第7節

 車は予想通り俺の居たマンション前で止まり、中から五人の武装した男が姿を現す。

 ――くそ、なんで仕事を見た奴を護らなけりゃいかんのだ。

 胸中で毒づきながら、ナビシートに乗せたバッグからサブマシンガン二丁――MP5A5クルツとイングラムM11――それに専用マガジンを一本ずつズボンへ差し込む。

 会社側が用意したマンションで、周りには他に誰も住んじゃいない。住人だって俺一人だった。好きなように出来る。相手にとっても、俺にとっても。もしかすると、元から襲撃を想定してここを使わせていたとも考えられる。

 脇にイングラムを吊り、左手にクルツ、右手に消音装置(サプレッサー)を付けたオートマティック拳銃のダブルイーグルを握って車を降りた。念のため防護用に仕立ててあるジャケットを羽織る。防弾・防刃効果は気休め程度だが、その気休めで命が助かることだってある。

 散開していく人影を暗視双眼鏡で確認し、全員の配置を予測して頭の隅に留めておく。

 ――三十八分。後二分で突入といったところだろう。

 急がなきゃならん。突入までに何人消せるかが鍵だな。

 屈んだ姿勢でワンボックスカーまで走り下へ潜り込んだ。ドライバーの姿勢を考え、腕だけドアに銃を密着させると、五発、六発と連続して銃弾をシートに向けて放出する。転がり出ると運転席のドアを開け、倒れている男にとどめを刺した。続いて後部へ回り、観音開きのドアを開けて中を確認するが、誰もいない。

 今度はマンションの裏手へ迅速且つ隠密に走る。裏手に回った人数は二人。挟撃の役目が一人、バックアップと逃走を阻止するのが一人という割り当てだろう。

 ――人数を出してるんだ。個々の能力は甘く見積もりたい。

 そんな戯れ言を思っている内は、死ぬ、な。

 裏手への角を境目にして俺は止まった。そっと様子を伺うと一人は非常用の梯子を昇っており、片方が下で周囲に気を配っている。

 出来ることなら撃ち合いは……相手には撃たせたくはない。ここで俺の存在がバレれば、再び散開されて囲まれてしまう。今の段階で下のバックアップを片づけたいが、こんな暗闇の中、レーザーサイトなしに一撃で仕留めるのは至難の業だ。

 ――悩む時間はない。

 一呼吸おいて男が反対側へ顔を動かした一瞬を逃さず、躊躇うことなく飛び出し四発を影に浴びせた。間髪入れずに上の男へ照準を切り替え、こちらの異変に感づいたとほぼ同時に残った弾を全てそいつにプレゼントした。成す術なく、二人目の男は落下して地面へ叩き付けられる。

 ――生きていても、動けないだろう。

 ホールドオープンしたダブルイーグルをその場へ捨て、クルツを右手に持ち替えて自分の部屋へと足を速める。

 三階へ昇ったとき、銃声とドアを蹴破る音が聞こえた。

 ――手間取り過ぎたか!

 階段を駆け上がり、形振り構わずに突っ込んだ。部屋の前に一人居たが大まかな狙いだけ付けて掃射で片づける。死に際に発射した弾が肩と頬を掠め、水銀灯を割った。そのまま一気に部屋まで詰寄り、入り口の端で止まった。

 突き当たりの通路に人の気配はない。予測通り、二人で突入したのだろう。

 ――乎夜梨は無事なのか?

 お互いに相手の出方を待ち、静かにタイミングを計る。が、痺れを切らせて奴らは何かを転がしてきた。

 ――くそっ、手榴弾!?

 咄嗟に死体を掴み、転がってきた手榴弾の上へ被せて強く押さえる。鈍い振動と音、それに肉の裂ける感触も伝わってきた。爆音でなかった事を不審に思い顔を出した男を空かさず撃ち抜く。そして、俺も再び入り口の端に身を隠した。

 焼け焦げた肉の臭いが鼻を突いた。

 ――我ながら、良く咄嗟に反応できたものだ。

 普通なら投げ返すか逃げるのが良かっただろうが、投げ返せば乎夜梨が巻き込まれた。生死が判らない以上、そんなことはできない。逃げていれば、追い打ちを喰らっていた可能性もある。外に捨てる手もあったが、スタングレネードだって有り得た。蹴り飛ばすのなんて論外だ。おそらく、一番良い選択をしただろう。

 自画自賛しながら中を覗くと、虚ろな眼の乎夜梨が立っていた。乎夜梨を盾にし、最後の男が銃を構えているのが見える。

 ――あれでは狙えん。何かないか?

 左の肘にゴンと円柱の赤い物体が当たった。黒いノズルとレバーの装着された消火器だ。

 銃を床に置いてそれを代わりに取る。

 ――消化剤まみれになるが恨むな。

 安全ピンを抜き、ノズルの先だけを部屋の中へ向けてレバーを強く握った。勢い良く噴射される消化剤により、部屋の中はすぐに視界がゼロとなる。

「ゲホッ、ゲホッ、くそ!」

 進入させないように咽せながら銃を乱射してくるが、元よりそのつもりはない。

 俺は再びクルツを握り、さっきまで乎夜梨で隠れていた男の位置を照門と照星に重ね、トリガーを絞った。一秒ほどのフルオートだったが、相手からの銃声は止んだ。

 自信はあったが、彼女が想像通りに動いたかどうかは些か不安がある。寧ろ、男が死んだかも判らない。

「乎夜梨」

 俺から入っても見つけられそうにないので名前を呼んだ。すると、

「痛あ――ゲホッ、ゲホッ!?」

 ごつんと何かが壁にぶつかる音が聞こえ、乎夜梨の悲鳴と咽せるのが聞こえた。そのまま咽ながら、壁と頭に手を当てて浦島状態の彼女が出てきた。

「ケホッ、ケホッ、クゥリィさん酷い」

 涙目で恨めしそうに俺を睨み、真っ白になった服をパンパンと払う乎夜梨。

「さっさと出ていっていれば、こんな眼に会わずに済んだんだよ」

 とは言うが、さすがに可哀想なので歳を食った髪の毛を撫でて消化剤を払うのを手伝う。

「これで俺に付きまとう事が危険なのが判ったはずだ。もし命が惜しければ、大人しく自分の家へ帰れ。特別に送ってやってもいいぞ」

「……やーだ。ずっと付いて行くもんね」

 さっきまでの虚ろな眼は消え、あの図々しい乎夜梨へ戻っていた。ため息と一緒に、苦笑いが洩れてしまう。

「もう好きにしろ。だが、次は助けんからな」

「とかなんとか言いながら、きっとまたクゥリィさんは助けてくれるんだよね」

 クルクル回って消化剤が粗方落とせたのを確認すると、そんなことを言いながら自分の靴を探し出した。

「あー、靴も真っ白」

「……もう行くぞ」

「ふぇっ、ちょ、ちょっと待って!?」

 慌てて靴を履き、俺に追いつく。が――

 手を握ってきた乎夜梨に気を取られた僅かな一瞬だった。前方に一つの閃き。乾いた音。身体の一部に現れる微かな痺れ。そして、体外へ流れ出す血液。

 ――撃たれた……。

 そう思うより早く地面に膝を付き俺は崩れた。

「クゥリィさん!?」

 何が起きたのか全く理解出来ずに、乎夜梨が俯せに倒れた俺を激しく揺すった。だが、ほとんど動きの取れない俺に出来るのは、撃たれた箇所を冷静に考える位である。

 ――一発……心臓のギリギリ下か……。

 血溜まりがどんどん大きさを増していく。血が逆流して、口からも血が溢れる。

「クゥリィさん、クゥリィさんっ!!」

 乎夜梨が泣きながら俺の名前を呼ぶ。

 カツカツと足音が近付きクルツを踏むと後ろへ蹴り飛ばした。必死に顔を上げ、漸く視界に捉えた人物はシルバーだった。

「不必要な手駒とはいえ、六人送り込んで、手傷を負わせる事無く失敗するのは予想外だったよ」

「夜戦は得意でな……」

 そんな皮肉を言ってやると、額に銀のリボルバーの銃口が向けられた。

「ダークカラーズを目の前にして、大した口だよ」

 ――ダークカラーズが入り込んでいるとは……。名前から気付かない俺も馬鹿だな。

 神出鬼没の殺し屋グループ。そして裏世界でおそらく最強のグループ。おそらく、あのキュンストラーも元々ダークカラーズなのだろう。

「総入れ歯の飼い犬か。言い得て妙だけれど、組織ってそんなもんだよね」

 彼はハンマーを親指で起こした。

「騎士道は……嘘か?」

 俺の問いにシルバーは首を傾げる。

「いや、あれは紛れもないポリシーだよ。仕事に差し支えない程度のね」

「だったら、今……借りを返して貰おうか」

「残念だけど、見逃すつもりはない」

「死を眼の前にすると急に怖くなってな……。悪いが……背中から、とどめを刺してくれ……」

 さも仕方ないという風に、シルバーは嘆息する。

「お安いご用だ」

「乎夜梨……身体を起こしてくれないか。もう自分じゃ……起きられない」

 縋り付いている乎夜梨に今度は話しかける。止めどなく溢れる涙を、拭ってやる事も出来ない。

「クゥリィさん……」

「俺の死をお前が看取れ……」

 乎夜梨が俺を起こす間、シルバーは後ろへ回り込み、銃を構えた。傷口を押さえながら、俺もやっとの思いで正座の形になれた。

「クゥリィさん……」

 倒れないように、少女は俺の肩へ涙を零しながらしがみつく。

「グッドラック、黒鷲」

「……あの世で会おう」

 それがシルバーにかけた最後の言葉だった。

 脇の下の温度が急激に上昇する。幾つもの振動と銃声に俺の傷口から更なる量の血液が放出されていく。奥歯を噛み締め、痛みと熱を堪える。

 俺は傷口から脇に吊っていたイングラムへと、シルバーが移動したときに手を動かしていた。正確な位置が掴めず、後は天に任せて、引き金を引いた。

 ――道連れだ。

「ク、ロ……」

 シルバーの声と一発の銃声が聞こえたが、外れたらしくまだ俺は生きていた。

 しかし、肩から暖かかった感触が消え、フッと倒れる。俺ではなく、乎夜梨が。

「こ……乎夜梨……」

 血液の溢れ出る箇所を見ると、それは絶望的な部分だった。苦しみ、助かることのない臓器を撃たれていた。肝臓だ。至近距離のマグナムでは、長く持つことも無い。

「乎夜梨……」

 傷口を押さえてやろうとしたが、自分も隣へ再び倒れ込む。

「大丈夫……痛いけど、乎夜梨は、死ぬの、怖くないから……」

 自分の傷口に手を当てようともせず、苦しそうに短い呼吸を繰り返す。

 何故、そうなのだろう。何故、この少女は死ぬのが怖くないのだろう。すでに掛けてやる言葉も見つからない。

「一つだけ……思い残したことがあるの……」

「何だ……?」

 どちらもすでに意識が薄れかかり、言葉も弱々しい。

「折角、十六歳になれたのに……結婚せずに死ぬこと……。あ……ウェディングドレスも着たかった……キス、だって……まだしたことない……」

 痛みではなく、別のもので彼女は涙をさっきよりも頬へ流れていく。

「いっぱい……やり残したことある……。今になって……死にたくなくなったよ……クゥリィさん……」

 少しでも楽にしてやりたくて、俺はポケットから一つの指輪を取りだした。乎夜梨をおぶって帰るとき、出店で買った安物だ。

「誕生日おめでとう……そして、これが結婚指輪だ……」

 勿論、そんなつもりで買ったわけではない。気紛れに過ぎないのだ。ただ、それでも今の少女には、充分な精神の安らぎを与えられる。

「クゥリィさん……」

「ウェディングドレスは……用意してやれない……。だが、それでも結婚はできる」

 血塗れの手で、乎夜梨の薬指へ指輪を通した。

「長い誓いの言葉は無しだ……。招待客が寝る……」

「じゃあ……後は口づけ……だね……」

 徐々に、彼女の息が途切れていく。下がろうとする瞼に僅かな上下で抵抗している。

 残った全ての力を総動員して乎夜梨の顔へ近づき、自分の唇と彼女の唇を微かに重ねた。瞼は落ち、微かな笑みを浮かべたまま乎夜梨は息を引き取った。

 謎に包まれたままの少女を看取ると、俺も役目を終えたように、永遠の混沌へ意識が遠のいていった……。

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ストレンジ 葵 一 @aoihajime

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