第4節

「「あ」」

 生徒会室のドアを挟むように二人が出会い、同じ言葉がぶつかる。

「どこ行くんですか?」

 身長差のせいで若干、上を見上げる形で久野が問いかけると、

「ちょっとお茶菓子を買いに~」

 いつも通りの口調で宇都宮が答える。

「鞄持ってですか?」

 久野は彼の肩を掴み、180度反転させて生徒会室の中に押し戻した。

「お願いです、今日はここに居てください。もう誤魔化し切れません」

「誤魔化す必要なんてないよ~。正直に言えば――」

「そうもいかないんです!! 僕もそうですけど、二人分の仕事をしてる、副会長の苦労も分かってあげてください」

 やっと誠意が通じたのか、宇都宮は鞄を置いて座り慣れている椅子に腰を下ろした。あまり安心は出来ないが、とりあえずはおとなしくいてくれるだろうと、久野も資料提出の残り少ない期日に間に合わすためにパソコンを起動させた。

「その椅子、座らない方がいいよ」

「え?」

 彼の言葉の意味が理解できずに、久野はいつものように膝の力を弛めて椅子に体重を落とした。途端、椅子はグラッと後ろへ傾きそのまま倒れた。

 後頭部に強い衝撃を受け、一瞬で久野の視界に白一色の世界が広がっていく。


「ん……あれ?」

 目を開けると、白い天井が見えた。ぼやけたままでまだはっきりと見えているわけではないが、後頭部に冷たい感触があることからそう思った。

「気が付いた?」

 横には少々心配そうな表情をした小島が座っている。

「ここ……どこですか?」

「保健室よ。久野君が頭を打ったって、生徒会長から聞いたの」

 先ほど見せた心配そうな表情は消え、今度は何かを諦めたような顔になった。

「彼、もう帰ったでしょうね。私がしばらくここに居たから」

「どのくらいですか?」

 久野は横になったまま視線だけを動かし彼女に聞いた。

「三十分くらいよ」

「誰が僕を運んでくれたんですか?」

「さぁ? 生徒会長じゃないみたいよ。彼、ずっと生徒会室に居たって言うから」

 小島の声にいつもの不機嫌な感じが混ざり込む。久野の心に何か、モヤモヤしたものがうねりだした。

 まだズキズキと痛む後頭部を押さえ、彼が起き上がろうとすると、小島が肩を押さえる。「無理しちゃダメ。もうしばらく休んでから、今日は帰っていいわ」

「そういうわけにはいきません。期日までもう三日しかないのに」

 それだけではなく、久野は確かめたい事があった。

「今無理しても良いことはないわ。しっかり治療して、明日からがんばって。久野君の鞄、ここに置いてるから」

 そう言うと彼女は立ち上がり、保健室を出ようとした。

「副会長」

 久野に呼び止められ、小島は振り向く。

「きっと、まだ居ますよ。生徒会長」

 彼女は久野の言葉に、

「どうして?」

 納得がいく表情をしなかった。

「いえ……なんとなく……」

 彼自身、どうしてそう思ったか分からない。しかし、宇都宮は必ず生徒会室に残っている、そう気持ちが強く言っているのだと思った。

「そう。じゃあ、居ることを祈ってるわ」

 すぐにカーテンで小島の姿は見えなくなり、保健室のドアの開閉音だけが聞こえてきた。静かな保健室に一人、久野は納得がいかなかった。

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