仕事=天変地異の前触れ




「依頼でも受けようかな……」


朝食の席でメルが何気なく放った一言は、その場にいたメル以外の全員をフリーズさせた


「は?本気なんだよな?」

「て、天変地異の前触れ?」

「……熱?」

「オイラの頭がおかしくなったのか?」

「どうしました?今日何か起こるんですか?」


みんなが好き勝手に言うので、メルは少し泣きそうだった

何故あれだけの呟きでこれほどまでに言われなければいけないのか

メルからすれば理不尽だったが、他のメンバーからすれば当然のことだ。普段からほとんど外出はせず、隙あらば寝ようとするような人間が、急に働くと言い出せば驚くのは仕方ない

というか、悪いのはいつも寝ているメルである


「で、本当に何があったんだ?」


一通り騒いだ後、リギルが代表してメルに尋ねる


「別に?ただの気分だけど……」


メルは拗ねたようにそう言うと、結露しているコップを指先でつんつんとつつく

拗ねたようにというか、完全に拗ねている


あ、これ面倒くさいやつ


そう察したのは誰だっただろうか


「だいたいさ、いっつもいっつも僕が寝てるみたいな言い方して……僕だって色々考えてるんだからね?

 そもそも、いつも模擬戦を申し込んでくるリから始まる三文字の人とか、いっつも喧嘩してるサルと犬とか……いつも寝てる僕以上に迷惑かけてるでしょ?

 そりゃあ、僕だって寝すぎてる自覚はありますよ。けどね、そんなに言われるほどかな?」


ああ、面倒くさい

ほとんど全員がそう思って、聞き流していたのだが、ひとりだけメルの味方がいた

翡翠色の髪をした少女、エルナだ


「大丈夫。ボク、メル迷惑じゃない」

「ありがとう!聞き流してる誰かさんたちと違って、エルナだけが味方だよ!」


明らかに毒を含んだメルの発言だったが、他のメンバーは皆スルーをした

反応したら負けなのだ。悪いのはいつもぐうたらしているメルなのだから

メルは手を伸ばしてエルナの頭を撫でると、急いで朝食を食べる

まともに働いていたころに培った早食いの技術は未だに衰えていなかった


「ごちそうさま。じゃあ、準備してくるね。留守番よろしく」


メルはそう言うと、装備を整えるために三階に上がる

まず、シャツの上から腰にベルトを巻くと、両方の腰に短剣を一本ずつ差し、左腰の位置についているホルダーにはクロスボウを装備する

続いて、壁にかかっていたローブを羽織り、その内ポケットについている様々な装備品をチェック

最後に財布をポケットに入れると、準備は終わる

いつもならばこれほど真面目に点検をしながら準備をしないのだが、久しぶりに依頼を受けるので、念には念を入れて真面目にしていた


「行ってきまーす」


メルは軽い調子でそう言うと、玄関から勢いよく出て行く


「……今日、槍でも降るんじゃないのか?」


リギルがポツリと呟いた言葉に、他のメンバーは勢いよく頷いていた

普段のメルがどんな目で見られているのかがよくわかる反応である












冒険者ギルド

ほぼすべての国家に存在していながらも、戦争には関与しない完全中立の組織である

基本的には国から出される魔物討伐依頼の仲介や、一般から出される依頼の仲介

さらには魔物の素材の買取・販売までを行う超便利コンビニエンスな組織である

見るからに立派な建物にメルは自然に入っていく

賑やかなギルドの中の数人が入ってくるメル少年に気が付いたのだが、特に気にした様子もない

……一部、メルを見て顔を青くして震えている冒険者もいたのだが、それは置いておくとしよう

メルは一直線に依頼がはってあるボードの前へ行くと、高難易度の討伐依頼ばかりを見る

リザード討伐、オーク三十体分の肝、一つ目蝙蝠の目玉採取……

どれもメルの興味を引く依頼はなく、もっといい依頼はないかと探していたのだが、テンプレート的な『アレ』が起こる


「あれれ?どうして子供が討伐依頼のコーナーにいるんだぁ?」

「ガキは家に帰ってママのおっぱいでも飲んでろよ!」

「あははっ!ちげえねえ!」


メルの後ろで、数人の男たちが何やら騒ぎ始める

しかし、それらを意識的に無視しているのか、単純に気が付いていないのか、メルは全く反応を見せない

それにイラついた男の一人は、メルの肩を掴もうとする

が、メルが素早く体を左に動かしたため、その手は空振りに終わる


「……なにかあった?」


メルは友人に話しかけるような調子でキョトンとしている男に話しかける

少しの間固まっていた男は、起こったことを理解すると、馬鹿にされたと思ったのか、顔を真っ赤にする


「てめえ!」

「え?急にどうしたの?血圧上がるよ?」


メルからすれば挑発している気はなく、純粋に心配しているだけなのだが、男はそう受け取らなかった

さらに顔を赤くした男は、拳を振り上げてメルに襲い掛かる

驚く程短気である。明らかにカルシウムが足りていないが、今この状況ではあまり関係のないことだ

メルは冷静にその拳を回避すると、腰から短剣を抜いて、男の首元に突きつける


「何か?」


メルは軽い口調でそう言うが、現在進行形で短剣を突きつけられている男からすればメルの口調など気にしている余裕はない


「ひいっ!!」


いつの間にか大勢の人間がメルと男たちに注目していたが、そんなこと関係ないとばかりに、男は短く悲鳴を上げる

男の仲間たちは男を助けるために行動をしようとするが、味方の首元に短剣が突きつけられている状況では動きようがない

そのまま硬直していたのは、数秒だったか数分だったか

やがて、その場が大きくざわめきだす


「ん?」


見慣れた何かを感じたのか、メルが短剣を構えたまま、顔をギルドの入口の方へ向ける

少しすると、人混みが割れて、大柄の男を中心とした八人のグループが真っすぐ歩いてきた


「あれ?なんで来たの?何か用事あった?」


メルはいつも通り・・・・・の態度でそう言うと、空いている左手を軽く振る


「おいおい、あいつら、『紺色の霧』の奴らだよな?」

「ああ、間違いない。先頭にいるのは『必殺の弓』だ」

「おいおい、八人もメンバーが集まってるのなんか初めて見たぞ?」

「っていうか、あのガキどうしてあんな余裕なんだ?」


その場にいた人々が口々にそんなことを言うが、ある男の言った一言で静まり返った


「あ、あの少年が、『夜霧』だ……」


そう言ったのは、メルを見て震えていた男の一人

本来は誰も信じないであろうその発言だが、今この場で疑う者は誰もいない

何故なら、少年が『紺色の霧』のメンバーたちと仲良さげに話しているからだ


「お前がなんかやらかしてないかと思って来てみたんだよ。案の定なんかやらかしてるし……」

「……メル、心配」

「あはは、信用無いなぁ……」

「「「「「当然だ!(です!)」」」」」


その場にいた『紺色の霧』のメンバーの声が重なった

今この場にいない調理担当のアトリアがこの場にいたとしても同じことを言っただろう

いつも通り過ぎる『紺色の霧』のメンバーだったが、それ以外の人々はそれどころではない

『紺色の霧』とは、洒落にならない程実力があるのだ

家事担当のメンバー以外は全員が二つ名を持っており、その戦力は一国に匹敵するとも言われている

その中でも特に恐れられているのが、クランマスターの『夜霧』であり、『全ての攻撃が通用せず息をするように魔法を使う』『身体を霧状に変質させ、物理攻撃を無効化する』『不老不死』など、様々な噂がある


「メル、いつまで短剣突きつけてるんだ?」

「あ、ごめん。つい」


メルはそう言うと、短剣を鞘に戻し、他のメンバーに近づく


「ねえ、ドラゴンの討伐の依頼ってないかな?

 手ごたえがなさそうな依頼ばっかりでさ」


もしこれを言ったのが『夜霧』で無かったとしたら、他の人物だとしたなら、『何を馬鹿な事を』と笑われていただろう

しかし、それを言ったのは『夜霧』だ。当然ながら、場は沈黙に包まれる

……尤も、『紺色の霧』のメンバーは苦笑いを浮かべるだけだったのだが







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