第3話 アムドと一緒に生活する

 アムドをCPUに戻すためには、同性の友達を作る必要がある。


 そして身近にいる同性は私なわけで、私がアムドと友達になることが目標となった。


 しかし、友達になったと断定するには、どんな条件が必要なんだろうか。


 一緒に写真を撮るとか? どこかのお店に遊びにいくとか?


 ぜんぜんわからない。以前も触れたが私は友達が少ない。だから、友達を増やす方法なんてさっぱり思い浮かばない。


 もうこうなったら初心に帰って、子供のときみたいな方法を使おう。


 お互いの好きなモノに打ち込むことだ。


 私とアムドの共通点は自作PC。


 せっかくアムドがAMD製のCPUを生み出せるんだし、オーバークロックで遊ぶことになった。


 私の通う大学は理系らしくオーバークロックサークルがあった。まぁ私はサークル活動なんて向いてないから、研究室から機材と設備を借りるだけだが。


「由紀子さんにお願いがあります。たとえオーバークロックを楽しむとしても、壊すこと前提の無茶な設定はやめてください」


「でも、私だって完璧じゃないから、失敗して壊しちゃうかもしれないよ」


「失敗して壊れてしまったならいいです。あくまで壊れるとわかっていて限界を攻めるのをやめてほしいだけなので」


 擬人化したCPUのお願いというより、CPUを生産した研究者のお願いに聞こえた。


「それなら大丈夫だよ。さぁ始めようか、オーバークロック」


 オーバークロック――簡単にいえば、手元にあるPCのパーツの構成を変えないで性能を上げる手段のことだ。主にCPUのベースクロックや倍率や電圧を変えることで、周波数の限界突破を目指す。なおメモリやグラフィックボードもオーバークロック可能なのだが、アムドはCPUしか生み出せないため割愛する。


 もう一つ注意事項を追記しておくと、オーバークロックは保障外の行為だ。あくまで自己責任で楽しもうな。お姉さんとの約束だ。


 さて実際にオーバークロックしていこう。


 最近のマザーボードは、わざわざBIOS画面から手を加えずとも、OSを起動したまま付属のアプリケーションで操作できた。


 とはいえアプリケーションでは設定が変更できない構成も存在するため、BIOSから手を加える手段を練習しておいて損はないだろう。


「由紀子さんって、案外普通のオーバークロックをやるんですね」


 アムドが不思議そうに言った。


「まさかアムド……私に液体窒素を使ったオーバークロックをやれっての?」


 私が冷や汗を流したところで、研究室の持ち主である教授がチラシを持ってきた。


「由紀子くん。二週間後に開催のオーバークロックイベントで優勝したら、台湾のコンピューテックスにゲスト扱いで招待してくれるそうだぞ」


「マジですか!?」


 私はチラシを深く読み込んでいく。


 秋葉原にて、オーバークロックを競うイベントを開催する。


 競技種目は、液体窒素を使う極冷オーバークロックだ。INTEL部門とAMD部門があって、どちらか好きなほうに出場できる。


 もし優勝すれば、台湾への旅行費から滞在費まですべて主催者が負担してくれる。


 ちなみにコンピューテックスでゲスト扱いになる理由だが、壇上で新商品のCPUを極冷オーバークロックするお手伝いをやるようだ。つまり販促を手伝う形である。私が使えるのはカタコトの英語だけだが、PCへの熱意と若さがあればカバーできるだろう。


「冷却が必要なぐらい燃えていますね、由紀子さん」


 アムドが擬人化したCPUらしい声援を送った。


「だって、もしコンピューテックスの会場で、ASUSとかMSIの担当者と仲良くなれたら、就職できるかもしれないじゃない」


 ASUSとMSIは台湾が本社だ。絶対に採用担当がいるはずだ。


「AMDの人とも仲良くなりましょう。でもINTELの人とは仲良くならないでくださいね」


「やっぱそこだけは譲れないんだ、アムド」


「だってINTELは邪悪なCPUを生み出しますから。地球のCPUがすべてAMD製になれば、きっと平和が訪れますよ」


「細かいところはなんでもいいや。とにかく来週のイベントで優勝すれば、コンピューテックスにタダでいける! 残り時間は少ないから、ひたすら試行錯誤を繰り返す!」


 こうして私とアムドのオーバークロックな日々が始まった。


 優勝を目指すならば、適切な設定を探り当てるだけではなく、CPUの選別も必要だ。


 CPUは工場生産の量産品だが、それぞれに個体差がある。だから高負荷に耐えられる優秀な個体が存在した。


 本来なら金持ちの学生か、お金に余裕のある社会人しかできない作業でもあった。


 以前の私ならスタートラインに立つことすらできなかったろう。


 だが今の私にはアムドがいた。


 彼女の手のひらから、お目当ての選別品が出てくるまで、何度でもリトライできた。


 そうやってイベントに向けて精進する間、アムドは私の部屋で暮らしていた。上京してからは、ずっと一人暮らしだったから、誰かと一緒に寝食を共にするのは久々だった。


 だから生活費の計算を間違えた。


「しまった。今月の食費空っぽになっちゃった」


 ずっと一人分で計算していたから、同居人の分を計上するのを忘れていた。親の仕送りとアルバイトの給料は来週に入金だ。それまでなんとか食いつなぐ必要があった。


「ごめんなさい。わたしのせいで」


 アムドが申し訳なさそうに、うつむいた。


「いや、そんな顔しないでよ。アムドがいなかったら、私イベントに出場しても勝ち目ゼロだったし」


「由紀子さんは、やっぱり優しいんですね」


 アムドが私に抱きついた。なんて小柄で丸くて柔らかい子だろうか。こんな子を苦しませてはいけない。


「よし、日雇いで稼ぐか」


 どうしても欲しいPCパーツがあったときや、食費が足りなくなったときは、日雇いアルバイトを追加していた。


 大学の授業が終わってから、いつも使っている派遣会社の手配で日雇いの現場に出た。


 工場での軽作業である。ちなみにアムドもくっついてきた。


「わたし、がんばります」


 アムドが小さくガッツポーズした。


「無理してついてこなくても大丈夫だったのに」


「いいえ、わたしもご飯を食べていますから、ちゃんとお手伝いしますよ」


「なら二人でがんばるか」


 さっそく仕事が始まった。単純作業の繰り返しだから、手順そのものはすぐに覚えられた。


 だが擬人化したばかりのアムドが、うまく仕事をこなせない。


 日雇いを指導するレギュラーバイトが叱責した。


「もっと早くやってくれよ。そんなに難しくない作業だろ」


「すいません。がんばります」


 アムドは、しゅんとしながらも手は止めなかった。


 私はアムドを小声で応援した。一緒にがんばろうねと。


 だが指導役の人は、なぜか仕事に慣れてきたアムドを二回、三回と怒った。


「なんだこいつ使えねぇなぁ。お遊びできてんのか。もっとマジメにやれ」


 アムドはすっかり落ち込んでしまって、もう喋ることすらできない。


 絶対にヘンだ。初回の失敗ならともかく、今のアムドはちゃんとできている。他の日雇いとの差だってない。


 つまり指導役がイジめているだけだ。


 我慢できなくなった私は、指導役に文句をいった。


「いったいなにが気に食わないっていうんです」


「いいから黙って仕事しろ。この無能どもめ」


「そうやって弱みにつけこんで罵倒するだけなんて卑怯でしょ」


「なんだと生意気な大学生が調子に乗りやがって!」


 口論に発展したら、現場を統括する社員がやってきた。


「トラブルを起こすやつはうちにはいらないよ。どっちもクビだ」


 私は社員にもカチンときた。


「なにそれ。最初に理不尽なことしたのあいつじゃない。なんで抗議した私まで巻き込まれなきゃいけないの!」


 他のレギュラーバイトの人がこっそり教えてくれた。


「君の友達をイジめていた人、他の案件でもトラブルを起こしたから、もうすぐクビになる予定だったんだ。それを本人も察してたからヤケになって暴れたんだよ。多分、社員にとっても都合がよかったんじゃないかな、君が抗議してトラブルに発展したことで即日クビの口実ができたから」


 なんてことだ。どうやら地雷を踏んだのは私だったらしい。


 現場から放り出された私とアムドは、とぼとぼと岐路に着いた。


「ごめんねアムド。私ね、自分がこんなに短気だなんて知らなかったの」


「でもよかったじゃないですか。終業時間ギリギリのトラブルだったから、今日の分のお給料は満額でもらえたし」


「というか、あの社員も後ろめたかったんでしょ。私を使って邪魔なレギュラーを排除したから」


 だからなのか、いつも使っている派遣会社は私を登録解除しなかった。おそらく裏事情が現場から伝わっているんだろう。大人の世界は複雑怪奇だ。正直疲れる。


 私たちは激安小売店で賞味期限ギリギリのカップラーメンを二人分購入すると、疲れ果てて帰宅した。


 でもカップラーメンだけだと味気ないから、アパートの裏庭から食べられる植物を引っこ抜いてきた。これぞ田舎の知恵である。


「すごいですね由紀子さん。生き抜くための知識ですか」


 アムドが拍手した。うんうん、やっぱりこの子は笑顔のほうがいいな。


「それじゃあ、茹でて投入しちゃおうか」


 お湯を入れて三分待ったカップラーメンに、茹でた植物を投入。労働の後ということもあり、味噌味の植物はおいしかった。


 いや、もしかしたら、アムドと一緒に食べているから、おいしいのかもしれない。

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