第2節
「今日は逃がしませんよ」
「いつ逃げたっけ~?」
「いつもです。少しは僕たちの苦労も考えてください」
生徒会室の出入り口の前で通せんぼをしている久野は、ため息でそれとなくどれだけの苦労か伝える。
「いつも考えてるよ~」
が、まったく宇都宮に伝わった様子もない。
「いなくなるのにどうして考えてると言えるんですか?」
「僕がいると仕事の能率が悪くなる」
かくっ、と膝の力が抜ける。
生徒会に一年長くいる人が仕事をして、能率が落ちるものだろうか? しかし、今はそんなことを気にしている時ではない。
「だったら、仕事の能率くらい落ちてもいいんで、せめてここにいてください。でないと、また僕が副会長に怒られるんですよ」
「ふ~ん、大変だね~。それじゃ~」
「誤魔化して逃げようとしないでください!」
横をすり抜けて部屋をでようとした宇都宮をベアバッグで捕まえ、そのまま持ち上げていつも彼が使っている椅子に座らせた。
「とにかく、ここに座ってるだけでいいんで居てください。お茶煎れますから」
「ほらね。仕事が捗らないでしょ?」
ポットの側にある宇都宮が持ってきた急須にお茶っ葉を入れていた久野は、かくん、と首を倒した。「あなたさえおとなしくしていてくれれば、決してそんなことはない」と、彼は誰にも聞こえない心の声で呟く。
「はい、どうぞ」
宇都宮愛用の湯呑みにお茶を注ぎ、彼の手前に置いた。
「ありがと~」
煎れてたてのお茶を取り、早速啜り始めた。
これで小島が来るまでは居てくれるだろうと、久野は安心した面持ちでパソコンの前に座り、昨日の作業を再開した。
「ふぅ~。あ、そうだ」
作業を再開して間もなく、宇都宮は立ち上がりいろいろな資料の並べてある棚の下の扉を開け、何かを漁り始めた。何をしているのか久野も気になり、横目でその様子を伺う。
「あれ~? ここじゃなかったっけなぁ~? まぁいいか、今日はこれで」
といって見たことのない箱から取り出されたのは鬼煎餅である。
「ひょっとして……」
「お茶菓子も置いてるよ~」
もうすでにこの生徒会室は、彼の私物と化しているかもしれない。ほとんど職権を乱用している状態に近い。
「あ、今日はちゃんといるわね……って、何? その手に持ってる物は?」
中に入ってきた小島は宇都宮の持っていた物を見ると、一瞬にして機嫌を悪くした。
「鬼煎餅。一緒に食べる~?」
「そうじゃなくてっ! ここにそんなものが、なんであるかを聞いてるのっ!!」
「聞かれてないよぉ」
揚げ足を取られ、彼女はワナワナと肩を震わす。
「あ、あの……どうやらこの部屋のあちこちに隠してるみたいで……」
久野が間を取り繕うように説明したが、彼の言葉で更に小島の怒りが増した。
「その時点でおかしいわよ! 校内の風紀及び正しい学校生活を促す生徒会が、自らそれをダメにしていくのは間違ってるわよっ!!」
眉をつり上げ、眼鏡がずれても彼女は気にせず大声を張り上げているが、当の宇都宮は至って平然としている。いつもののほほんとした表情で聞いている。
久野はなんとかこの場を沈めたいが、良い言葉が思い浮かばない。下手なことを言うと火に油を注ぐような形になり、それこそ収集が着かなくなるだろう。だが、このまま何も言わないからといって、自然にこの状況が収まるわけでもない。
「えっと……副会長、そんなことよりも、その、仕事が……」
「分かってるわよっ!」
なけなしの言葉はあっさり弾かれた。しかし、効果はあったらしく小島は自分を落ち着けながら、椅子に座って昨日のプリント整理を始めた。説教を言う人が黙ったので、宇都宮も再び椅子に座り、右手にお茶、左手に煎餅という状態で外を眺めだした。
パソコンで資料を整理しながら久野は思う。こんな険悪な雰囲気が一体、いつまで続くのだろうかと……。
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