04.手嶋さんの家

「しかし、ほんとびっくりしたなぁ、もう……」

花音あんたそれ、何回言うのよ」

「だって! あまねくんち、近所だとは聞いたけど……まさか同じフロアの隣りだなんて!」

「隣りじゃない。四軒隣り」

「同じだよ! 一戸建てなら隣りの距離だよ!」


 たまきさんが乗ってきた古いミニバンの二列目――私の斜め後ろで、さっきから同じことを繰り返している花音かのん


「それにしてもほんと……びっくりしたなぁもう」

「もういいっつ―の!」

「それにしてもさ……」


 花音が、助手席と運転席の間から身を乗り出すように顔を覘かせる。

 

「中学の頃からあたし、なんどか咲々芽ささめんちに行ったこともあるのに、あそこにあまねくんが住んでるなんて、全然教えてくれなかったよね!?」

「あー……訊かれなかったしね」

「訊けるか! 存在も知らないのに」

「あまねくんのお父さんに頼まれてたのよ。ビッチは近づけるな、って」

「誰がビッチよ!!」


 ……っていうか、なにそれ? 真っ赤っか! と、私が膝の上で操作していたポータブルナビの画面を覗きこんで、花音が眉をひそめる。


下道したみち、渋滞してますね。予定到着時刻、十三時五十分ですよ?」

「そうかぁ。土曜だから空いてるかと思ったんだけど……高速乗ろうか?」


 私の言葉に、運転席の環さんもナビの画面を覗き込んでプクッと片頬を膨らませる。

 女子かっ!

 今日の装いはグレージュのチュニックワンピースに黒のストッキング。可能な限りボディラインを目立たせないのは、女装子ファッションの基本らしい。

 もっとも、昨日のようなスマートな服装でもまったく違和感なく着こなしてしまうのが環さんのすごいところだけど……。


「だからもうちょっと早めに待ち合わせを、って言ったのに……。高速なんて、経費大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。昨日、あまねくんがいっぱい稼いでくれたから」


 直後、チッと、小さな舌打ちが真後ろから聞こえる。周くんだ。

 花音の隣りの席でノートパソコンを広げなら、まだいろいろと調整中らしい。


「高速使うなら……あと二キロで入り口ですよ」


 有料道路優先でルート検索をして、ダッシュボードのスタンドにナビを戻す。

 すぐに、ナビからも高速道路に関する音声案内が流れる。


「そういえば咲々芽さん、さっき、メッセンジャーで何か送ってきた?」

「気付いてたんですか? なら、すぐに読んでくださいよ」

「う~ん、あれって、開くとそれが送り主にも分かっちゃうんでしょ?」

「〝既読通知〟ってやつですね。分かりますよ」

「それが伝わっちゃうと、すぐに返信しなきゃならない気がして、焦らない?」

「いつも読まないの、そんな理由だったんですか? 別に、雑談するために環さんにメッセージなんて送りませんから、読むだけ読んでくださいよ!」


 環さん、意外と気遣い屋さん!?


「で、用件はなんだったの?」

「いいですよ……もう……」


 ほんとは、花音にいろいろ気付かれる前に待ち合わせ場所を外に変えたかったんだけど……。周くんがうちに来ちゃった時点で手遅れだ。


「ああ! あたし、既読にならないようにするアプリ、知ってますよ!」


 花音が、座席の間から授業中の小学生のようにまっすぐ挙手をする。


「ほんと? それ、私のにも入れられる?」

「大丈夫だと思いますよー。スマホ貸して下さい」


 環さんからスマートフォンを受け取ると、自分のスマホも取り出してなにやら操作を始める花音。

 あれ? アプリのインストールで、自分のスマホは必要なくない?

 と思った矢先、ピロリン、と聞いたことのある効果音が流れる。


「花音……今の音、赤外線通信の音じゃない!?」

「うんうん。ロックかかってなかったから、ついでに番号の交換をね~」

「ついでに、って……勝手にそんなことする人、初めて見たよ!」

「そうかなぁ? えへへへ~」

「褒めてない!」

「ウフッ。これこそ、フレンドリーに友人の輪を広げていくフレンドプロジェクト、名付けて親友ダボハゼ作戦なのだよ、咲々芽くん」

「やけに、友が多いわね……」


 っていうか、ダボハゼ言われてますよ環さん。いいんですか?

 チラリと運転席に目をやるが、とくに気にしてはいないようだ。

 はい、できましたよー、と、花音が環さんにスマホを渡したところで、車も高速入口の側道へ逸れていく。


「ありがとう、矢野森さん」


 笑顔でスマホを受け取ったあと、高速に乗るからシートベルトしておいて、という環さんの指示に、花音も「は~い」と元気に答える。


「ほんとは一般道だって、後部座席もベルトしなきゃないんだよ、花音」

「胸が締め付けられて苦しいんだよねー。スポーツブラの咲々芽と違って……」


 スポーツブラ? と、環さんが助手席の私を流し見る。


「ちっ……ちがいますよ! 普通のブラですよ! スポーツじゃない、普通の!!」


 振り返ってキッと花音を睨みつけると、すでにそ知らぬ顔でベルトを締め終わった彼女がニコッと微笑みかけてきた。

 くっそ……、覚えてろよ、花音のやつ……。


               ◇


 高速から降りてさらに走ること十五分。ようやく『目的地周辺です』というナビの音声案内が車中に響く。

 近くのコインパーキングに車を停め、四人で車外へ。

 午後一時十五分。約束の時間より少し遅れたが、先ほど手嶋てじまさんへは連絡を入れておいたので大丈夫だろう。


 チュニックワンピースのスーパーモデルに、百八十センチ級のイケメン男子と制服姿の女子高生。

 そして……花音いわく、早朝のゴミ出しファッションの私。

 はたから見たら奇妙な取り合わせなのか、道行く子連れの主婦が二、三度私たちの方を振り返りながら通り過ぎていく。


「それにしても雪実ユッキー、なんでN市なんかからうちの学校通ってるんだろ。別に、わざわざ通うほどの学校でもなくない?」


 確かに――。

 電車なら三十分、徒歩や待ち時間も合わせれば、通学時間は有に一時間を超えるだろう。

 偏差値、五十そこそこの公立高校。全県一学区制導入前の、昔ながらの校区の生徒しか通わないような、言ってみればどこにでもある地元校だ。

 こんな、見るからに高級住宅街に住む女子高生が、一時間以上かけて通う学校としてはあまりにもありふれすぎている。


 聞いていた住所を頼りに五十メートルほど歩くと〝手嶋〟と表札の掲げられた、周囲の家よりもさらに一際ひときわ……どころか、二際ふたきわ三際みきわも立派な豪邸の前に辿り着く。

 ローマ字で書かれている家族四人の名前の中には〝YUKIMI〟の文字も。間違いない、ここが手嶋さんの家だ。


 環さんが、アルミ製の門扉もんぴに付いているブザーを押すと、程なくして『はい』という女性の声がスピーカーから流れてきた。

 ――手嶋雪実てじまさんの声。


「飛鳥井環です。すいません、少し遅くなってしまって」

『いえ、大丈夫です。どうぞ、お入り下さい』

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