし、拘束は全く緩まず、痛くない程度の力を維持していた

少年は女の子に近づくと、しゃがんで目線を合わせる


「じゃあさ、僕と――――」







「……ゆめ?」


エルナはそう呟くと、むくりとベッドから起き上がり、時計を見る

時間はまだ五時。もしかしたらアトリアは起きているかもしれないが、他のメンバーはまだ寝ているであろう時間

しかし、昔の夢を見たせいか、エルナはどうにも落ち着かず、ベッドから出る


扉を開けて廊下に出ると、綺麗な階段をのぼり、三階へ向かう

三階のとある一室。エルナは目的の部屋の前に辿り着くと、音を立てないよう慎重に扉を開けて中に入る


「……ん?どうかした?」


そこの部屋のベッドで寝ていた人物はむくりと上体を起こすと、目を擦りながらエルナを見る

エルナは黙って首を横に振ると、扉を静かに閉めてベッドの近くに移動する


「メル、夢にいた」

「そっか。現実でも夢でも会ってるんだね、僕たち」


メルはそう言うと、またベッドに横になる

エルナは暫くメルをじっと見つめていたが、ゆっくりと動き出すとメルのベッドにもぐりこむ

エルナはメルの腕に抱きつくと、そのまま目を閉じて眠りについた







「で、いまこんな状況になっているということですか?」

「そうなんだよ。なんか早く起きちゃったみたいだから起こすのも悪いし……」


メルは小声でそう言うと、肩より下くらいの長さの白い髪をした少女、スハルをベッドから見上げる

彼女は同じくクランメンバーのアルと双子であり、一応スハルのほうが妹になるらしい

まあ、スハルのほうが断然しっかりしているのだが

そんなしっかり者のスハルが何故メルの部屋にいるのかというと、朝に姿を見せなかったエルナを探していたからである


「居ないなぁとは思いましたが、まさかマスターと一緒に寝ているとは……」

「まあ、別に迷惑ってわけじゃないからいいんだけどね。今日なんか用事あったの?」

「そうじゃないから起こさないように小声で喋ってるんですよ。こんな安心しきった寝顔見たら、起こす気なくなっちゃうじゃないですか」

「だよね」


メルとスハルはそう言うと、同時にメルの腕に抱きついているエルナを見る

すうすうと安らかな寝息をたてている姿からは、無表情で無口なクールのイメージは感じない


「そもそも、年頃の女の子が異性に抱きついて寝るのって普通なの?」

「いや……普通じゃないと思いますけど、エルナちゃんはたぶんメルさん以外にはそんなことしませんよ?」

「やっぱりそう思う?まあ、好かれてる分には悪い気がしないからいいんだけど、腕がしびれてきてるから、解放してほしいんだよね」


メルはそう言うと、抱き着かれていない方の手でエルナの頬を軽くつつく


「起きないね」

「起きませんね。いつものメルさんみたいです」

「僕は誰かが部屋に入ってきたら起きてはいるんだよ?ただ、動きたくないからもう一回寝ようとしてるだけで」


メルはそう言うと、エルナの髪を手でとかすように撫でる

その様子はラブラブの夫婦のようにも、仲良しな兄妹のようにも見える微笑ましい光景だった

スハルは思わずくすっと笑うと、少しかがんでエルナの頭を優しく撫でる


「起きませんね」

「起きないね……」


こうして、クラン『紺色の霧』の朝は過ぎていった






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