05.手嶋洵子
「
『いえ、大丈夫です。どうぞ、お入り下さい』
手嶋さんが答えるのとほぼ同時に、門扉からカチャン、と解錠の音が聞こえた。
門をくぐると、すぐ左にはガレージの入口があり、敷き詰められた石畳から靴底を通して
石畳部分を抜けると青々とした芝生が広がり、ガレージの裏を回るように飛び石状の玄関アプローチが十メートルほど続いていた。
先頭に立ち、きょろきょろと首を回しながらアプローチを渡っていく
「うっはー……、このガレージ、車何台くらい並ぶんだろ」
奥行き約五メートル、幅はアプローチが切れるさらにその奥まで続いている。
おそらく、普通車なら七~八台は並んで停められる広さだろう。
「ガレージだけでうちのマンションより広いかも……」
ポーチに辿り着いた花音が、母屋に隣接して建てられているガレージを覗き込みながら嘆息する。
続いて私、さらにすぐあとに、片手にノートパソコンを持った
振り向くと、環さんがアプローチの中ほどで立ち止まり、額に手をかざして上を見上げている様子が目に止まる。
視線の先は……母屋の二階部分?
「どうしたんですかー?」と声をかけると、
「ああ……うん、いや、なんでもない」と言って、再びこちらへ向かって歩き出す。
午後の陽射しの下で、一瞬、口元の影がわずかに吊り上がるのが見えた。
あれは……なんでもない顔じゃないよね、絶対。
四人がポーチに揃ったところで、改めてチャイムを押そうとしたその時、両開きの玄関ドアがガチャリと開き、中から手嶋さんが顔を覘かせる。
白いTシャツにチェックの長袖シャツを重ねただけの地味な普段着。
「すごいね、ユッキーの家!」という花音の言葉に少しだけ微笑んで、
「お疲れさま。……どうぞ、中へ」といって大きく玄関ドアを開く。
手嶋さんに促されるまま、たっぷり三~四畳はありそうな玄関ホールへと足を踏み入れると、さらに玄関の奥で二人の女性が出迎えてくれていた。
いらっしゃいませ、と深々とお辞儀をしたエプロン姿の女性は……おそらく家政婦さんだろう。
その隣、家政婦さんに続いて「こんにちは」と軽く会釈をした、薄茶色のショートボブの女性は――
「こちらが、私の母です」
手嶋さんの紹介にあわせて、彼女がもう一度会釈をする。
「雪実の母の……
エリートOLか、もしくはキャリアウーマンかのようなきちんとした挨拶だ。もちろん、高校生の私のイメージ上の話だけど。
アイライン、シャドー、チークに口紅……。
決して厚化粧ではないけど、しかし、隙のない入念なメイク。
息子が行方不明ということでもう少し憔悴した様子を想像していたんだけど……もしかするとそれを隠すためのフルメイクなのかもしれない。
「飛鳥井、環さん……。あの……所長さんですか?」
環さんから手渡された水色の名刺に視線を落としながら、洵子さんが意外そうに呟く。
「ええ……聞いていませんでしたか?」
「あ、いえ、雪実さんからは、所長様は男性の方だとお聞きしていたので」
自分の娘に〝さん〟付け?
テレビドラマなんかではたまにみたこともあったけど……お金持ちの家って、ほんとにそんな風に呼んでいるんだ!
「ああ、私、こう見えて男性ですので、間違ってはいませんよ」
環さんの言葉に「ええっ!?」と目を見開くも、すぐに気を取り直して、
「あ、あの……ごめんなさい、知らなかったもので……大変失礼いたしました」
「いえいえ、この出で立ちですからね。これで、男性だと思えなんて、そんな鬼みたいなこと私だって言いませんよ」
環さんなりの冗談なのだろう。そういって微笑みかける環さんだったが、それでも洵子さんは恐縮したようにもう一度頭を下げた。
かなりの身長差のせいで、
環さんに見据えられながら
歳は……私の母よりもさらに若い?
二十代と言われても違和感はないけど、私たちの年齢を考えればさすがにそれはないだろう。多分、どんなに若くても三十代前半といったところか。
顔立ちも、綺麗だ。
メイクで作られた美貌ではない。地肌の瑞々しさを誇るような薄塗りのファンデーションから、上品な美しさが滲み出ている。
この母親からよく、手嶋さんのような地味な娘が生まれたよなあ……と、一瞬、失礼なことを考えながらチラリと彼女の横顔を覗き見る。
緊張しているのか、やや俯き加減で、少し頬も
環さんたちにも昨日でだいぶ慣れた気がしたんだけど、一日経ってまたリセットされちゃったのかな。
「とりあえず、お上がり下さい」
洵子さんが一歩退がり、手の平で床を指し示す。
框には四つのスリッパが――うち三つは、こちら向きに綺麗に並べられている。
反対向きの一つは、手嶋さんが履いてきたものだろう。
お手伝いさんが「すいません、お越しになるのは三人だとお聞きしていたので……」といいながら、慌ててもう一つスリッパを用意する。
「
「
そんな私のツッコミに、特に気を留める様子もなく、花音が手嶋さんの肩に手を回しながら、もう一方の手で彼女の脇腹をグリグリと小突く。
それ、何ノリ?
手嶋さんもすっかり、ダボハゼの一匹にされたらしい。
「ごめんなさい……」
どう考えてもおかしいのは花音なのに、そこで謝っちゃうのが手嶋さんなのだろう。
「それじゃあ、悦子さん……応接間に、お茶とお菓子を用意して」
「承知しました」
一礼して、家政婦さんが廊下の奥へと消える。
そんな彼女の後ろ姿を睨みながら「まさか!」といって目を見開く花音。
「ユッキー、ユッキー! もしかしてお手伝いさんの苗字って――」
「え? 佐藤さん、ですけど……」
「なぁ―んだ。惜しいっ!」
惜しい? 何が?
「もしかしたら市原かな、って思ってさ。そしたら事件なんてすぐに解決しそうだったのに」
と、花音が悔しそうに顔を
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