昼下がり。
きっかけは些細なことだった。繰り返される親の発言に辟易したと言えばそれまでだが、当時中学生の俺にとってみれば重大なストレッサーであり、精神的余裕を喪失するに足る十分すぎるほどの事実。
ある程度成長し、高校二年生の夏を迎えている現在であれば同じような過ちは犯さない。けれどもやはり、反抗期と仲良しな年頃の男子としては苛立つ感情を諫めることはどうにもできなかった。
ともあれ、幼馴染の年端もいかない少女にその感情をぶつけるのは流石にどうかと思うし、当時も思ったが。
こうして高校生になった今だから思うのだ。
――あの頃の世界は、とても小さいものだったと。
「アンタはまた
どうしてこうも母親の声というのは耳障りなのだろうか。俺自身の事を想ってその言葉を口にしているということが分からない程俺も子供ではない。
だが、体がはいそうですか、とはいかないのだ。血圧が上がっていくのがなんとなく感じられる。どうにも俺はキレやすい体質らしい。それが分かったからと言ってどうにかなるわけでもないが。
「…あぁ、わぁったよ。謝ればいいんだろ謝れば」
ぶっきらぼうに吐き捨てると、母親はやれやれとでも言わんばかりに大仰に肩を竦めて一つ軽く嘆息した。
「そうね、そうしなさい。そうめんできたから冷めないうちに食べなさいよ」
…こういう点では母は機転が利くと思う。やはり息子のことを一番よく分かっている。本人以上に分かっている部分すらあるのだろう。母には頭が上がらないというのは本当らしい。
反抗期だからこそあまり問い詰めるような口調はせず、乱暴な発言にも口を挟まない。こういう母親だからこそ俺を女で一人で育てていけてるんだろうな、と子供ながらに感心した。
おかしい。
いつもはもっと美味しいはず。男子中学生がぎりぎり食べきれるくらいの大きさの器にはたっぷりの水と氷、真っ白な素麺が盛り付けられていた。水を盛りつけというかはさておき。
涼しげな印象を抱かせるにはこれ以上ない程の透明感は、蒸し暑い日本の夏場においても食欲をそそるのだ。いつもなら。
箸が重い。決して風邪を引いたとかそういうんじゃないと思う。でもいつもみたいに美味しく食べられない。なんだか寒気がする。病気の類というよりは、なんだか嫌な予感というか直感というか。
突如胸の奥から不安が緩やかに、少しずつ、湧きあがってくるのを感じた。膨大な洪水のようなものではない。水瓶に水が注がれるように確実に注がれていく得体のしれない漠然とした不安。
身体の節々が冷たくなっていくのを感じる。目の奥がチカチカする。蝉の声など聞こえなくなるくらいに、照り付ける太陽など見失うくらいに、世界が暗闇で満ちていくのを感じる。
「…なんだよ、これ」
そうそう。
この時俺に直感が働いていなかったら、
今俺の隣に――いや、この世界に、瑞希はいない。
夏の日。 いある @iaku0000
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